凶兆
神田様が中央へ文書を送って一週間が経った。ラビ様は自分の担当する領土へ帰って、城にいるのは神田様と私、それから三人目のエクソシストとして派遣されたアレン様だ。
「ノア国にまだ動きはなし、ですか。」
一週間前からくのいちとして国境付近で諜報活動を行っている私は、毎日のようにその報告を神田様とアレン様に行っている。
「農民の動きを見る限りではそうです。どの村にも大きな動きは見られません。」
ノア側の大まかな動きは、最前線に住む農民たちの動きを見ればわかる。
彼らは戦争の犠牲になることが多いことで、その気配に敏感だからだ。戦争の気配を感じ取ると彼らは森の奥へこもる支度を始める。その様子が見られたら戦争はもう間近ということだ。
「ですが農民の動きを見るだけではやはり不十分です。」
農民の動きで戦争の時期を図ることはできる。しかしそれだけでは相手の規模や目的地を知ることはできない。知るには、もう少し内部まで潜入したいところである。
私はそっと神田様へ視線を移す。アレン様も同じように神田様へ視線を送った。
私もアレン様も、私がノア国のもう少し奥まで探りに行くべきだと考えている。ノア国のことをよく知る、元ノア国くのいちの私が。
「だめだ。」
神田様は私たち二人の視線に含んだ考えをはねのける。
「神田、君も分かっているでしょう。これは必要なことで、柴乃さんが適任だってこと。」
アレン様が私の立場で神田様を説得してくれようとしてくれる。
「うるせえ。」
神田様はアレン様を睨み付ける。
「慕う相手の願いも聞いてやれないなんて、器の小さな男ですね。」
アレン様は睨まれたことで不服そうに神田様を睨み返した。
「報告は終わりだな。公務に戻る。」
神田様は自分が許可を出さない限りこの話はどうやっても前に進まないことを知っているので早々に切り上げて去った。残された私とアレン様は顔を見合わせてため息をついた。
「神田がこの領土の統治者じゃなければどれほどよかったか。」
アレン様の嘆きに私は苦笑して賛成する。
神田様がこの土地のエクソシストと領主を兼任しているために、関所の通行許可証は神田様から発行されるのだ。私とアレン様は、それを望んでいた。
「関所を通る必要はないのですが、それでも許可は欲しいです。」
生まれてこの方、関所を通ることのほうが少ない私にとって、通行許可など本来必要ない。私が欲しいのは、神田様からのいってらっしゃいだった。私は神田様に背くことなく、自分がするべきことをしたかった。
「神田はただ柴乃さんが心配だっていうのはわかっているんですけど、腹が立ちます。」
私の気持ちを分かってくれたのか、アレン様が私のために腹を立ててくれる。私は苦笑するしかない。
「時間もないですし、もう少ししつこく願い出てみます。」
神田様はきっと執務部屋へ向かっただろう。私はそうあたりをつけて、そちらへ向かおうと立ち上がる。部屋を出る際にアレン様へきちんと挨拶をして、部屋の障子を開けた。
「ああ、そろそろ春ですね。」
障子を開けたことで中庭が見えたからか、アレン様がそういった。私はアレン様がみている先を追う。
「ほら、蝶が舞っていますよ。」
アレン様の視線の先をたどって見つけたのは、確かに一羽の蝶だった。
黒い蝶。
背筋が凍った。すぐさま自己防衛本能が働いて、私は自分の苦無を蝶へと投擲していた。
「なっ・・・どうしたんです!」
アレン様が信じられない、という目を向ける。私は精神的な恐怖からくる動悸と激しい呼吸を整えつつ、答えた。
「あれは、蝶じゃありません。あれは、ティキが飼っている蝶なんです・・・!」
私はすぐさま周囲を見渡す。部屋の外へ出て、廊下を確認したりするけれど、私が予想していた人物はいない。
「神田様・・・!」
神田様のことが心配になって私は駆け出した。
「柴乃さん、ティキって誰です!?どういうことです!?」
アレン様が駆け出す私を追いかけつつ聞く。答える余裕などなくて、私はただ城の廊下を駆け続けた。
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