此処にひとつの心臓があります | ナノ




信じる


あとで、とはいつのことかと随分迷っていたのだ、と弁解した。

入城してからすぐ、神田様は急ぎ取り掛からねばならないことの対応に追われていた。落ち着いたのは日が暮れようかしたころで、そのころに夕食を済ませた神田様はもう床に就く時間のはずだった。

私は日が暮れ始めたあたりから、今日はもう、尋ねるのはよした方がいいと考えていたので神田様を訪ねるのは明日に持ち越そうと考えていたのだ。

だから突然、寝具を用意しているところに神田様が現れたときは驚いた。


「なぜ、来なかった。」


と私を責めたい様子の神田様は、怒っているようでいてどこか傷ついた表情をしている。私は部屋まで訪れた神田様に驚きのまま、部屋を訪ねる機会がわからなかった旨を伝えた。


「申し訳ありません。」


「いや、いい。」


謝る私に神田様は心底安堵した、という風な息をついた。


「少しいいか。」


入ってきたときはそれどころじゃなかったのだろう、ようやく余裕のようなものを取り戻した神田様が、ある程度丁寧な物腰に戻った。私は神田様の問いに頷いた。
どうぞ、と私は寝具を部屋の隅へと押しやって、神田様に座布団を差し出す。彼はそこにどかりと座り込んだ。


「まず、改めて聞きたい。先日の宿屋でのことだ。」


宿屋での出来事、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、もちろん私が自分の保身に走って明かさなかった話である。
神田様に話せと言われても、話してもよいのか決心がつかずに、結果隠し事を抱えることになってしまった。


「どうしても言えねぇのか。」


そういうわけではないと、私は首を振った。
実際にそういうわけではなく、むしろ言わなければならないことであると私自身自覚している。
私は神田様にぽつりと言った。


「信じてもらえるかどうかがわからず、あの時は言えませんでした。」


「なら今は?」


「・・・わかりません。」


私は正直に答えた。神田様ならと思う自分とそうでない自分の板挟みになっているのだ。

しばらく沈黙が下りた。視線を神田様に合わせられず、俯いて神田様の言葉を待つ。


「一つ、言いたいことがある。」


一時の沈黙の末、神田様の声が心地よく耳に響く。


「こっちを向け。」


すす、とこちらに近づいて俯く私の頬を神田様はそっと持ち上げた。


「俺はお前が好きだ。」


「っ。」


「だから信頼もしているし、お前が何を言おうとも最初から疑ってかかったりしない。」


瞳は一片の曇りもない漆黒だった。覗き込めばその奥がきらりと光っていた。

気づけば涙がこぼれていた。


「なっ。」


神田様が驚いて固まる中、一滴だけ右頬を伝った涙が、神田様の手のひらで受け止められた。
本当だろうかという疑念さえ浮かばない、澄んだ瞳だった。それが嬉しかったし、胸が締め付けられて苦しくもあった。


「私も、神田様が好きです。」


お腹の中に言葉を抑えておくことができなかった。
告げた瞬間に、唇が交わる。左頬に涙が伝った。神田様が目を閉じていたので、身を委ねるように私も瞳を閉じる。視界が暗闇の中で、感じるのは両頬のぬくもりと、柔らかさと弾力が伴う生暖かな唇の感触。お互いに途中漏れる吐息が、私の心拍数を上げた。
私は暗闇の中でもっと神田様の存在を確かめたくて、神田様へ手を伸ばして彼の衣服をつかんだ。
一度、二度、と触れていく口づけが変わったのはその時だった。
後頭部に手を回されて、より触れる神田様の唇から、舌が伸びてきた。私の唇を割り、歯の隙間から侵入して、私の舌と絡まる。上あごを撫で、歯列をなぞっていく舌に私は抗えない。深くつながるような口づけに抗うどころか私は充足感を感じ力を抜かれていく。ぞくぞくと私の背筋から這い上がっていく快感に私の体が素直に従った。
いつの間にかじりじりと体が後ろに傾きだして、端に寄せたはずの寝具に、私と神田様共々倒れこむ。

深い口づけがやんだ。うっすらと目を開けると私を見下ろす神田様がいた。


「悪い、抑えられねぇ・・・」


熱っぽい吐息を漏らす神田様にぞくりとした。一瞬にして私の体が熱くなっていく。

神田様へ手を伸ばすとその手を取られ手のひらへ口付けられる。私はそれだけでまた体の熱を上げた。
ゆっくり、神田様が私の首筋へ唇を落とす。吸い付き、痕を残されるのが心地よかった。私の痣を塗り替えていく口付け。あの、宿の時のように優しく。けれど意味合いは違う。痣を塗り替えるだけではなくて、神田様のものであるという証のためのもの。


「神田様・・・」


吐息交じりに名前を呼べば、答えるかのように唇が交わる。
舌が絡まり合う接吻が始めると、神田様が徐々に私の衣服を暴き始めた。
自分の体にあまり自信はない。消えない傷跡を抱えた体に、魅力などあるはずもないからだ。それでも神田様になら全てを包み隠さず捧げたくて、そのまま身を委ねた。

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