信頼
「・・・・そうかよ。」
俺は差し伸べていた手をだらりと元の位置に戻した。
「その、申し訳ありません。」
「別にいい。もう俺とお前は主従の関係じゃねぇんだ。」
柴乃は片膝をついた状態でひたすら俯いている。わずかばかり見える表情に浮かぶのは、紛れも無く罪悪感であった。
「今日はゆっくり休め。明後日出発だ。」
俺はそういって、自分にあてがわれた部屋へ戻った。
部屋へ入り、畳に使われたい草の匂いを吸うと、すうっと体の力が抜けていくのがわかった。それに身を任せて俺はそのままへたり込む。
これほどまでに、自分が彼女の心を求めていたとは思わなかった。出会ってまだ一年も経っていない彼女にこんなにも執着している自分がいることに気づいていなかった。俺はひたすら、彼女に夢中だったのだ。
「くそっ・・・」
口からもれ出たのは、情けないほどにか細い声だった。
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「お願いしますぐらい言ってもらってもいいんじゃないですかね?」
「誰が言うかくそもやし。」
「そんなこと言うと本当においていきますよ。」
「上等だ。」
出発の朝。もやしが扱う方舟で一気に前線まで帰ることになった。この事実は、今までともに旅をして来た者たちにとっては大層助けになったようだ。
しかし、もやしがいなければこんなことは可能ではないという点が、俺には問題点だった。もやしはここぞとばかりに俺に屈辱を与えようとしてくる。
俺は高みから見下ろすように下衆な笑みを浮かべるもやしを睨み返し続けた。
と、
「あの、アレン様。」
しばらくもやしとそうしていたところに、すっとそこに柴乃が割り込んで来た。
俺ともやしを隔てるように間に入った柴乃は、もやしの方を向いている。
「今回は、旅路を省略してくださってありがとうございます。どうか、よろしくお願いします。」
もやしと俺は驚いて言葉を失った。柴乃が深々と、とても美しいお辞儀をしたからだけではない。柴乃の立ち位置、そして言動は全て、俺の代わりとしてのものだったからだ。
「えっと、柴乃さんすいません。僕が幼稚でした。顔を上げてください。」
もやしは、膝を曲げて、困ったように柴乃の顔をあげさせた。柴乃の言動は、一瞬にして俺ともやしを大人にさせるものだった。こんなつまらないことで意地をはっていた己を恥じる。それでも、もやしに頼むなど絶対にしないが。
「柴乃、」
「はい、神田様。」
ただ、柴乃にはきちんと言いたいと思った。
「・・・悪い。」
柴乃に代わりをさせてしまった己の浅はかさを素直に認めて、柴乃に謝らないのは失礼に値すると思った。
柴乃は俺の言葉に目を見開いて驚いた後、少し俯き加減に言った。
「・・・いえ。」
俺は、その姿がいじらしく、つい頭に手を乗せていた。
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