邪魔者
「あれ、君たち揃ってきちゃったのかい?」
目をぱちくりさせてコムイが言う。ちょっとだけわざとらしい気がしたのは気のせいか。
「途中で会った。」
先ほどのごたごたは面倒なため伏せて、俺は用意されていた座布団にどかりと座った。柴乃は静かに正座をする。
気づいてしまった以上、意識せずにはいられない右隣にいる存在をちらりと見れば、ちょうど向こうもこちらを見ていたようでばっちり視線が合ってしまった。あわててそらしたがコムイにばればれだった。何かを感じ取ったコムイはわざとらしく、「へぇ〜、」と声を洩らす。
「なんだか、仲直りしたみたいだね?」
どっかの汚ぇおやじみたいなにやけ顔がむかつく。
「・・・途中で会ったからな。」
無難に答えようとして少しだけ間が開いてしまった。その間さえもかんぐってしまいそうな切れ長の瞳は、たくらみを含んだ光を放つ。
「なら、リナリーがいなくても話は進みそうだ。むしろリナリーはいないほうがいいかもしれない。」
肘掛にひじをつき、姿勢を崩したコムイは余裕たっぷりの色気を含んだ笑みを浮かべた。
「話とは、何でしょうか。」
「もちろん、君のいるべき場所の話さ。」
「え・・・?」
柴乃が首をかしげた。コムイは表情を崩さないまま話を続けた。
「せっかく神田君が迎えに来てくれたんだ。どうだい?神田君のもとに帰るのは。ちょうど国境のほうは戦力が不足していてね。君の実力なら申し分ないと思うんだ。イノセンスの使い方も神田君に教えてもらったほうがいいだろうし。」
「そんな・・・っ。」
柴乃はコムイの提案に悲しげに声を出す。リナリーの元から離れるのがいやなのだろう。手紙にも書いてあった通り、あいつにだいぶ心酔しているらしい。
「私の気持ちが優先されていいのなら・・・私は断りたいです。リナリー様のお傍にいたいです。」
お願いします。
か細い声で、柴乃は低頭した。「顔を上げろ。」俺は首根っこをつかんで無理やり体を起こさせる。
コムイはそんな柴乃に申し訳なさそうに言った。
「実はね、中央が考えているのはリナリーか君の派遣なんだ。」
「え・・・?」
コムイは申し訳なさそうにしながら言う。だが、俺にはそれが演技にしか見えなかった。
コムイはたまに、ひどく冷徹な目をする瞬間があった。あれは大切なもの以外を人とは思っていないようなそんな目だった。誰しもが持っている、人でない心の部分が表に出ていた。そのときのコムイと今のコムイは少し似ていた。
「てめぇ、その話はリナがここにいようがあいつには聞かせない気だったな。」
卑怯だ、という言葉は出さないが、コムイのしようとしていることはまさにそうだった。コムイはまさに今、リナリーのために柴乃を切り捨てようとしている。
柴乃が戻ってくることを望んでいるがこんな形でなど、後味が悪すぎる。
「リナリーにあまり聞かせたくない話ではあるけどね。」
「このシスコン野朗。」
リナリーに話をしろといっても無駄だろうから毒を吐くだけにとどめて置く。しかしながら柴乃にあまりにもひどい選択肢のない選択を与えたものだ。平気で言ってのけるコムイの様子に感心すらしてしまう。そういえば・・・・なんだ、シスコンって。
「・・・あの。」
柴乃が、おずおずといったかんじで俺とコムイの間に言葉で割って入った。
「私が行かなければ、リナ様が最前線に行かねばならないのですか。」
柴乃は一語一語慎重に話した。コムイもその雰囲気に流されるように慎重にうなずいた。
「そうだよ。」
「あの、なら私が最前線に行きます。」
柴乃はあっさり承諾した。コムイは目を見開き、俺は思わず声を上げそうになった。迷う素振りも見せずに即決したため驚いたのだ。コムイの腹黒さが分かっていて見過ごすというのか。それともリナのために承諾したというのか。どちらにせよ、腹立たしさが募っていく。
「そうか。ありがとう柴乃くん。」
コムイは神妙な面持ちになって言った。
「君との旅もここまでだね。」
「そうですね。」
柴乃は小さく笑んでいた。
この展開の速さに、俺は少しばかりついていけていなかった。
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いつの間にか部屋を出て、それぞれの部屋に戻ることになった俺と柴乃はうぐいす張りの廊下をゆったりと歩いていた。いつもであればさっさと部屋に帰ってしまうところだったが柴乃だけは、一緒にいる時間をより多くしたいという気持ちになったのだ。
「なぜ、あんなにあっさり受け入れたんだ。」
しかし並んで歩きながら話もしないのはもったいないので疑問に思っていたことを聞いた。
「・・・最前線は、危ないところですから。」
柴乃はぽつりと独り言のように答えた。
「私みたいな暗殺者がいつ来るかわかりませんし。」
柴乃を思わず見る。少しばかり表情に陰りのようなものがあった気がしたが、全体的に見ると淡々としていた。
「リナ様は、あんなところ行くべきではないお人なんです。」
柴乃はまっすぐ前を見ていた。
「それに、私には穏やかな暮らしは合わないから。」
なぜだと問おうとしてやめた。それは俺の中にもある感情だったからだ。
緊迫した日々の中ですごしていると、生きていると感じるための神経が麻痺してしまう。強い刺激でないと生きていると実感しにくくなっているのだ。そうすると平穏な暮らしでは、頭がおかしくなりそうになる。
俺だけではなく、柴乃もそうなのだろうと思う。
「そうか。」
俺は相槌を打つだけにとどめて、柴乃の右手に左手を伸ばした。
「っ・・・」
柴乃の体が強張る。
「・・・これからまた、よろしく頼む。」
「か、神田様っ・・・」
少し色づいた困った声が聞こえて、どくりと心臓が脈打った。
己の箍が一瞬にして緩んだきがした。今まで一度も聞いたことのない、柴乃の女の声。甘く切なく、そして艶っぽい、心を溶かしていく。
無性に柴乃が愛しくて、触れようと空いている手を頬に伸ばした。
「神田様・・・?」
柴乃が不思議そうにぱちりと瞬きをする。あどけなくかわいらしい表情の彼女に、俺は徐々に顔を近づけていく。戸惑う柴乃。俺はかまわず彼女の唇に己の唇を寄せる。
そのときだった。
「あれ、神田と柴乃じゃないですか。」
「!!」
一瞬で互いに距離をとる。声が聞こえたほうを振り向けば、一番見たくもない白髪がいた。
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