此処にひとつの心臓があります | ナノ




経緯


柴乃が去って一ヶ月が立った頃、リナが文を寄越してきた。だいぶ寒さが厳しくなって俺の部屋から見える景色はよりいっそう殺風景になっていた。今年は作物の出来が悪く、城の備蓄を飢えに苦しむ農民に与えるなど、いろいろとやりくりが大変だった。そんな矢先の手紙だった。柴乃をかっさらいやがった奴がなんの要件で文なんか、と破り捨ててやりたかったが中身が気になり読むことにした。どうせ、泣いたのは演技だったとか、そのあたりだろうと予想していたら案の定そうだ。よくもまあ、悲しくもないのに泣けるなと、呆れ半分怒り半分。昔は純粋だったと思うが成長していく過程の何処かで性格が少しひん曲がってしまったのだ、あいつは。
ちっ、と舌を一度鳴らしまた読み進めた。



『堅苦しい形式はあまり好きではないのでだいぶすっ飛ばさせてもらいます。
柴乃を連れて行くことを許可して下さりありがとうございます。ただ単に連れて行くと柴乃が嫌がると思ったので、私得意の芝居を打たせてもらいました。
柴乃をなぜ連れて行くのか気になっているでしょうが、その理由は言えません。実は私にもよくわからないところがほとんどです。おそらく、予言に関わることだと思います。そのため、しばらくは柴乃を預からせてもらいます。こちらでの用がすみ次第、またそちらへ帰るよう言って聞かせます。最終的には柴乃の意思を私は尊重しますが。
柴乃がそちらへ帰るのは早くて三週間、遅くて一ヶ月でしょう。
柴乃は私に心底、心酔しているようだけど命の恩人のあなたが必死で呼び戻しに来ればきっとそちらへ戻ってくるはずです。その姿を見ることができるのを楽しみにしています。
それでは、また。』


文を読み終わり、綺麗にたたんで直す。
・・・一段と性格の曲がり度が大きくなっていないかと疑うほどの性格の曲がり具合が手紙から滲み出ていた。
あのシスコンの兄の躾が悪かったせいだ、きっと。


「はあ・・・」


ため息をつく。結局帰すなら普通に連れて行きゃいいじゃねえかと怒鳴ってやりたい。わざわざ間に亀裂まで入れてから連れて行くなんて悪趣味にも程がある。しかしあいつの性格と言動に慣れてしまった俺は怒ることができず、仕方がないとため息をついた。さらにはリナの文に書いてあった内容に不本意ながらも従うこととした。


「誰かいるか。」


「はい。」


「南部に行く準備をしろ。」


「承知しました。」


俺は文箱を取り出した。手に中にあった文をそれにしまう。むかつく内容ではあったが一応これは文だ。捨ててしまうのは心ぐるしい。・・・むかつく内容ではあるが。
文箱をしまい、ひとつ息を吐く。これからのことを思うと気が重たかった。
準備にはそれなりにはかかるだろうから、出発はおそらく一週間後くらいだろう。それから南部までは一月といったところか。往復では二ヶ月以上かかるだろう。そんなに長い間、最前線を離れるのはできるだけしたくはないことだった。
しかし柴乃を連れ戻さなければならないのだから仕方がない。

俺がいない間、ここはあの馬鹿兎にでも預けておこう。あいつは頭の回転が速いから、もしものときは役に立ちそうだ。それに、あいつもエクソシストなのだから。

俺は早速、やつに文を書いた。

手がかじかんで、失敗しないように気をつけるのが大変だった。この土地では俺よりも、厳しい寒さと飢えに苦しむ民たちがいる。彼らに比べたら手先の冷えだけで住む自分はなんて卑怯なのだろう。そしてその卑怯者が南部へ向かえば備蓄は大幅に減少するのだ。そうすればさらに彼らは苦しむことになる。

本当はいくべきではない。今はそのときではないのだ。それでも俺は行かないという選択肢を選ぶことはできなかった。たった一人のために、もしかすると俺は何万人もの命を見捨ててしまうことになるかもしれなくても。




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それから一ヶ月と少しかけて、俺は南部へと向かった。柴乃の位置はこちらですぐに調べることができるので(黒の国に生息するゴーレムという鳥を利用している。)柴乃が南部の城から十日ほどの距離にある宿にいることはすぐに分かった。

コムイに連絡を取ると、三日ほどその宿に滞在すると言うことだったので、城には向かわずに宿に向かうことに決めた。


出発する前日。留守を預かるためにやってきたラビは最前線の暮らしを支えるために食料を持ってきてくれた。ただの善意ではないことは分かっている。

そんな少し腹黒い恩人の質問に答えないわけにもいかず、俺は南部へと行く理由を奴に話した。


『なんか、ずいぶん変わったさ。』


俺の話した内容に対するはじめの一言はこれだった。


『人にまったく興味も関心もなかったのに、あのくのいちには執着してる。』

奴は心配そうな、嬉しそうな、どっちかわからないような顔をして言った。
執着という言葉を聞いた時少し腹が立った。執着なんていう汚れた感情だと思い込んで俺の心境を理解してほしくなかったのだ。
ラビからすれば悪気があったわけではないし、怒ることではないだろうと自分を沈めたが。


「・・・神田様、もうそろそろです。」


長旅の疲れが見え始めた顔で、従者がさり気なく伝えた。しばらく進み続けること数時間。薄暗くなり始めたあたりに、柔らかな光を見つけた。吐いた息とともに力が抜ける。
そんな安堵は他のものも同じだったようだ。

支度は他のものに任せて、コムイの部屋へと向かった。きちんとした場所で、柴乃とあったほうがお互い気まずくないだろう、というコムイからの配慮だった。
しかしその前に俺は見つける。見間違いようもない、その後ろ姿を。

・・・・柴乃だった。

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