自覚
「なぜ、ここに・・・?」
目の前にいる神田様に私は心底驚いている。偶然、というにはありえなかった。
彼は普段最前線にいる。こんな南部にまで足を運ぶ用など普通ないのだ。ならばなぜここに、とぐるぐると頭を働かせる。
そうしていたら現実が見えなくなっていて。
「おい、その苦内をどけろ。」
神田様の言葉で現実に引き戻されて、未だ私が神田様の首筋に苦内を突きつけていたことを思い出させる。
「あ、!」
私は慌てて苦内をしまった。なんて無礼をしてしまったのだろう、以前に怒りに任せて神田様に暴力を振るったことといい、赦されざる無礼だった。
誤って突きつけたとしてもロード様だったら私を殺している。
「も、もうしわけありません、どうかご容赦ください・・・!」
無礼をはたらいたという事実が頭の中を独占して私はすぐさま平伏す。
「おい、立て。」
神田様の言葉が上から振る。しかし私は床へと額をめりこませた。
「お許しにならないでください。こんなことをして本来ならこの場で切られてもおかしくないのに、ましてや立てなど、」
「てめぇは今どこにいる。」
「・・・?」
言葉をさえぎって聞かれたことに私は心の中で首をかしげる。
「ここは黒の国だ。」
当たり前じゃないかと思っていると神田様から向けられた視線が痛くなった。
「てめぇは今、どこの国の話をしていた?」
「っ・・・」
神田様から聞かれた言葉に私は体をこわばらせる。言わんとしていることを察して、ぶわっ、と一瞬にして恐怖が体を駆け巡った。
「わかったか。なら立て。」
追い打ちをかけるように、神田様が鋭い声で命令した。
「・・・・・・」
「立てっつってんだろが。」
ゆるゆると未だこわばる体を動かし立とうとしていたら、痺れを切らした神田様が腕をつかみ引っ張りあげる。こわばった体で釣り合いが取れずに、引っ張られるままに神田様の胸に寄りかかる。
動けない。自分でうまく体が動かせない。
まさかここまで根を張っているとは思っていなかった私の抱えていたもの。この国に来て消え失せたのだろうと思っていたものは深く深く私の体にも心にも染み付いていた。
神田様の胸から離れようと彼の胸に手を添える。すると手首にうっすらと紫色の痣を見つけた。
「あ、ありがとうございます。」
私は自分の足できちんとたってうつむいた。まだ神田様の顔を見ることができなかった。
神田様が何か言おうとする。その前に無礼ながらもぽつりぽつりと私は言葉を出す。
「・・・なかなか、消えてはくれないものですね。」
手首をそっと、手で包む。
「この痣も、まだ消えません。」
神田様が私の手首を見た。紫色の痣は色の濃さの割にはしっかりと肉体の記憶を覚えている。痣がなかなか消えないように、染み付いたものはなかなか消えない。
「・・・・・」
そんな痣のついた手首を神田様が手にとって、それから少し持ち上げた。包むように温かい手だ。
何をするつもりだろう、と神田様をじっと見続けた。それから彼はゆっくりと顔を近づけて。
ちゅ、と。
「かんださま!?」
私の手首に彼が吸い付いた。慌てて手を引いたが、一度離れたにもかかわらず彼は強引に引き寄せる。
もう一度、唇が吸い付く。熱い舌が、ぬるりとした感触を伴って肌を滑った。
しばらく、ちゅ、ちゅと痣のある範囲を吸い続けた彼は、痣全てに吸い付き終わると唇をそっと離した。薄い紫色が赤色の華に変わっていた。
「こんな痣、俺が全部消してやる。」
泣きそうになった。私は神田様を突き放して、逃げ出しているのに、怒りも恨みもせずにどうして甘い言葉をかけてくれるのだろう。
痛い。切ない。
こんなにも心が苦しくて苦しくて。
でも。・・・・愛しい。
認めたくなかった。でも、もう認めざるをえない。私は、神田様に恋慕を抱いている。
神田様に塗り替えられた痣のついた腕を胸に引き寄せる。じんわり、心が満たされる想いだった。
「ありがとうございます。」
私は神田様に頭を下げた。
「・・・コムイのところに行くぞ。」
照れくさかったのか、神田様は目を背けてそう言うとすたすたと歩いていったのだった。
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