帰途
予言の巫女、もといヘブラスカの元から去った私は一晩その塔にとめてもらい、それからすぐに南部へ向けて発った。
道中は、熊などの獣に気をつけながらもゆったりと進んでいった。
「エクソシストは各地に配属される者もいるけど、それは実力があるものたちばかりだ。君はイノセンスがなくとも強い。だから僕らと一緒に南部に来ることができるんだよ。」
馬に乗るコムイ様の横を私は歩く。エクソシストとなった今、地位やいろいろな特権が与えられたのだから馬に乗ることはもちろんできる。しかしあまり慣れないので断ったのだ。
歩きながらこれからの私について、コムイ様は話してくれている。
「私は、これからもリナ様のおそばにいることができるのですか?」
コムイ様に私は質問した。コムイ様が困ったように眉を下げる。
「今のところはね。ただ、これからどうなるんだろうね。」
そのあいまいな言葉に私は繭をしかめた
「・・・それはどういうことですか。」
コムイ様は少しためらう素振りを見せたあと、重々しげな口を開いた。
「・・・君は、エクソシストであった最前線の要の一人、ケビン・イエーガーを暗殺した。いくら戦争の鍵といえど君は"敵"であったことには変わりないんだ。だからもし大元帥が君が信用ならないと判断すればどこに飛ばされ、どんな扱いを受けるかはわからない。」
コムイ様のめがねの奥の瞳がすう、と冷えていく。その冷徹な瞳が私を見据える。あまりの冷たさにはっとさせられた。
忘れたわけではない。けれども私の殺した人間のことを、私は軽く考えていたことを思い知らされる。人の命の重みを忘れかけていた。死が当たり前の世界といえど、忘れるなと言われ続けていたことを。
ずしりと、足が重くなったように思えた。
このまま私はあの南部に帰って良いのだろうか、と。私はこの国そのものの敵だった。今もそうであることに等しい。冷たい瞳がじくじくと罪悪感をつつく。
俯いた私に今度は張りのある声が降ってきた。
「それに、僕とリナリーの間には何人たりとも割り込ませる気はないからね!!」
ぽかん、と口が開く。まさか冗談でしょうと笑い飛ばすつもりでコムイ様を見るが、本気であると目は語る。
「・・・・・兄妹愛が過ぎます、コムイ様。」
恐怖すら感じられる感情を私は彼から感じ取ってしまい、しばらく固まってしまった。
しかしなんとか持ち前の精神力で復活しやんわりとつっこむ。
コムイ様はそれが聞こえていなかったのか、私の言葉は無視だった。
「だから柴乃くん、もし君が僕のリナリーをとるような真似をすれば、ただじゃ置かないからね!」
「私はコムイ様と争う気はありません!」
間髪入れず発した声が荒くなった。はっとして口をつぐむ。コムイ様をみると気にした風もなく、前を向いて安心したような顔をしていた。
「さあ、もうそろそろ今夜泊まる町だ。」
気がつけば、だいぶ暗くなっていた。
少し遠くに仄かな炎の灯りが見えて、心に小さな温かみをもたらした。
今夜泊まる宿屋についたらすぐに私が泊まる部屋に案内された。
「荷物をおいたら、少し僕の部屋に来てくれないかい?」
コムイ様がそうおっしゃったので、私は荷物をおくとすぐに部屋にむかった。
うぐいす張りのろうかを進んでいく。きゅ、きゅ、と音が鳴るのがなんだか不思議で、けれど心が弾む。以前はうぐいす張りの廊下など歩けるわけがないから、実際に歩いた時の感触や音を楽しむことができなかったのだ。
こうしてうぐいす張りのろうかを楽しむことができるのも、私が忍びではなく客としてここに来ることができているからだと思うと嬉しさでくすぐったい。
ゆっくり、ゆっくり楽しむようにろうかを歩いた。
きゅ、きゅ、きゅ、
しばらく、そうしていると自分の動いた音と違う音が混じっているのに気づいた。それも、控えめな音だったから、余計怪しい。
すかさず苦内に手をかけた。まだ、イノセンスとしての発動の仕方も、使いこなし方も知らない。それでも単純に武器として十分使える。
気配は左後方曲がり角。まだ、床を楽しんでいるように見せかけて次に足が床についた瞬間に身を翻し苦内を抜いた。
板自体がしなる音がなった。
人影が見えた瞬間に首筋めがけてくないを向ける。
「っ!」
誰だと問う前に正体は分かった。
至近距離に近づいて見たその顔はよく見知った顔だったからだ。
ネジ巻き人形のねじが切れたように固まった私を、「彼」は見つめていた。
切れ長の瞳。鋭い双眸。艶のある漆黒の、髪。
・・・・神田様だった。
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