此処にひとつの心臓があります | ナノ




予言の巫女


「君は、神に選ばれたエクソシスト。そして、この戦の鍵を握る人間だ。」


コムイ様が話してくださった内容というのは私に驚きをもたらした。


私はノア様の使い捨ての駒として一生を終えると思っていた。しかし神田様と出会い、それからリナ様に出会ってここにきた。自分の意思を押し殺していた私にとって、この出会いたちは私の意思を芽生えさせ私に変化をもたらした。それだけでも驚くべきことだった。



しかしコムイ様から聞いた内容は今までの驚きよりもさらに上の驚きだった。



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イノセンス、という神の結晶がこの世には存在する。それはこの国にとどまらずどのようなところにでもあるそうだ。そしてそのイノセンスが存在する場所には必ず奇怪な現象が起きるということも報告されている。

イノセンスに選ばれたものは、黒の国においてどんな者でも高い地位と力を手に入れる。彼らのことはエクソシストと呼ぶ。エクソシストはノアと対抗できる唯一の人物たちであり、ノアたちが有する特別な武士集団"AKUMA"にも対抗できる存在である。

現在イノセンスに選ばれたものは各地の主要地域に配属され、南部のコムイ様の城のエクソシストはリナ様なのだそうだ。

エクソシストは神の結晶を保持するため、神から選ばれし存在と呼ばれる。

彼らは神術を使いAKUMAと戦う。その神術と呼ばれるものがAKUMAには効果があるのだ。


そしてそのエクソシストを束ねるのは大元帥。その大元帥が直轄しているのが予言の巫女だった。


予言の巫女はイノセンスの番人の役割も果たしている。そのほかにもエクソシストのイノセンスとのシンクロ率というものもはかる。

予言の巫女に会うことができるのは、大元帥、そしてエクソシストだけである。


これから、私はその予言の巫女に会いに行く。

敵国にいた私がどうしてこの国のエクソシストとなることができようと最初は驚いた。どうやら神というのは平等らしい。その素質があるものならばエクソシストに選ぶようだ。ずいぶん心が広い神だと思う。それか、すべてお見通しなのか。


「ついたよ。」


コムイ様が指す方向には、不気味なほどに暗い雰囲気をたたえた塔があった。石が積み上げられた壁は少しばかり侵食されていることから長い間修繕を繰り返されながら在り続けたことが伺える。

歴史ある建物だと思った。雲に隠れる塔の天辺から見渡せば、晴れた日には黒の国全土が見えるのだろうか。

最前線のあの場所も、湖も・・・

そこまで考えて私は思考を中断させた。馬鹿なことを考えてしまった。あんなに高くても、見渡せるわけないのに。


馬から降りると、空が少しだけ遠くなった。優しく、しなやかな体を撫でてやり、ゆっくり、馬を連れて歩き出す。


顔が張り付いた城門をおっかなびっくりくぐると、あまり色のない内部が開けた。

見方によれば薄暗く感じる内部を、迷いもなく歩いていくコムイ様の後を追う。


「さあ、これに乗って。僕はここまでだ。」


コムイ様に手を引かれ恐る恐る乗った場所はふわふわと浮く石台だった。安定感はあるものの、どうしてこれが浮いていられるのか不思議でたまらない。


「コムイ様。これから、その予言の巫女に会うのですか?」


「そうだよ。ちょっと驚くかもしれないけど。でも僕は一緒にはいけないから頑張って。」


コムイ様にこくりと無言で頷くと、彼は何かを操作した。がくん、と石台が揺れ、下降して行く。胃が持ち上がる感覚が可笑しくて少し気分が高まった。

降りていくと地下の広い空間へと出た。

ぞわ、という異質なものを肌に感じた。鳥肌がたち、寒気もした。

その異質なものを感じたわけはすぐに分かった。淡く光るなにかがある。石台が降りていくにつれ近づいていく。大きい。まさかこの物体が予言の巫女なのかと思いながら顔や体に当たる部分はどこなのかと探す。

目は隠れ、その目を隠すものは髪のような、そうでないようなもの。人と呼ぶには体と呼ぶべき部分は人ではなく、昆虫のようなものを思い浮かばせた。予言の巫女は、人とは言い難いように思えた。予言の巫女と呼ばれていて勝手に想像していた私も失礼極まりないが、ここまで異質だったとは。

がくん、石台が彼女(彼女と呼んでいいのかわからないが)の目の前で止まる。ぞわぞわと異質なものが常に肌にまとわりつき心臓の鼓動を早めた。呼吸がし辛い。息が浅くなる。苦しい。気持ちが悪い。

顔を青ざめさせながらもしっかりと両足に力を入れて立つ。なにか喋ってくれ(唇は確かにあるから喋れるだろう)と思う。


「っ、え、」


しかし彼女から言葉は発せられず急に真横から―――白い彼女の髪の一部だろうか―――なにか白い細長いものが私の体に巻き付いた。体が宙に浮き、彼女の顔の目の前まで持ち上げられる。


「あ、え、」


驚きでうまく声が出せず意味をなさない情けない声が出た。感情を殺すことができない。何だこれ、何だこれ。体がいうことを聞かず、異質な何かが体の内側にまで届く。気持ち悪い、やめろ。警鐘が頭の中で鳴り響き頭が割れそうだ。もがこうにも体が言うことを聞かないのでもがけず、行き場のない苦しみが蝕む。


「待っていた・・・柴乃・・・この戦の、鍵・・・」


やっと彼女から発せられた声が頭の中に直接響いてくる感じでわんわんと鳴り響く。体の中に入ってきた異質な何かはするりと抜けていきだいぶ楽になった。乱れる息をなんとか整え彼女を睨む。


「怒らないでくれ・・・ただ、お前のことが知りたかった・・・」


睨むのが精一杯。返す言葉は見つかりもしないし声を出す気力もなかった。

ゆっくりと降ろされた私はふらつきながらも立った。


「ィ、イノセンスが、お前のもとへ行きたがっている・・・」


そして落ち着く暇もなく今度は彼女の中から何かが出てきて、それから光速で私の腰に挿していた苦内へと吸い込まれていった。


「っ!?」


驚き、慌て、私は自分の苦内をすぐ手にとった。何かが苦内に入った瞬間からずっと感じていた異質な何かは消え失せ、代わりに不思議な何かが流れ込む。

ほんの少し淡く光るそれは、いつもとは変わりないようで、全く違うものに変わっていた。


「イノセンス・・・?」


思わずもれたつぶやきを予言の巫女が拾う。


「AKUMAとノアに対抗する、唯一の神の結晶・・・お前は、イノセンスに選ばれた・・・」


ぞくりと。背筋が震えた。恐怖じゃない、これは、高揚・・・?


ノア国最強と謳われていながら私はいつも自分には力がないと思っていた。それは黒の国に来てからもまとわり続け、ぬぐおうにも自分ではぬぐえないほどその考えは私の心に深く根を下ろしていた。過去の体験を象徴するような消えない痣が私をそうさせたのかもしれない。

しかし、今自分に与えられた聖なる力は、私の心に深く根を張るものをきれいに引っこ抜き焼き払う力を持っていた。今まで感じてきた無力感はそよ風とともに消え去り代わりにあるのは力を持ったことに対する高揚。静かにけれど熱々と熱せられていく魂の確かな息遣い。イノセンスは魂に命を吹き込んでくれたように思えた。

そんな気持ちでぎゅっと握り締めていた苦内をするりと予言の巫女が持っていく。

シンクロ率、というのを測ったようだった。それなりの数値だと彼女は言う。悪くはなかったことに安堵する。

手元に返された苦内を大切にしまう。


「その力の使い方は・・・他のエクソシストから学ぶといい・・・」


彼女はそれ以上は何も言おうとしなかった。

私は静かに石台に乗って彼女のもとを去った。

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