予言
「どうぞよろしく、柴乃くん。」
にこりと温和な笑みを浮かべたのはコムイ様というお方だ。
「こんな私をここにおいてくださること感謝いたします。」
私は手をつき深々と礼をする。
表面上は平静を保ってはいるものの、とてのじゃないがこの場所は驚きだらけである。
黒の国南部を治める領主、コムイ様とその妹君リナ様の住まう城は外から眺めると異様な雰囲気を醸し出す少しばかり不気味な城だった。まるで客人のように私は受け入れられ、戸惑いながらついたのが領主であるコムイ様の執務室と呼ぶべき場所であった。
その道中、不気味に思ったのが鉄で出来たからくり人形が門番として立っていたり、リナ様を迎えたのも鉄のからくり人形と、とにかくここは鉄のからくり人形がたくさんあり、人気は少なかった。
コムイ様の執務室も執務室で、肘掛けから筆、さらに屏風や掛け軸までリナ様のお姿が描かれた調度品で、それはそれは賑やかというには少し危ない方向へといったものだった。リナ様は呆れたようにため息をついていた。
雰囲気にまでにじみ出ているのだから私の見ていないところもおそらくおかしなものが溢れているのだろう。動揺がほんの少しばかり隠しきれない。
「ノア国一のくのいちをこちらの戦力にできたのは大きいからね。"こんな"だなんていっちゃだめだよ。」
コムイ様はそういって眼鏡の奥の瞳を優しそうに細めた。リナ様は華やかな笑みを浮かべるけれど、コムイ様はなんて温かな笑顔を浮かべるのだろう。
「それと、私たちはあなたをこの城の"客人"として向かえたのよ。」
リナ様が華やかな笑みで当たり前のごとくそういった。
驚きよりも前に不審に思った。こんな忍を――しかも元敵国の――をどうして客人として迎えるのだろうか。持ち上げて、利用し(利用されるのはかまわないが)、用が済んだら殺すつもりじゃなかろうか。
無表情を貫いていたので私の心を読まれたなどということはないだろうが、コムイ様は丁寧に理由を説明してくださった。
「知っているかい?僕らには、予言の巫女がいることを。」
「・・・・うわさを、少し。」
「名前は、へブラスカといって黒の国の都市の暗部にいる。その細かな所在を知るのはごく限られた人間だ。・・・たとえば、この国を治める大元帥と呼ばれるお方や都市に近い、北部、南部、東部、西部を治める僕ら領主。それから、元帥と呼ばれるものたちだ。へブラスカの居所を口外することは許されざる大罪であり、最も残忍な罰を与えられる。」
どうしてこんな話を?と思いながらコムイ様の目を見つめる。コムイ様のつりあがった目は鋭く私を見つめ返している。
「そのへブラスカの予言は最も最重要機密として取り扱われその予言は大元帥しか知ることが許されない。へブラスカの予言というのはそれほど重要で正確なんだ。その予言は書いてしまえば効力を失ってしまう。」
そこで一息ついたコムイ様は少しずれた眼鏡を押し上げる。
「ところが、」
太陽光の反射により瞳が見えなくなり、コムイ様の感情を読み取れなくなった。
まぶしさに眉間にしわを寄せながらも私は瞳以外からの感情の情報を読み取ろうとコムイ様をよりいっそう見つめた。
「今までの歴史の中で――といってもほんの数百年だが――大元帥以外にしか明かされることのなかった予言が、今回元帥および東西南北の領主に知らされた。もう一度言うけれどこれは今までの歴史のなかで一度たりともなかったことだ。」
その予言の内容は?と心が急く。口にしてはならぬことだというのだから聞けるはずがないのに。
「このことを知らないのは、黒の国の民、そして偏狭の地を治める領主、それから君のいた国境を守る領主だ。」
ちらりと、脳裏に神田様のことが思い浮かぶ。
国境はよく、以前私が忍びこんだように敵国に侵入されやすい。そのため必要最低限の情報しかそこに置かないのは当たり前である。だが、コムイ様の説明はへブラスカという巫女の予言は記録されるようなものではない。それならば伝えてもよいものではないかと疑問が生じる。口外することは固く禁じられているのだから、よいのではないだろうか。あまりにも情報を秘匿しすぎなのではと疑問に思われた。
コムイ様はそんな私の疑念には気づかないまま、そのまま先に話を進めた。
「そしてその予言の内容だが、」
コムイ様が私を射抜くように見つめた。今まで見えなかった瞳が見え、さらにその瞳は鋭利な刃物のような真剣さを孕んでいたことに内心びくりとする。すっ、と冷えた瞳の奥の感情は瞳が見えるようになったはずなのにわからない。
「今回は例外中の例外で、君に話すことを許された。もし、この予言を聞けば君は黒の国に厳重に縛られることになる。僕らは、君に監視を置くことにする。君がノア国一のくのいちだという理由もあるが、ヘブラスカの予言がそれほどまでに重要だということだ。」
口の中に唾液がいつの間にか溜まっていた。ごくりと飲み込み、覚悟を決める。
「だが、予言を伝えるには君が信用に足る人物なのかを知りたかった。そのために実は、以前から君を監視していた。」
「っ!?」
コムイ様の驚くべき発言に私は無表情を保てなかった。ノア国最強と謳われた私が、監視の目に気がつかないなど信じられなかった。
「だからこれも、きちんと回収させてもらっている。」
コムイ様が懐からなにか黒いものを取り出した。黒い鱗粉を散らし、優雅な羽を広げるそれは、まさしく伝言蝶ティーズである。
「ここに、君の声が入っている。内容は、覚えているね?」
私は静かにうなずいた。それは形ばかりにせよ、黒の国にとっては裏切り行為と呼ぶに値するものだということは重々承知している。言い訳をするつもりはなかった。
「この言葉は、本心かい?」
「いいえ。」
私は言い訳などはせず、きっぱり否定した。コムイ様はそれだけでは納得せず、説明を求めた。
「その理由は?」
疑うような、コムイ様の視線。私はそれを跳ね除けるように堂々と説明した。
「信じてくださるかどうかはわかりませんが、私はノア国のくのいちとして主と呼ぶべき人たちから虐げられ続けてきました。」
ほんの少しばかり震える声で私ははっきりといった。コムイ様は私の声が震えていることに気づいておられるだろう。その証拠に私の声が震えた瞬間に眉根を寄せた。
あのときのことを思い出すといつも手や声が震える。消えない体の痣。植えつけられた恐怖。残忍な笑い声。狂喜する瞳。それらを思い出すと恐ろしくてならない。その震えを私はくのいちだと暗示し律することで殺し、息を静かに吸って話を続けた。
「私は家族を人質にとられ、仕方なく仕えていました。家族を殺されぬためにはこうするより他がなかったのです。」
家族が死ねば、生きている意味が失われそうで私は家族を殺されたくなかった。その思いは私が死にたいなどと思いながらも心の奥底では強く生きたいと願っていることを気づかせてくれた。
信じてくれなくてもいい。それでもいいと、私は一心にコムイ様を見つめ続けた。私はリナ様に仕えたいだけなのだ。天使のような笑顔を守り、それによって私自身が守られたい。それさえ叶うならば他はどうだっていい。
品定めをするようにあごに手を当て、私を見るコムイ様は何を思ったのかにこりと笑みを浮かべる。目の笑わない、冷ややかな笑みだった。
「そんな理由、僕がそんなもの信用できないといってしまえば秒殺だよ。」
「わかっております。」
「僕に信用しろといっているのかい?」
「いいえ。そうではございません。」
コムイ様の目は試すように光り、私の反応をじっくりと観察していた。平然とはっきり答えていく私にコムイ様はほんの少し満足そうに口元を緩める。
「私はリナ様に仕えることができるならば、それだけでよいのです。」
包み隠さず、私は心のうちをさらけ出す覚悟だ。リナ様に仕える事ができ、さらに信用を得られるならばそれでいい。下手に自分の欲を隠すより自分の内をすべて見せ無防備にさらけ出すほうが、私の願いは叶えられる。
コムイ様はしばらく面白がるように私を見たあと、今度は盛大に笑みを浮かべた。
「どうやら君は、信用に足る人物のようだ。」
コムイ様はそう言って満足そうに息を吐いた。
「覚悟はできているかい?」
コムイ様は手を自分の前で軽く組み、メガネの奥から挑戦的な視線を投げかける。
リナ様のお側にいる覚悟なら。
私は無言で睨むような目つきで頷いた。
「・・・それなら、教えよう。へブラスカの予言を。」
緊張が、走る瞬間。
静まり返ったこの場に、飲み込まれるかと思った。
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