揺れる心
「どうだ、お前にとって悪くはないと思うが。」
心臓が激しく拍動している。
生まれて初めて伸ばされた希望が、今目の前にあった。
この差し出された手をとれば、私はあの場所から逃げせるのだという希望の光と悪魔のような囁きが私の脳内を駆け巡った。
この手をとれば私はあの息もろくにできないような場所から開放されるのだ。
けれど。
偽善者なもう一人の自分が、こう主張する。
その手をとってしまえばあなたの家族は死んでしまうわよ、と。
頭の中で二つの意見が交互に頭をめぐり私の脳内はぐちゃぐちゃにかき回されて分けがわからなくなる。
どうすればいいの、私は、どうすれば?
揺れ動く心は神田ユウの声によりさらに揺れた。
「俺らはノア国とは違う。こちら側に来れば、俺がお前の主となろう。
俺はお前の主とは違ってお前に暴力は振るわない。」
「っ・・・」
思わず乙女のように体をかばってしまった。それほど今の私は忍らしくなく、動揺していた。
この男に限って私の裸など興味はないだろう。おそらく腕や足の痣を見てそう判断したに違いない。そう分かっているのに、感情を調節することはできなかった。
神田ユウは、私にさらに畳み掛ける。
「心配するな、お前の身は俺が保証する。守ってやるよ。」
「・・・・・」
「信じられねぇかもしれねぇが、信じろ、俺を。」
神田ユウが、少しこちらへと近寄る。思わず身を引こうとして体がぐらりと揺れた。
「っ」
倒れそうな私の腕を神田ユウがつかんで引き寄せた。
私は薬によってまだ本調子ではないためうまく力が入らず、神田ユウへと倒れこむ。
それから神田ユウは肩をつかんで私の体を起こすと、小さく笑った。
「さっきも言っただろう、しばらくは本調子になれねぇと。」
至近距離に彼の顔があり、私の心臓は不覚にもどきりとはねた。
「今は休め。あとで返事は聞かせてもらう。」
それから神田ユウは私の体をきちんと起こすと笑みを浮かべて去っていった。
私の心臓は、しばらくやけにうるさかった。
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