潜入
「ロード様、急な話ですが黒の国に潜入できることが決まりました。
十日以内に黒の国の弱点を探してみせます。」
私はいつも懐に忍ばせている伝言蝶、ティーズに伝言を吹き込んだ。
これは私の主の一人であるティキ様から頂いたものである。
ティキ様はロード様より私にやさしく接してくださるが、とても恐ろしい人だ。
彼は自分の触れたいもの、触れたくないものを自由に選べる。壁だって通り抜けられるし空気だって踏みつけられる。
そんな彼は会うといつも私の気道をそっとつかんで締め上げて、私を生死の境へと追い込むのが好きだ。
そして私に恐怖を植え付けて逃げられないようにする。
―――俺から離れるなよ?
そういっていつも私の首を締め上げた後は私に息を送り込むために口付けをして抱きしめる。
口付けというものは愛し合うものがする行為のはずだが、そこには一方的な愛しかない。
ティキ様から送られる口付けも、酸素もなにもかもすべては恐怖に直結しているのである。
十日離れられるだけでも幾分か気が楽になる。ただ、そのあとのティキ様が恐ろしいのだが。
伝言蝶に伝言を吹き込み、そっと手から飛ばす。伝言蝶はひらひらと飛んでいった。
先日、神田ユウから仲間にならないかと誘われたとき、本当に仲間になりたいと思った。
でも本当に仲間になれば私の家族の命が危ないし、もしかするとティキ様が兵を総動員してこちらに攻めてくるかもしれないと思ったのだ。
あの人ならやりかねない。そんな危うさが彼にはある。
できるなら、それは避けたかった。万が一戦いになった場合、持久戦に持ち込まれれば負けるのは確実に黒の国だ。
領土は同じくらいあっても、まだまだ黒の国は小さい国だ。亡命者が近年増加しているが、それでも人口も、いろいろな産業の規模もノア国の半分ほどだ。
どれだけ黒の国が強くても、結局戦争というのは数がものをいう。
せっかく希望が見えてきたというのにそれをつぶすわけにはいかない。
だから私はあくまでもこの黒の国の仲間になったのではなく、"潜入"しにきたということが大切なのだ。
伝言蝶が見えなくなったところで、私は城に戻ることにした。
さっそく、私に任務がきていることだろう。
そう思い城へと戻れば案の定神田ユウに呼ばれていた。
「お呼びでしょうか、主。」
神田ユウ、もとい新しい私の主に顔を伏せ、ひざまずき用件を聞く。
神田ユウは頬杖をついてゆったりとした姿勢を正す。
「・・・主には礼儀正しいんだな、お前。」
さっそく任務について話すかと思えば、話しかけられたので私は驚き顔を上げてしまった。
「あ・・・申し訳ありません。」
あわてて私はまた顔を伏せる。
「いや、いい。面を上げろ。」
しかし主は私の前までやってきてわざわざ私のあごをあげた。
「はい。」
どきり、と心臓がはねる。ティキ様にだってされたことあるのに。そのときは恐怖しか感じなかったのに。
触れらところに熱が集まる。その熱はじわりじわりと私の胸も焦がす。
こんなこと、初めてだ。
けれど精一杯無表情を貫く。
主は私のあごを触れたあとはそのまま私の頬に手を滑らせ、手を離す。
とても優しくてくすぐったくて。心の奥がじんわり温かくなって。
こんなことを感じるなんて、いったい私はどうしてしまったというのだろう。
自然と主と目が合う。
主は貫くようなまっすぐな瞳で私を見つめたあと、妖艶に笑って言った。
「今日の夜、俺の寝所に来い。」
え・・・
私は主の言葉に無表情を貫こうとしていたのを忘れて目を見開いた。
・・・任務は?
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