僕だけのものになってください


「いったたた……あぁ、腰に来る」

しゃがみ込んでいた体制からゆっくりと立ち上がりながらマホはそうボヤくと、軽く握り拳を作った右手でトントンと腰を叩いた。
同じ様に作業をしている周囲の兵士達にはおそらく共感してもらえないだろうと独り言のつもりで呟いた言葉だったが、それを聞き逃さない者もいて、素早くマホの隣までやってきたその男は呆れ顔で溜息を吐いた。

「まだ3分の1も終わってねぇだろ。もう疲れたのか?」

マホは恨めしげに声の主を見遣ると、グググッと背筋を伸ばした。

「あのねリヴァイ君。まだ若い君には分からないだろうけど、年取ると同じ体勢が身体に堪えるんだよ」
「……何言ってやがる。たかが草むしりで」
「分かってないな!草むしりってもの凄い腰にクルんだよ!」

調査兵団本部の敷地内の除草作業は年に2度、幹部も新兵も関係無く全員で行われる。
全員で取り掛かる作業であるだけに半日もしないうちに終了するのだが、まだ開始してから1時間、早くもマホは腰に負担を覚えていた。

「年寄りくさい発言ばっかりしてると、老けるぞ」

言いながらリヴァイは、気合いを入れるかのようにマホの腰をバシッと平手で叩いた。
これが若い女子なら軽く悲鳴をあげたり、セクハラだ等と騒いだかもしれないが、マホは「はいはい」と草臥れた返事をして、再びその場にしゃがみ込んだ。

「でもさ思うんだけど、馬を放てば勝手に雑草食べてくれるしそっちのが効率的じゃない?」

マホのすぐ隣にしゃがんで、青々と茂った草を引き抜きながらリヴァイは首を横に振った。

「変なモン食って腹壊されたら洒落にならねぇだろ。馬1頭に幾らかかると思ってる」
「確かにそうか……流石は兵士長!目のつけ所が違うわ」
「普通に考えれば分かると思うが」
「この歳になるとね、色々考えるのも疲れるんだよ」

また言ってやがる……と呆れ顔でリヴァイは自分の足元の雑草に視線を落とした。僅かな風でソヨソヨと揺れているシロツメクサの花を、ピンと爪先で弾いて煩わしそうに目を細めた。

「……そこまで歳変わらねぇだろ」

その声は、どこか遣る瀬無さを孕んでいたが、マホはそれよりもリヴァイの発言が予想外だったのか、ブチブチッと草を千切りながら大きく首を振った。

「いやいや!変わるでしょ!私今幾つだとー…」

そこまで言ってマホは、ハッとした様子で口を閉じた。
足元の雑草を弄る手を止めないままにリヴァイは顔を上げる。目を見開いてポカンとしているマホを見て怪訝そうに眉を寄せた。

「何だ。自分の歳も忘れたのか」
「……忘れてた」
「あ?」

冗談のつもりで聞いたつもりが、予想外の応えがマホから返ってきて、ますますリヴァイの眉間の皺が深くなった。

「アンタ……いよいよ呆けたのか。歳を忘れるなんて相当ー…」
「いや待って。呆けてないから多分。」

リヴァイの言葉を遮ってマホはピシャリと言い放つと、立てた人差し指で自分の顔を指した。

「そうじゃなくて、私、今日誕生日だった」
「誕生日……?」
「うん。もうここ何年も誕生日なんて毎年覚えていなかったけど、今リヴァイと歳の話してて思い出したわ」

二ヘラっと笑ってマホはまたブチブチと草を引き抜きはじめた。
リヴァイもまた、足元の草を弄り出す。

「そういやアンタの誕生日、聞いた事なかったな」
「はしゃいで誕生日報告する歳でもないしね」
「そりゃ残念だ。知ってたら祝ってやったのに」

言いながらリヴァイは、足元の雑草の中ならブチッと1本引き抜いて、ズイとマホの目の前に差し出した。
ヘラヘラ笑って雑草を抜いていたマホの手が止まり、目の前を見てパチくりと瞬きをした。

「え、これ……?」
「誕生日プレゼントだ。光る宝石じゃねぇが」

リヴァイが差し出した手には、小さな四つ葉のクローバーが握られていて、そよぐ風に頼りなさげに揺れている。

「よく……見つけたね」
「捜してたらあった」
「えっ捜してたの?」
「ただ草毟ってても飽きるからな」
「そ、そう。せっかく見つけたんだったらリヴァイが持っとけば……」
「馬鹿言え。そんなもん興味ねぇよ」
「え、だって捜してたんじゃ……」
「……なんとなくだ。アンタがいらねぇなら捨てるが」

捨てる、と言われたら無下には出来ず、マホはおずおずとリヴァイの手から四つ葉のクローバーを受け取った。
ようやっと自分の手から離れていく四つ葉を見届けて、リヴァイの口からは安堵のような吐息が漏れた。

「あ、りがとう」
「後で美味い酒でも持って行く。どうせ今日も屋上で呑むんだろ」

ぶっきらぼうに言って、リヴァイはもう用は無いとばかりに立ち上がると、スタスタとその場から離れて行った。
だんだんと小さくなっていく背中を見送るとマホは徐に溜息を吐いて、手の中に残された四つ葉のクローバーをジッと睨み付けた。

たまたま……だよね。

独りごちて、煩悩を振り払うようにブンブンと頭を振った。

まだあどけない少女だった頃、周りで花言葉がブームになり、それに乗っかり色んな花言葉を覚えた。
残念ながら大人になっても、花言葉を知っていて得をする事も無かったので忘れてしまっても構わないレベルの事だったのに、幼い頃に覚えた事は不思議な事にこの歳になってもちゃんと記憶の中に残っているらしい。

「誕生日も忘れてたのになぁ……」

振り払っても振り払っても戻ってくる記憶が、四つ葉のクローバーに意味を持たせてきて、無駄にマホの胸を高鳴らせるのだった。

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