嫌いじゃないからこそ困る
**「そうだ、嫌いなはずだった。お前が好きになせたんだ」→「仮病」の続きっぽいです**
「何の用ですか」 「腹が減った」 「だから、ご飯は作りませんってば!」 「おい、いい加減この遣り取りは面倒だとお前は思わないのか」 「そう思うなら、毎日の様にインターホンを鳴らすのは止めてくれませんかね!?」
つい先日、私の仮病を本気にしたリヴァイさんからの料理の催促が止んだのは3日だけで、それからはまた、毎晩インターホンを鳴らしては私に夕飯を作らせようとしてくる日常が待っていた。 隣人であるが故、居留守を使うというのは難しく、毎度応答せざるを得ないのだけど、何だってリヴァイさんはこんなにもしつこいのだろうか……。 ここ最近は私がどれだけ参ってるか分かってもらう為に、敢えてモニター越しではなく直接応対して、大袈裟な程迷惑な顔をしてみせてるのだけど、残念ながらその効果は全く無さそうだ。
「お前が俺の要求を呑まないからだろうが」 「呑む理由がありません!そもそも私、料理とかあんまり得意じゃないですし」 「一度食ったお前の飯は美味かった。だから頼んでるんだろうが」 「あれは……一度だけだと思ったから作っただけです。そんなに手料理が食べたいなら恋人にお願いするとか」 「残念ながらそんな相手はいない」 「じゃ、じゃぁ、家政婦を雇うとか……」 「お前の料理が食いたいと言っている」
堂々巡りの会話にハァと私は草臥れた溜息を吐いて、傾けた頭を開きっぱなしの扉に預けた。 その重みに揺れる扉を支える様にリヴァイさんは扉の淵に手を添えてきて、しかも私の顏をジッと見つめてくるから、何だか変に感じにドギマギしてしまう。
「……お前、今日も外に出てないだろう。人と会話したのも今が初めてじゃないのか」 「……だ、だったら何なんですかっ」
元々ポーカーフェイスな人だけどいきなり真顔でそんな事を言われると、何も後ろめたい事なんて無いはずなのにギクリとしてしまう。
「人と関わらず引き籠ってる時間が長ければ長くなるほど、社会復帰が億劫になる。まぁ、出不精な人間が理由も無く外に出るのは厳しいだろうが、料理をする為に食材を買いに行くという目的があれば出れるだろ。自分が食う為だけに毎日手料理を作るのが面倒でも、誰か食う奴がいれば作り甲斐もあるんじゃないか」 「な、何ですか。別に私、休職してるだけで、一生働きたくないとかいう訳じゃないですし……確かに今はニートですけど、別に、社会に絶望してるとかそういうのじゃないし……」
そう、そうなんだけど、何でだろう。凄く惨めで泣きそうな気分になる。 リヴァイさんの真っ直ぐな鋭い瞳に見つめられると、自分の中の葛藤とかも全て見透かされてそうで、視線を反らす様に慌てて俯いた。 さっきまでは気にもならなかった外気から流れてくる音が、耳をキンキンと刺してくる。 開きっぱなしの扉を閉めようとドアノブに置いていた手を強く握って引いてみたけれど、扉の淵をリヴァイさんが掴んでる所為で、ピクリとも動かなかった。
「あの……もう部屋、入っていいですか」
そう告げた声は、自分で嫌になるくらい陰気臭くて刺々しかった。 今の私を色で表現するなら、雨が降る直前みたいなどんよりとした灰色だろう。 そんな仄暗い色を醸し出してる私に、光を分け与えるみたいにリヴァイさんの優しい手がソッと髪に触れてきた。
「……ああ。また明日だな」
明日も来なくていいし、というかもう来ないでほしいとか、言いたいのに、言いたくない。 面倒臭いはずなのに、何で全力で拒否出来ないんだろうか。
「……リヴァイさんは、何でそんなに毎日……」
口から零れた疑問に、フ、と静かに笑う声が返って来て、思わず俯けていた顏を上げれば、閉まりかけた扉の隙間から、穏やかな顔で私を見ているリヴァイさんと目が合った。
「お前と毎日話すのは、嫌いじゃないからだ」
そんな言葉だけを部屋の中に残して、バタン、と扉が閉まった。 力が抜けた様にヘナヘナとそのまま玄関に腰を下ろした私の耳に、リヴァイさんの言葉が何度もエコーしている。 迷惑だとか、面倒だとか、そう思っておきながら、訪ねてくるリヴァイさんと会話をしてしまうそんな毎日が……
「……私だって、嫌いじゃ、ない……」
だからこそ困るんだ……。
気持ちを切り替える様にブンブンと頭を振って立ち上がると、部屋に戻った私は本棚から一冊の料理本を取り出した。
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