似てないようでよく似てる


夏真っ盛りのよく晴れた日の海水浴場は、大勢の人で賑わっている。
毎度の様に、早朝にいきなりアポ無しでやってきたエルヴィンさんの「さぁ、皆で海に行くぞ!!」という一言で、大家の私含め自由の翼の住人プラス、ナナバさん、ハンジさんという面子で、この人のごった返している海水浴場に降り立ったのだ。
総勢11名の大所帯な上に国籍が様々な面子が集まっているのだ、その一帯だけが妙に国際色が強くなっていて、若干周囲の人が引いている。
いや、周囲の反応の原因はそれだけじゃないな。
長身な上にガッシリとした体格のエルヴィンさん(そして着用しているのは何時ぞやに拝見したエメラルドグリーンのビキニだ)、小柄でありながら芸術的なまでの胸筋に割れた腹筋を惜し気もなく披露しているリヴァイさん(当然三白眼の鋭い目は健在である)。この二人が並ぶと、何処かの軍隊か格闘家か、はたまた危ない世界の人にも見えているかもしれない。

「リヴァイ兵長!!砂浜の上ならあんまり痛くないですよね!格闘術教えて下さい!!」
「え、エレン。人が多い中でそんな事したら、誰かに怪我をさせてしまうかもしれないだろ。危険だよ」
「アルミンの言う通り。砂の上だからと言っても決して安全じゃない。それにせっかく海に来たのなら、海水浴を楽しむべき」
「ミカサの言う通りだぜ。大体なぁエレン、水着姿の女子がいっぱいいるこの場所で、格闘術とか男臭い事しか思い付かない脳みそ、何とかしたらどうだ」
「コニー!!あっちにイカ焼きが売ってますよ!!!」
「まてまてサシャ、焦るな!まずは焼きそばだろ!!」

うん、周りの視線はともかく、学生住人達は通常営業だ。

「ナナバ!日焼け止めなら私が塗ってあげよう!!遠慮するな。私は君の上司として……」
「団長。暑苦しいので周りでバタバタしないで下さい」

立てたパラソルの下で、涼しい顏で日焼け止めを塗るナナバさんの周りをソワソワとビキニ姿でうろつくエルヴィンさんは、確かに暑苦しいというか、見苦しい。

「ねぇねぇマホ!何かリヴァイ、ちょっとボーッとしてない?」

シートに腰を下ろした私に、スリスリと寄ってきたハンジさんが不思議そうな顏でそう聞いてきた。
確かにリヴァイさんは、さっきからずっと突っ立ったまんまで、遥か遠くの水平線を眺めている。元の世界では見た事がなかったという海に、何を思っているんだろうか。

「ハンジさん。あの、リヴァイさんは大丈夫ですから。その怪しげな色した液体を飲ませたりしないで下さいね」

ニコリと笑って言うと、ハンジさんは分かり易いぐらいに唇を尖がらせて、たった今開けようとしていた怪しげな色の液体が入った容器の口を閉めた。
そのやり取りが聞こえたのか、リヴァイさんがクルリと私達の方に振り向く。

「おい、クソ眼鏡。マホにくっつき過ぎだ。離れろ」
「えっ!?何でよ!」
「変態が遷るだろうが」
「え、それ酷い。大体、リヴァイだって変態だろ!?マホに対する独占欲とかちょっと異常だし!!」

正に売り言葉に買い言葉だ。勢い良く立ち上がったハンジさんはリヴァイさんを見下ろし、それに応戦する様にリヴァイさんはハンジさんを睨み上げている。
そんな二人の様子に気付いたエルヴィンさんが、何だか嬉しそうにやって来た。

「おいおい二人共!こんな所で喧嘩なんて暑苦しいぞ。全く私が側に居ないとすぐこれだ」
「おい、エルヴィン。お前、暑さで相当頭がめでたくなったのか」

心底面倒臭そうにしているリヴァイさんに、今度はエレンが駆け寄ってくる。

「リヴァイ兵長!!格闘術は止めろってアルミン達が煩いから、海で泳ぎましょう!!」
「ああ。準備運動は怠るなよ」
「あ、私も行く!!おーいアルミン!!ビーチボールで遊ぶぞ!!」
「待て!!私を置いて行くな!!」

たちまちに学生住人達とリヴァイさん、ハンジさん、エルヴィンさんは海へと走って行って、大きく場所を取ったシートの上には私とナナバさんだけが残された。
皆が楽しいのは私も楽しいけれど、一緒になってはしゃぐというスタンスにはやっぱりなれない。まぁどっちみち、荷物の番をする人も必要だし、私はそういう方が性に合ってる。
波打ち際で水飛沫を上げて騒いでいる皆を眺めていたら、クスリ、と隣でナナバさんが笑った。

「何か、面白いね」
「お、面白い?」

“面白い”の意図が分からずオウム返ししたら、ナナバさんはコクンと頷いて、砂を手掴んでサラサラと零しながら楽しそうに言う。

「恋人同士って似てくるって言うけれど、マホとリヴァイは似てないなって」
「あー……、でも、ナナバさんとエルヴィンさんも似てない―……」
「いや、私と団長は恋人同士じゃないから」
「……ごめんなさい」

真夏の海水浴場が一瞬、氷点下になった気がして、思わず羽織っていたパーカーのファスナーを胸元まで上げた。

「でも、マホとリヴァイはそれで似合ってるよね」
「そう、ですかね?自分ではあんまり分からないです」

いやいやナナバさんとエルヴィンさんだってあんな感じでお似合いで……なんて迂闊な事は今度はうっかり口にしない様に注意しなくては……。
戻ってきた真夏の海水浴場の空気に、ホッとしてパーカーのファスナーを少し下げた。
少し先に見える海の家の方から、お揃いの麦わら帽子をかぶったカップルが仲良く焼きそばを分け合いながらこちらに近付いて来る。

「コニー!!この焼きソバ!!凄く美味です!!!」
「だな!買って正解だったな!!」

ああ、似てくるってこういう感じなのだろうか。日本に来たばかりの時は、コニーとサシャもちょっとお馬鹿な二人ってだけだったけど、今じゃ笑い方まで似てきてる。

「ん?どうしたんだよマホ。何ニヤけてるんだ?」

二人を見て思わず頬を緩めていたら、視線に気付いたのかコニーが不審そうな目を私に向けてきたので、慌てて表情を戻した。

「何でもないよっ……というか、2人は海に入らないの?」

いつの間にか沖の方に泳いでいって豆粒ぐらいにしか見えなくなったエレン達の方を指差して聞けば、サシャとコニーはお互い顏を見合わせて、さも当然といった感じで揃って口を開いた。

「「まずは腹ごしらえだろ(です)!!」」

余りの二人の気迫に、隣に居たナナバさんがブフッと笑った程だ。当の2人はそんな事は露ほども気にせず、ワクワクした様子でまた海の家の方に視線を向けた。

「次はイカ焼きですね!!」
「その後はかき氷だな!!」

空になった焼きそばの容器を何故か私に手渡すと、再び海の家へと走って行った。

「ほんとにあのコンビは……」

手渡された空容器をビニール袋に入れながらそうボヤいてみても、やっぱり口元がニマニマと緩んでくる。
リヴァイさんは学生住人達に甘いなんて私はよく言うけれど、私も相当甘いのかもしれないな。

「何か、あの2人見てたら私も小腹空いたな。マホは?」

ググッと気持ちよさそうに伸びをしてナナバさんが聞いてくる。

「そうですね。でも、もうちょっとしたら多分皆も戻って来るだろうし……。エルヴィンさんが用意して下さったお弁当もありますし……」

時刻はもう少しでお昼に差し掛かる頃だ。多少の空腹感はあるけれど、どうせなら皆と食べる方が良い。ナナバさんも「そういえばそうだね」と腕時計をチラと見て頷いていた。
と、そんな和やかな空気に水を差すかのごとく、チャラけた声が耳に入って来た。

「ねぇ、お姉さん達。海入らないの??」

見れば、私と歳が変わらないか少し年下かもしれないぐらいの2人の男性が、ヘラヘラと笑って私達の座るシートの前に、ガッとしゃがみ込んできた。浅黒く焼けた肌に胸元にギラリと光るシルバーのアクセサリーが如何にもチャラそうで、おもむろに嫌な顔をして見せたけれど、そんな事で退く様子もなく、男の1人が言う。

「あ、てかそっちのお姉さんは、外国人!?めっちゃスタイルいいじゃん!モデルさん?」

あ、マズい。ナナバさんの表情が若干怖くなってる。内心穏やかじゃなくなってきた私の耳に、能天気な男達の声がしつこく入ってくる。

「こっちのお姉さんは日本人だよね。良かったらこれから―…」
「あの……私達連れがいますんで……」

というかこの男達は、広く場所を取ったシートと沢山の荷物が目に入ってないのだろうか。

「別にいいじゃん。4人で飯食いに行こうよ」

ああもうほんとに、ナナバさんがプツリとクる前に何とかこの人達を追い払わないと……。
そんな使命感に煽られていた私はすっかり忘れていた。
危険なのはキレたナナバさんだけじゃないという事を……。

「あ、あの本当にもうそろそろ……」

引き攣った笑みでそう言いかけた時、晴れた空を覆う様な黒い影が私達の場所に落ちてきた。
ゾクリ、と背筋が凍る程の悪寒に、ハッとして顏を上げると男達の真後ろに、殺人鬼の様な表情をしたリヴァイさんとその隣で冷酷な表情で微笑むエルヴィンさんが立っていた。

「ひっ!?」
「うわっ!!??」

振り返った男達も、2人の形相にギョッとした顔で小さな悲鳴を上げた。

「失礼。うちのモノに何か?」

あくまでも紳士的な口振りでニコリと笑うエルヴィンさんの瞳は、どう見ても笑ってない。

「おいモヤシ野郎共。てめぇ等は周りが見えてねぇのか」

リヴァイさんに関してはもう明らかに相手を威嚇していて、男達は完全に縮み上がっている。

「な、何でもないです!!」
「失礼しました!!」

そう言って男達は一目散に逃げ出して、その背中を見送りながらエルヴィンさんは「ハハッ元気だな」と呑気に笑っていて、リヴァイさんはチッと舌打ちをして私の隣にドカッと腰掛けてきた。

「おいマホ。てめぇ……」
「え……」

何故私が怒られる……と疑問を抱く間も無いままに、リヴァイさんにパーカーのファスナーを一番上まで上げられた。

「人が多い場所で胸元を晒してんじゃねぇよ。馬鹿野郎」
「すみませんって、いやいや、ちょっと待って下さいよ!周り見て下さい!ほとんどの人が水着……」
「だから何だ。そんなもん俺には関係ねぇ」

超絶不機嫌&独占モード全開のリヴァイさんに何を言っても無駄だ。

「ああナナバ!君が暴れたらどうしようかと……死人が出なくて良かった」
「そこまで短気じゃないですが。まぁマホに指一本でも触れてたらどうなってたかは分かりませんが」

すぐ隣で繰り広げられる会話も穏やかじゃないけど、まぁ取り敢えずは一件落着だろうか。
やがてハンジさんと学生住人達も戻ってきて、ナナバさんと2人で和やかだったシートの上はたちまちにワイワイと賑やいだした。

「ちょっと食いすぎたな。カキ氷は弁当の後にすれば良かった……」
「大丈夫です!コニーが食べきれなかったら私が食べてあげます!!」

「エレン。ちゃんと体を拭いて。貴方はすぐにお腹を壊すから」
「はぁ!?すぐ乾くだろ!お前は俺のかーちゃんかよ!!」

「あのさぁジャン。可愛い女の子が近く通る度鼻の下伸ばしてても彼女なんて出来ないよ!男なら勇気だして声かけないと!!」
「なっ……べ、別に鼻の下なんて伸ばしてないですよ!何言ってるんですかハンジさん!大体ナンパなんてそんな……断られたら惨めな気分になるだけじゃないっすか!!」
「ジャン。何も捨てる事が出来ない人間は何も変える事は出来ないよ。僕はその時の恥ずかしさより未来の幸せを取るよ」

やっぱりこうして皆で囲むお弁当タイムは楽しいし、美味しい。
改めて私はこのメンバーが大好きなんだと実感する。

「おい、どうした。間抜けな顔して」
「リヴァイさん。間抜けは余計です。いや、でも何か幸せだなぁとしみじみ……」
「俺と一緒に居る事がか」
「は、いや、まぁそれもそうですが……。ってかリヴァイさん、海に入ったのって初めてじゃないですか?どうですか?」
「ああ……本当にしょっぱかった。波に体を取られちまうのも川とは違ってあれだが、泳ぎの訓練には丁度良いな」
「あははっ!よし、私も午後はちょっと海に入ろうかな」
「あ?何言ってやがる。パーカーを脱ぐなと言ってるだろぅが」
「え、でもそれじゃ私、ずっと此処に居ろと?ちょっと可哀想とか……」
「…………なら、ずっと俺の隣にいろ。いや、ずっと俺にくっついてろ、一瞬でも離れるな」
「……あの、足が届かない沖まで泳いでいかれたりしたら流石に付いて行けないですよ?」
「何言ってる。俺が側に居る限りお前に危険が迫る事なんて無ぇだろぅが」

強引なリヴァイさんの持論に呆れはするけれど、でも、確かに私はこの人が側に居る限り、きっとどんな場所に居ても安心出来るんだろうなと思えた。
そんな私の気持ちが通じたのか、不意にリヴァイさんが私の顏を見つめてきて、お互い目が合った瞬間に、フッと同じタイミングで笑った。ふわふわと甘い優しい気持ちが胸いっぱいに広がる。


「ん?どうしたんだナナバ。聖母の様な顔で微笑んで」
「いえ……。やっぱり2人は似てないようでよく似てるなと……」
「私とナナバの事か!?そうだな。私もそう思って―……」
「どう考えても違いますよね?」

私とリヴァイさんを見ながらナナバさんがそんな事を言っていたなんて、全く気付いていなかった。

[ |66/75 | ]

[mokuji]
[しおりを挟む]