礼はいい。別に庇ったわけではないからな


マホと夕飯を食べに行く時は、最早定番となっている居酒屋で、通された席に着くやいなや、リヴァイは怪訝そうに眉を顰めた。

「リヴァイ先生?どうかしましたか?」

メニュー表を広げながら不思議そうに聞いてくるマホに、「いや……」と返しながらも、リヴァイの表情から険しさは消えない。
居酒屋のテーブル席はボックスタイプのもので、仕切があるとはいっても隣のテーブルが賑やかしければその声は普通に聞こえてくるし、キツイ匂いは仕切を越えて漂ってくる。
テーブルに通される時にチラリと見えた隣の席には、派手な風貌の2人組の女性客が既にいて、そのテーブルはユラユラと紫煙が漂っていた。それはやはり、リヴァイ達のテーブルにも流れ込んできていて、それが、リヴァイの怪訝な表情の理由だった。
煙草の匂いは好きでは無いが、別に我慢が出来ないというほどでもない。
ただ、ここ最近は喫煙者が減って来ているからか、煙草の匂いを嗅ぐ事も全然無かった為に、久々の煙の臭いに少し気が滅入ったという程度の事だ。
これでマホが、煙草の匂いを嫌がる態度でも見せれば、席を変えてもらう事を考えただろうが、そのマホからは全く気にする素振りは感じられないので、リヴァイも我慢を決め込みメニューへと意識と視線を集中させた。
ビールとチューハイで乾杯をした後、突出しの鶏と大根の煮物をつつきながら料理を待っていれば、紫煙を燻らせる隣のテーブルの会話が仕切を越えてリヴァイの耳に入ってきた。

「やばいよ本当、もう今月ピンチだし」
「あると遣っちゃうよね。私もキャバやり始めてから金銭感覚狂ったわ」

会話の内容から察するに、2人組の女性は水商売をしているのだろう。
確かにそう言われたら納得出来る風貌をしていたな、とリヴァイは先程チラリと見た2人の姿を思い出していた。
マホも少し気になるのか、グラスを口から離してピンと姿勢を正している。

「ウチらと同じ時ぐらいに入って来た娘いたじゃん?3ヶ月前に辞めた娘。あの娘今、ソープで働いてるらしいよ」
「え、マジで!?」

マホの手に持たれたグラスの中身が、タプンと揺れた。

「うん。何かブランド品と美容に金遣い過ぎて借金まで作ったとか……」
「そういえばしょっちゅうバッグ変わってたもんね。てっきり貰い物だと思ってたけど」
「びっくりだよね。でも、いくら金に困ってもソープには堕ちたくないわぁ」
「だよね。普通の神経じゃちょっと考えられないよね」

丸聞こえな会話は容赦無くマホに突き刺さる。
傷付いてるだろう事は丸分かりなのに、まるで何も聞こえてませんといった感じで、突出しの小鉢から大根を掴もうとしたマホの箸は小さく震えていて、上手く掴めずに大根はツルリと箸から逃げている。
仕切を越えてやってくる紫煙と香り、耳に響く女性の声、引き攣った顔で微笑むマホ。
その全てがリヴァイに危険信号を放ってくる。
注文の品を運んできた店員を呼び止めて、食い気味にリヴァイは言う。

「手間をかけさせて申し訳無いが、席を移動させてもらえないか」

店員とマホが、同じぐらい瞳を真ん丸くさせてリヴァイを見て来た。


「あの、リヴァイ先生。有難うございます」

新しく通してもらった席に着くなりそう切り出すマホからプイと顔を逸らして、リヴァイはゴクゴクとビールを飲み干した。

「礼はいい。俺が煙草の匂いが嫌だっただけで、別に庇ったわけでは無いからな」

また、マホのグラスの中身がタプンと揺れた。

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