後悔はしていない。けれど、何と言われる覚悟もできている
外灯のランプと月明かりで濡れた様に光る黒い丸石の前に置かれた空の酒瓶に、数本の青い花を埋けてリヴァイはおずおずとしゃがみこんだ。 自分の視線と同じぐらいの高さになった石にペタリと手で触れる。 当然ながらそれは無機質でひんやりと冷たいのだが、手触りは妙に暖かみを感じて、フッ……とリヴァイは小さく笑んだ。
例えばもしも“彼”が生きていたら、今の2人の幸せを喜んでくれただろうか……。 それとも、未来の保障が出来ない立場に苦い顏をするだろうか……。 “彼”が居た場所に居座る“男”を許してくれるだろうか……。
マホと恋人という関係になってから、幾度となくそんな事を考えた。 だが、どうしたってリヴァイの頭に浮かぶのは、優しく笑う“彼”であって、自分を尊敬してくれていた部下の“彼”であって、最期の願いを託してくれた“彼”だった。
「リュートよ。お前の妹の恋人は元ゴロツキで口が悪い、それなりに歳を食ったチビだが……それでも大丈夫か?」
返事の代わりか、青い花が楽しそうにユラユラと揺れた。その花弁に指先で触れれば、何時だったか夢で見た言葉が耳奥に響く。
“兵長……マホを、お願いします”
それは、亡き兄の身代わりとしてだったのかもしれない。 恋愛感情など、亡き兄は抱いて欲しくなかったかもしれない。 けれど……
「後悔はしていない。けれど、何と言われる覚悟もできている」
マホの家族の魂を眠らせている石に、リヴァイはハッキリとそう告げた。
「リヴァイさん?」
不思議そうに尋ねる声が背後から聞こえて、リヴァイは、もう一度だけ青い花びらをつるりと指先で撫でてから立ち上がると、後ろを振り返った。 月の光を吸収したみたいに、金色に光る髪を携えたマホが、リヴァイを見つめてキョトンと首をかしげている。
「今……何か、喋ってました?」
そう聞いてくる彼女の背後、良く似た顏で笑っている男と優しそうな顔をした夫婦の姿が月明かりに照らされながら浮かび上がってきて、リヴァイはパチパチ、と2.3度瞬きを繰り返した。 その次の瞬間には、置き忘れられた人形の様にマホだけを残して、もうその姿は消えていた。
幻か、それとも……。
「いや……。何でもない」
そう言って穏やかに笑うと、リヴァイにとっても彼等にとっても大切な宝物の手を、愛おしそうに握った。
「ど、どうしたんですか?」
突然に手を握られた事に、驚きながらも嬉しそうに狼狽えるマホに、リヴァイは(やっぱりコイツしかいない……)と実感した。
誰よりも命の危険が迫る場所にいても、誰よりも彼女を愛している……。 未来に保障が出来ないとしても……。
「家族に……ならないか?」
瞬間、暖かい夜風が吹いて、2人を優しく包んだ。
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