できる、できないじゃない。やれ


業務を終えて自室へと戻る廊下を、コソコソと効果音が付きそうなほどに警戒して歩いていたマホの後ろから伸びてきた手が、ムンズと彼女の首根っこを掴んだ。

「ひぎゃぁぁぁ!!」
「『ひぎゃあ』じゃねぇよ。マホ。てめぇ。あからさまに避けやがって」

耳元で聞こえた、明らかに不機嫌な低い声に、ビクっとマホは肩を強張らせる。
例えばその声がとても優しいものだったとしても、マホの反応は同じだっただろう。
後ろを振り返る事も出来ず、首根っこを掴んできている手を振り払う事も出来ず、そして、走って逃げるなんて事も勿論出来ず、石の様にカチコチに固まっているマホの、フゥと背後から溜息が掛かる。

「……ちょっと、来い」

立ち止まっていた位置は、丁度今の時間は誰も居ないだろう資料室の扉の前で、マホの首根っこを掴んだ手がそのまま彼女の肩を抱き、資料室の中へと押し込められた。

「り、リヴァイ……あの……」

資料室の扉がパタンと閉まり、無理矢理に作られた2人きりのシィンとした薄暗い空間に明らかに狼狽えだすマホを、リヴァイはフン、と冷たく睨んだ。

「こうでもしねぇとお前、俺の事避け続けるだろぅが」
「ごめん……なさい。その、避けてるってわけじゃないんだけど、どうしたらいいか分からないっていうか……」

一昨日、狸寝入りをしていた為に知ってしまったリヴァイの気持ち。
そして、昨日に直接言われた言葉。
予想だにしていなかった展開に、マホの混乱は未だ継続中で、リヴァイの顏を見るのが億劫だった。

“俺を好きになれ。お前なら出来るはずだ”

そんな事を言われて、どうして避けずにいられようか。

「どうしたらも何も、今まで通りで良いだろうが」
「でも……」

縋る様な瞳でリヴァイを見上げて、いつもと変わらない彼の瞳の鋭さに、マホは複雑そうに眉を寄せる。

「リヴァイ……私の事、好き、なんだよね?」

いつもと変わらないリヴァイだ。
ずっとずっと昔から変わらないリヴァイの顔だ。
だからこそ、信じられない。
一体いつから−……。

「何だ。お前は1日1回は愛の言葉を聞かないと不安になるタイプか」

聞きたきゃ何度でも言ってやるが……と意地悪く笑うリヴァイに、ブンブンと慌てた様子でマホは首を振る。

「ち、違う違う!!今までリヴァイはそんな素振り見せなかったから、不思議っていうか……」
「お前が俺の事を全くそういう対象で見てなかったからだろぅが」
「ご……めんなさい」
「謝るなら俺を好きになれと……昨日も言ったが」
「そ、そんな簡単に好きになったりなんてっ」
「あ?お前俺の事が嫌いなのか?」
「じゃなくて!リヴァイの事は仲間として好きだけど、恋愛感情とかすぐに出来な……」

それは一瞬で、身構えるよりも先に、目を閉じるよりも先に、逃げるよりも先に、マホの唇はリヴァイに捉えられた。
強引に奪われたはずなのに、唇に感じる熱は柔らかく優しくて、昨日、リヴァイに抱き寄せられた時と同じ様に高鳴る鼓動にマホが気付いた時、ス……とあっけなく唇は離れて、キュゥと切なげに胸が鳴いた。

「できる、できないじゃない。やれ」
「っあ……」

無茶苦茶な事を言っておきながら、何故今、そんな愛おしげな瞳を向けてくるのだろうか、と考えてみて、その違和感に小さくマホは声を上げる。

違う……。これはずっと見てきた瞳だ……。

“お前が俺の事を全くそういう対象で見てなかったから”

だから気付かなかったというのなら……。

しかしそれを認識しようとするには、まだまだマホの脳内は混沌としていて、真っ赤な顔で目をぐるぐると回しながら彼女は、泣きそうな声を上げる。

「り、り、リヴァイちょっと待って!ほんとちょっと……色々考えさせて!私の脳味噌はそこまで処理能力早くなくてっ……」

頭から湯気が出そうな勢いのマホに、フッとリヴァイは小さく微笑んだ。

「ああ。待っててやる。だからもう、お前以外の差出人からの恋文は持って来るな」

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