当たり前だ、何年の付き合いだと思っている


深夜の兵団本部の屋上、片手にランタン、片手に酒瓶とグラスを手にしたマホは、ドカッと適当な場所―といってもいつも大体同じ位置になっているのだが―に腰を下ろした。

「今日は月が綺麗だな……」

明日は晴れるのだろう。丸い月がハッキリとその輪郭を見せていて、周りに散らばる星々も嬉しそうに瞬いている。
月見酒には最高だ、とマホはトクトクとグラスに酒を注ぐと、丸い月に向けて一度グラスを掲げてからクイッと中身を煽った。
肌に当たる冷たい夜風の所為か、喉奥に流れていくアルコールはやけに熱く感じられる。

「何か羽織るもの持って来たら良かったなぁ……」

日中は温かったからと、薄着で此処に来た事を早速マホは後悔していた。
歳を重ねるにつれて冷えは体に堪える様になってきたし、取りに戻るというのも面倒くさい。
今夜の晩酌は早々に切り上げるべきか……と、せっかくの綺麗な月夜を恨めしげに見上げていたマホの背中に、ふわりと暖かい布が覆い被さってきた。

「うわっびっくりした……」
「そんな薄着で外にいたら風邪引くぞ」

被せられた布の端を掴んで確認してみれば、見慣れた兵団指定のケープだった。
それを運んできてくれた人物、マホが晩酌をする時は度々やって来てくれる後輩であり上司であり、マホからしたらまだまだ若い男の子は、冷たい口調でそう言ってドカッとふてぶてしい態度で隣に座ってきた。

「有難う、でもリヴァイは寒くないの?」

てっきり、身に着けていたケープを外して寄越してくれたのだろうと思い込んで、そう聞きながらやっとリヴァイの方を見たマホは、彼の身体にも同じ深緑色のケープが羽織られてるのに気付き、「あれ」と小さな声を上げた。
そのマホの声を聞き取ったのか、フンと鼻を鳴らしソッポを向いてリヴァイは言う。

「アンタの事だから薄着で出て来てると思ったからな」

不貞腐れた彼の口調が、思春期を迎えたばかりの少年の様で、その不器用な優しさが冷たい夜風の如く身に染みて、マホは被せてもらったケープをしっかりと羽織りなおした。

「そんな事……よく分かったね」
「当たり前だ、何年の付き合いだと思っている」

サラリと返ってきた言葉が、トクン、と心地良い緊張を胸に運んでくる。

夜を照らす月みたいだ……。
当たり前の様にいつも見守ってくれて、だからこそ見通されてる。

「さすが兵士長様だね。兵士の事をよく把握してらっしゃる」
「茶化すんじゃねぇよ。というか本当に、季節の変わり目は風邪引きやすいんだから、もうちょっと気を付けろ。免疫力ってやつは歳と共に低下―…」
「それ以上言ったら殴るからね。リヴァイ君」

握り拳を作って突き付けてくるマホに、リヴァイは気怠そうな溜息を吐く。

「……この間の壁外から帰ってすぐ、風邪引いてただろうが」

それはつい先日の事で、風邪といっても少し熱っぽかっただけだったので、誰にも心配はかけない様にと普通に業務をしていたし、夜はいつもより早めに就寝して翌日にはピンピンしていた。だから当然、誰にも風邪気味だった事なんて気付かれていないと思っていたのだが……。
アハハ……と乾いた笑いを零すマホを白い目で見て、リヴァイは続ける。

「壁外からの帰還途中で小雨が降ったよな?本部に戻った時、ちゃんと体を拭けと俺が言ったのを聞かずに報告書を書くのを優先したりしたからだ」

そんな事まで見破られてたのか、と肩を竦めて、マホは誤魔化す様にグラスに口を付けた。

「今度あんな事したら、無理矢理身ぐるみ剥がして体を拭いてやるからな」
「うわぁ、セクハラ……いや、もう何だろう。逆に介護?」

冗談めかして笑うマホのグラスを持った手に、リヴァイの手が触れる。
手と手が触れ合う事なんて珍しくもなんともないし、恥ずかしいなんて乙女心をこの歳になって持ち合わせているはずもない。
なのに、不覚にもドキンと胸が高鳴って、触れた指がジィィンと酒を帯びた様に熱く、赤くなったのは、リヴァイの顏がやけに真剣味を帯びていたからだろうか……。

「……アンタだったら、面倒見てやってもいいけどな」

それをどういう意味で捉えたらいいのか。考えようとするより先に口から飛び出した言葉は、笑いながらも震えていた。

「まっ、まだそんな歳じゃないわよ!!」

リヴァイの手から逃れる様に、マホはクルッと背中を向けてグラスの中身をゴクゴクと音を立てて飲み干した。
ドキドキと騒ぐ胸も、熱い顏も、全てアルコールの所為にしてしまいたくて、すぐにまたグラスに酒を注いで勢い良く飲み干す。

「……あんまり呑み過ぎるなよ」

その声に甘えて寄りかかるには、もう私は遅すぎる。
月の様に照らし続けてくれても、私には眩しすぎる。
それでも彼の温かさは嬉しくて……。

後10年、いや、5年若ければ……と、リヴァイの優しさに触れる度、いつもマホは思うのだった。

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