ほう。よほど仕事を増やして欲しいようだな……


年に数回行われる、兵団内大掃除。
300人余いる兵士全員が一丸となり本部内をすみずみまで清掃する事が義務付けられ、100人は敷地内の広い庭や訓練所、厩舎を。50人は建物外壁を。そして残り150人は建物内、各部屋や備品、道具等を任される。
部屋のスペースで、割当てられる兵士の数は決められるのだが、その日、リヴァイから命ぜられたマホの割当ては、スペースは広くないくせに掃除はなかなかの重労働を課せられる図書室だった。それだけでもウンザリなのだが、部屋の面積だけで判断されてしまったのか、図書室の掃除はマホ1人の割当てにされて、思いっ切り不服そうな顔をしたものの、殺し屋の様な鋭い瞳に一眼され、渋々と掃除用具を手に1人寂しく図書室へと向かったのだった。

「嫌がらせだ。絶対嫌がらせだ……」

呪文の様にブツブツと呟きながら移動階段を昇り、棚の天板の上をハタキと雑巾で清掃して、また移動階段を降り、隣の本棚に移動してまた昇り……それを4度繰り返して、5回目に移動階段を一番上まで昇ったところで、マホはやってられないといわんばかりに頭を振って、ボスンとその場にしゃがみ込んだ。
前回に此処の掃除をさせられた時は、与えられた仕事を忘れた事への罰だったし、成さねばならぬという義務感もあった。
だが今回に関しては、300人も兵士がいる中でなぜわざわざ自分がこの場所の掃除を割り当てられたのか、しかも何故1人でなのか、やはり納得いかずどうにも掃除に身が入らない。
無意味に移動階段の手摺りを雑巾で撫で拭きながら、マホはやさぐれた瞳で、棚に並ぶ書物を眺めていた。
前回……本棚の中にひっそりと隠されていた、いわゆる“エロ本”を発見してしまい、好奇心でそれを読み耽り、あげくリヴァイに見つかり、「ヤリたくなった」などとセクハラ発言をしてきたリヴァイにされるがままに体を許した。
それを境に、リヴァイから求められる日々がやって来るのだろうかと内心怯えていたマホだったが、あれっきり、リヴァイが求めてくる事は無かった。強いて言えばたまに冗談めいたセクハラ発言があるぐらいで、それ以外は全く今まで通り、リヴァイは上司でありマホは部下で、何かが変わるという事も無かった。

「だから余計に、何なんだ……って思うんだよ」

ボソリ、と呟いてマホは手摺りを撫で拭いていた手を止めて、そのまま手摺りにコツンと頭を預けた。

求めて欲しいわけじゃない。
けれど、まるで何も無かったかの様に振舞われるのも複雑なのだ。

リヴァイからすれば、ただの性欲処理だったのかもしれない。しかしそれで割り切れる様なドライな感情など、マホは持ち合わせていない。

あの日から何度、リヴァイが夢に出て来たか分からない。
あの日から何度、リヴァイとの情事を思い出して頬を赤らめたか分からない。

今だって、そうだ。
目を瞑れば、図書室の独特なカビ臭さが、あの日を鮮明に甦らせてくる。

ああいっそもう、このまま此処で、夢の中に堕ちていきたい。
甘い蜜だけを吸って、もう何も考えずに―――……。

「ほう。よほど仕事を増やして欲しいようだな……」

頬に空気の震えが伝わる程の至近距離で浴びせられた言葉に、一瞬で夢から覚めてバッとマホは閉じていた目を開けた。
目の前、本当に拳1つ入るかどうかの距離にリヴァイの顏が迫っていて、思わずマホは座ったまま後退さるも、すぐにゴンと背中が端にぶつかった。
移動階段の最上階のスペース等、個室トイレよりも狭いぐらいだ。
数段下にいたリヴァイはすぐにタンタンと階段を昇りきり、逃げ場を失って縮こまるマホを追い詰める様に再び彼女の至近距離に顏を合わせてしゃがみ込むと、ムンズと後頭部を掴んだ。

「掃除中に居眠りとは……てめぇはとことんフザけてやがる」
「ひっ……い、居眠りじゃないです!」
「ほう……なら、俺が此処に来たのにも気付かず間抜け面をしてた理由は何だ?」

居眠りではない。
夢見心地ではあったが、それもこれも、この場所を割当てられた所為であり、そしてリヴァイの言動の所為だ。
全ての発端はマホ自身であったとしても、やはりどうしても納得がいかない事の方が多すぎる。

「……っどい、…………よ」
「あ?」

眉間に皺を刻んで睨み付けてくる上司に、マホの中でプツリと何かがキレた。

「……ひどいですよ!兵長は!あんな事しておきながら、全く普通の態度だし!!それに、今日の割当てにしたって……わざわざ私をこの場所にするなんて……嫌でも思い出しちゃうんですよ!兵長にとっては何でも無い事でも私……私はっ……」

一気に捲し立てる様に喋り出したマホに、少し唖然としていたリヴァイだったが、マホの瞳がウルウルと水を孕み出したのを見て、慌てて彼女の頭をグイッと抱き寄せた。

「んなっ……何ですか!離して−−……」
「落ち着け」

まるでその言葉の為に生まれたのではないかと思える様な冷静な口調に絆されて、リヴァイに頭を抱かれたままシュンとマホは押し黙った。
独特のカビ臭さが纏う室内とリヴァイの香りが、柔らかく混ざり合って、じわりとマホの胸の奥に浸透していく。
何を思い出したのか、何を期待してるのか、トクトクと高鳴る鼓動に、悔しげにマホは唇を噛んだ。
静かな室内に、ハァと色香を醸す溜息を吐いてリヴァイが言う。

「俺の態度が普通だったと思ってたなら……大きな間違いだ」
「はい……?」
「わざわざお前を今日、此処に居させた理由を考えろ」
「……な、んですか。また変な事しようと……」
「それも間違っちゃいねぇが、お前と2人きりの時間が欲しかった。じゃねぇといつまで経ってもお前を俺のモンに出来ねぇだろうが」

それが、彼なりの愛の告白だとマホが気付くのは、もう少し後の事……。

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