断れ。お前は俺のものだ。


「ねぇ。じゃぁ、拾ってくれない?」
「は?」
「私に女としての価値があるんだって言うなら、それを教えてよ……。」
「お前、自分が言ってる事分かってるか?」

あの出会いから2ケ月。
その間にリヴァイとはもう6度、会っている。
食事だけをして別れる事もあれば、そのまま一夜を共にする事もあった。
ホテルを使ったのは、最初とその次の2度だけで、後はリヴァイの家に連れて行かれる様になった。
連絡はいつもリヴァイからで、これは偶然か否か、丁度予定が空いてる時に誘われるので断る理由も無く、この2ケ月、ほいほいとリヴァイの誘いに乗っていた。
長年付き合っていた恋人を失った悲しみを紛らわせたいのもあるし、暇だからというのもある。
けれど何より、私がリヴァイに会うのが嬉しかった。
無口な上に滅多に笑ったりもしないリヴァイだけど、彼の織り成す空気というのはひどく心地良かったし、変な話、リヴァイとは体の相性も抜群だった。まぁ、これは私だけが思ってる事なのかもしれないけれど……。
けどリヴァイだって、イイと思ったから誘ってくれてるはずだ。
だってリヴァイは、背は低いけれど顔立ちは整ってるし、小柄なのにしっかりとついた筋肉は逞しいし、これは女の感というか、モテオーラというやつが凄い。
わざわざ私なんて相手にしなくても、もっと若くて可愛い女の子とかもいっぱい寄ってくるだろうし、それでも私と会って関係を持つのはやっぱり、体の相性が良いからだろう。

けれど……いつまでこの関係は続くのだろうか。
どちらかに恋人が出来たら?
けれど、よくよく考えたらリヴァイに恋人がいるかどうかも、私は知らない。
リヴァイも私に何も聞いてこないし、私も聞く事じゃないかと思って聞いてない。
きっと私、後5年、いや3年若ければ、「私の存在って何なのよっ!!」とか言っていた事だろう。
今はそんな事を聞こうとすら思えない。ああいや、違う。聞くのが怖い。
聞いたらこの関係もあっけなく終わってしまいそうだ。
まだ私は、リヴァイが差してくれた傘の中にいたかった。

多分もう、リヴァイに依存しかかってた。
だから、元恋人が『話したい事がある』と呼び出してきても、特に何も勘繰りもせずにそれに応えたんだと思う。
(何か返さないといけないものがあったのかな)とか、そんな程度の感覚で、5年も付き合っていた相手ではあったけれど、この2ケ月ですっかり私の中からその存在は薄らいでいた。
変わり身が早いのは、私も同じだったのかもしれない。


「え?」

仕事終わりに元恋人と落ち合った喫茶店で、彼が告げた言葉に私はコーヒーカップを持ち上げた状態で、しばし静止していた。
元恋人は、というと、両膝の上に手を乗せて、至極真面目な顔で額に汗を滲ませて私を見ていた。

「俺が、悪かった。離れてみて分かったんだ。やっぱり俺にはマホが必要だ」

その後も元恋人は、延々と1時間、どれだけ後悔しているか、私を振って付き合ってた女性とはすぐに上手く行かなくなって別れただとか、そして私を今でも愛しているのだという事を、聞いてもいないのにクドクドと説明しだした。
今更そんな事を言われても……と困惑している私に気付いたのか、元恋人は、スーツのポケットを探って小さな四角い箱を取り出したかと思うと、パカッと上蓋を開いた。

「これ……」

小さなケースの中に、チョコンと行儀よく治まっている銀のリングを呆然と見つめる私に、彼は言い聞かせる様に頷いて見せた。

「大丈夫だ。マホ。5年も付き合ってた俺達だ。たった2ケ月離れたぐらいの空白なんてすぐ埋め尽くせる。これが俺の真剣な気持ちの証だ。結婚しよう」

そうだ。私は夢見てた。この人とずっとこの先も変わらず付き合っていって、いずれ結婚して、幸せな家庭を築く事を。
2ケ月前に一気にその夢はガラガラと崩されたけれど、またこうして戻ってきてくれるのなら、きっとこの人こそやっぱり運命の相手なのではないか。
たった2ケ月離れたくらい、お互いを見つめ直すいい機会だったぐらいで……。

そう、お互いを見つめ直す機会。
だとしたら、この2ケ月、私は何を見たんだろうか……。
ポワンと頭に自然に浮かんだのは、今目の前にいる元恋人では無くて、この2ケ月の間、私に傘を差し伸べつづけてくれたリヴァイの姿だった。

そうか。私、リヴァイをこんなにも好きになってたんだ……。

本当は気付いていたかもしれない。けれど、臆病だから気付かないフリをし続けていたんだ。
今だって、そうだ。

後5年、いや3年、若ければ、今も感情の赴くままにリヴァイの元へと走ったはずだろう。
でも、リヴァイが私をどう思ってるかなんて分からない。それならば今、私に復縁を迫っている元恋人の手を取るのが最善なのかもしれない。
けれど……だけど……。

「少し、考えさせて」

臆病でズルい私は、そんな言葉しか選べなかった。

元恋人と別れてすぐ、私は初めて自分からリヴァイに『今から会える?』と連絡をした。
すぐに返ってきたメッセージには『家に来い』と彼らしい淡泊な文字が表示されていて、私は道路を流れる車の群れから、タクシーの姿を探して右手を上げた。

マンションに着くと、すぐに出迎えてくれたリヴァイからはアルコールの匂いがして、いつもよりも随分と上機嫌に見えた。

「お前も呑むか」

言って、私にビールの缶を傾けて見せるので、『要らない』の意思表示で立てた片手をブンブンと振れば、少し面白くなさそうな顔でリヴァイはテーブルに缶ビールを置くと、グイッと私の腕を引っ張ってソファに引きずり込まれた。

「ちょっと、リヴァイ……」

抵抗する間もなく、簡単に唇を奪われてソファに身体を倒されて、リヴァイから浴びせれる彼の匂いとアルコール臭が混ざり合って頭がクラクラとしてくる。

ねぇリヴァイ?
私は、貴方の何ですか?

聞きたいのに、聞けない。
臆病でズルい。
リヴァイからのクラクラするキスの洗礼がようやく一区切りしたところで、私はこれ以上彼が事を進めない様に牽制する形で大きな声で言った。

「今日、元彼と会ってたの!!」

ピタ、とリヴァイの動きが止まる。
至近距離で私を見つめていた瞳が、キッと鋭さを増して、眉間には皺が浮かびだした。

「元彼……?お前を捨てたヤツか」

リヴァイには、元恋人に振られた経緯も全部話していたから、知っていて当然だ。
コクコク、と頷いて、私は臆病でズルい言葉を続ける。

「それで、『やり直したい』って言われて、プロポーズ……みたいな事もされて……」
「おい、お前まさかそれであっさりヨリを戻したんじゃねぇだろうな?」
「えっと……『考える』って言って……」

元恋人にも、リヴァイにも、ズルい言葉を私は吐いている。
最低かもしれない、でも、幸せになりたい。
だって、仕方ないじゃないか。もう、1人で絶望に堕ちるのは嫌なんだ。

私に覆い被さっていた体をリヴァイはガバっと起き上らせて、怒ってるのか呆れてるのか、分からない顏で私を睨んでいる。
相変わらず眉間には険しい皺を携えて、三白眼の冷ややかな瞳は容赦なく私の胸を差してくる。
ヘの字に歪んだ、彼の薄い唇が、スルリと動いた。

「断れ」
「えっ?」

ポカンと聞き返す私にチッと舌打ちして、リヴァイはグイと腕を引っ張って私の体を起き上らせてきた。
リヴァイに引っ張り上げられてソファに座る形になった私の額に、ゴン、とリヴァイは自分の額をぶつけてきた。

「いっ……」

一体彼の頭には何が詰まっているのだろうかと思える程の痛みに、呻く私を依然睨んだまま、リヴァイはフン、と鼻息を荒くした。

「聞こえなかったのか?断れと言ったんだ」
「き、聞こえたけど……でもリヴァイ、私とリヴァイは……」
「まさかそんなつもりじゃなかったとか言うなよ?お前はとっくに俺のものだ」
「へ……」

何とも間の抜けた声が喉から出た直後、ムニ、とリヴァイに頬を摘まれた。

「なんて面してやがる。俺がどういうつもりでお前と会ってたと思ってたんだ?」
「え……や、何か、セフレ的なやつかと」
「おい、何だそれは。お前は俺とセフレのつもりだったのか」
「だって、リヴァイの事も良く知らなかったし、付き合おうとも言われてなかったし、だけどそれでもリヴァイに会えるのは嬉しくて―…」

頬を摘んだ手で顏を引き寄せられて、痛い、と目と閉じた私に、リヴァイは優しいキスをくれた。

「俺も、会えるのが嬉しくて誘ってた」

言って、すぐに私の体を強く抱き締めてきたのは、照れた顏を見せたくなかったからだろうか。
ああでもそのおかげで、私もポロポロと零れてきた涙を見られなくて済みそうだ。

いつからかと考えたら、やっぱり傘を差しだしてくれたあの時からだろう。
私はとっくにリヴァイのものだった―…。

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