改革計画
「リヴァイさん……あの……」 「焦れったいな。さっきから何だ」
もう何度目かのやり取りで、リヴァイはいい加減ウンザリして、タン、と軽くカウンターテーブルを叩いた。 シュンとマホは眉を下げて如何にもな困り顔でモジモジと体を揺らしている。 リヴァイが帰ってきてから、食事を食べ終わるまでの間、ずっとこの調子で、「あの……」「ええと……」とマホは何か言いたそうに言葉を濁しているのだ。 こんな状態がベッドまで続くのはゴメンだ、とリヴァイは息を吐き、少し意地悪な顔をマホに向けた。
「なんだ。他に男でも出来たか」
一瞬ポカンとして、慌ててマホは何度も首を横に振った。
「そんなわけないですっ」 「だったら何だ。早く言え……」 「……でも、その……」 「別れの話じゃない限りは聞き入れるぞ」
牙城を崩して行く様なリヴァイの言葉に、マホは大きく深呼吸して、ようやく重い口を開いた。
「リヴァイさんが、たまに給仕を手伝って下さって私は本当に助かってるんです」 「ああ。それがどうした?」 「その……実は何人かのお客さんから、リヴァイさんの給仕は威圧的過ぎると、意見がありまして……」 「あ?」
ピキリとリヴァイの眉間に皺が寄り、マホは早速、後悔の色を浮かべていた。
「す、すみません。手伝って下さってるのにこんな事を……ただ、お客さんから不満が出るという事態は私も余り良くないと思ってまして……」
ペコペコと何度も頭を下げているマホを、リヴァイは腕組みをして睨め付けた。
「何言ってやがる。俺の何処が威圧的なんだ」 「……そういう口調とか、目付きとか……」 「お前は威圧的だと思うのか」 「私は、最初からリヴァイさんの事は知ってましたから……。でも、知らない人は怖いと思ってしまうのかもしれません」
リヴァイからしたら、マホ以外にどう思われようがどうでも良い。しかし、ツバサに来る客となると、マホにとってはどうでも良くはない。つまりそれはイコールで、リヴァイにとってもどうでも良くなくなるのだ。
「仮に口が悪いのは直せたとしても……目付きが悪いのは生まれつきだ。直せるもんじゃねぇぞ」
口調に関しても自信は無かったが、それよりも目付きを直すのは不可能だと、鋭い瞳をマホに向ければ、その言葉を待ってたかの様に、マホはクルリッと期待を含んだ瞳でリヴァイを見つめ返した。
「あの、これならどうかなって思って今日雑貨屋さんで買ってきたんです」
言って、カウンターの奥からイソイソとマホが出して来たものを見て、リヴァイは徐に眉を寄せた。
「おい、マホよ。俺にこれをしろと言うのか?」 「……度は入って無いんですけど、嫌、ですか?」 「クソ眼鏡になるじゃねえか」 「く……そ?あ、あの、そういう言葉も……」
余程リヴァイのイメージを変えたいのか、言葉遣いにまで怪訝な顔をしだしたマホの雲行きがいよいよ怪しいと思って、リヴァイは渋々彼女の手から、黒いフレームの伊達眼鏡を取り上げた。 四角いレンズがますます、よく知る同僚をイメージさせて、ウンザリと首を振りながらリヴァイはその伊達眼鏡をゆっくりとかけてみる。 度が入っていないのだから当然視界に変化は無いが、どうも耳から目のラインがウズウズと気持ち悪い。 両手を合わせてそれを見守っていたマホは、徐々に目を見開いていき、口をあんぐりと開けた状態で硬直しだした。 そのマホの反応に逆に不安になり、リヴァイは彼女の方に顔を近付けた。
「おい、何だ?」
リヴァイの顔が近付いたらその分マホは身を逸らして、自分の顔の前に降参のポーズで両手を出した。
「だ、駄目ですリヴァイさん!やっぱり眼鏡はしなくていいです!外して下さい!」 「あ?」
付けろと言ったり外せと言ったり、振り回されてる感覚に不快気にリヴァイは眼鏡越しにマホを睨み付けた。 マホは、というと、そのリヴァイの顔をチラチラと見てはすぐに反らし、顔を赤らめてどうにも奇妙な態度を見せている。
「おい、何なんだ。そんなに似合ってねぇのか」
眼鏡なんて掛けたくも無いが、全く似合ってないというのも複雑で、心做しかショックの色を見せるリヴァイを見て、マホは更に顔を赤らめた。
「そ、そうじゃなくて……」 「じゃあその妙な面は何だ」
腑に落ちない、といった感じで小首を傾げるリヴァイをチラと見て、マホはハァと艶かしい溜息を吐いた。コホン、と咳払いの後、気持ちを落ち着かせる様に胸に手を当てて、恥ずかしそうに唇をモゴモゴと動かした。
「その……思ってた以上に、格好良くて、恥ずかしいです」 「……は?」
よくよくマホの表情を見てみれば、確かに甘い時間の時に見せる恥じらいの顔に見えなくもない。 例えば、マホがそんな顔を他の男に向けていたなら、醜い嫉妬を抱いてしまいそうな…… 今現在でさえも、間違いなくマホはリヴァイを見ているが、それは眼鏡というオプションの効果であるという事に、少なからず苛立っていた。
「ほぅ。お前は、素面の俺の顔より眼鏡越しの方が良いのか」 「ち、違いますっ……ただ…」
恥ずかしそうに俯くマホの頭に手を置いて、クイッと上向かせながらリヴァイは眼鏡を掛けたままの顔を更に近付けた。
「『ただ……』何だ?」
色気を醸す声で耳元で囁かれマホは羞恥に染まった顔をプルルッと震わせる。
「ただでさえリヴァイさんの顔は好みだから……私には刺激が強すぎて……見慣れない姿だとドキドキして……」
マホが胸に当てている手首を掴んで、グッと自分の方へと引き寄せながら、彼女の桜色の唇にソッとリヴァイは触れるだけのキスをした。 すぐに唇は離れ、新しいおもちゃを見つけた子供の様に嬉しそうに、そして意地悪くリヴァイは笑う。
「も……眼鏡、取って下さいっ……」 「その真っ赤な面が治まったら取ってやるよ」 「リヴァイさんっ……」
その後、朝になるまでマホの顔から朱が引く事は無かった。
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