「鳥になりたいと思う時があるんだ」

眩しそうに空を見上げてセブンが言った。
その目線を追ってサイスが空を見れば、種類の分からない鳥が一羽、風に乗って飛んでいた。
なんてことはない、平凡な風景だ。平凡で、平和な風景。サイスには刺激が足りなくて、特に興味はそそられない。

「鳥?鳥になってどうすんだよ」
「もちろん飛ぶのさ。憧れないか?」
「別に。あちこちで飛び回るバカを知ってるんでね」
「それとはまた毛色が違うだろう」

サイスの答えに気を悪くすることなく笑うセブンは、きっと元々同意を得られるとは思っていなかった。
鳥は鳴き声を上げて風に乗りどんどん高度を増していく。

「しかし見るからに弱っちい鳥だな。あんなか細い鳴き声でしかも身体も小さい。どうせ鳥になるならあたしはもっと強いのがいいね。がつがつ狩ってくようなやつ」
「それは……サイスらしいな」

呵呵と笑うサイスには、確かに小鳥は似つかわしくない。獰猛さが抑えきれない。
それでも興味が無いのにセブンに合わせて空を見上げていてくれていたりと、サイスは優しいのだ。

「鳥のように大空を羽ばたけたらどんな景色が見えるだろうか、それが私の憧れる理由だよ」

人も街も大陸も小さく見えるだけじゃなくて、きっと世界の見方が変わるだろう。セブンはそう信じていた。そこに理屈なんて無くて。
ただ、サイスは違った。セブンの話を聞いて表情が消える。

「……セブン。あんた本当にそう思ってるのか?」
「ああ。と言っても、子供が憧れる夢物語のようなものだ。現実を見ろと言われればそれまでさ」

考えればセブンは他の兄弟達と違って大きく異なる点がある。
マザー以外の者との繋がりが特に大きいのだ。
何も他の兄弟達だってさっぱりな訳ではない。最初は確かに受け入れてもらえず0組は孤立していたが、今では休み時間に他の組と一緒にいるのは日常であった。
そして、次第に彼等も0組の守りたいものとなるのだ。今までマザーしか見えていなかった視野が広くなって。勿論、第一はマザーというのは変わらない。自分達はマザー無しでは生きられない。
セブンはその視野が広くなりすぎた。深く関わった者が多すぎる。それがセブンの無意識に干渉し、感づかせている。
マザーの庇護下は閉塞的であると。

「……いつか飛べるといいな」
「なんだ急に」
「別に。あーなんか腹減ってきた」
「そういえば先程トレイがおやつでマフィンを焼いたと言っていたな」
「はあ!?なんでアイツ料理下手なのにそういうの作っちゃうんだよ!せめてクッキーとかにしとけよ!マフィンとか……失敗作ツラいやつじゃねーか……」

サイスが顔色を変えてぶつぶつと呪詛のように呟きながら教室へ歩き出す。最近トレイが料理を作るのに目覚めたのか機会が増え、それを食べるのは専らサイスだった。
今回も食べてあげるのだろう。

「やはりサイスは優しいな」
「あ?変なこと言うなよ……暇なら一緒に食おうぜ……」
「それは野暮ではないのか?」
「何でだよ!どこがどうなってそうなるんだよ!鈍いにも程があるぞ!」
「鈍い?私がか?」
「ああ、そうだよ!」
「……小さい頃は周りの面倒をよく見ていた方だが……?」
「それは鈍さと関係ないだろ!」

鈍さと天然さを撒き散らすセブンをトレイの元へ連れていくのは結局叶わなかった。
トレイのマフィンは鮮やかな紫色と青色のマーブルだった。


ああ、気付いてないんだろうな。
その憧れは単なる憧れじゃなくて、あんた自身の願望だ。
今とは違う生き方に惹かれて、今の立場から離れたい。
自分のことが分からないほどの面倒な鈍さは無いね。




(どうです?今回は元気の出るお菓子を目指してみました。そもそもお菓子と言うのは……)
(うっ……今ならあたしも鳥になりたい……)
(鳥?鳥が食べたいんですか?では明日は鳥を使ったお菓子を作りましょう!)
(鳥はお菓子じゃなくて普通の料理に使ってくれ!)




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