戦いにおいて最も必要なものは力である。
強き力は勝利をもたらし栄光を与える。誰でも分かる戦場の理だ。
しかし、ならば必要とされるものは力だけではないのかと問えば、それは否だとカトルは思う。
戦いでぶつかり合うのは力だけではない。戦う理由、戦う目的、戦う意志。戦場に立つ者全てに共通するものがあるではないか。
それは誇り。
互いの矜持を賭けた戦いこそ真に意味を持つとカトルは考える。崇高な主義主張でも、矮小な俗欲でも。自らの命を失う覚悟で貫き通す信念は、戦士を戦士たらしめる。

「その尊さを、我は敵味方問わず評価している」

カトルの言葉が向けられた相手は静かに窓の外を見ていた。
白いマントに先代の仮面をつけた新たな白虎の乙型ルシ。ビッグブリッジの戦い以降に姿を現したルシは、何も語らず関わらず、あてがわれた部屋でこうして大人しくしているだけであった。ルシは人の心を失っていくと言うが、このルシはまだ成り立てであるのにクンミよりも人間味の薄さを感じる。
その正体を実は白虎としては把握していない。知る必要もない、というのも事実である。ルシとしての役割を担うのならばどうだっていい。加えて現状白虎は窮地にある。ビックブリッジの国境を奪われた今、朱雀に首都を攻め込まれるのは時間の問題で、そんな中でルシの正体を深く追究する者はいなかった。
カトルとて突き止めようとは思わない。けれど、生憎カトルには見覚えがあった。完全帰還者と称される優れた戦士の記憶の中で、彼は朱いマントを纏っていた。
沸々とこみ上げて来るのは、失望。

「何故、と尋ねたところで返答は無かろう。そこに至るまで複雑な経緯があったのやもしれん。だが、敢えて言おう。……見損なったぞ」

カトルの軽蔑的な言葉に、やはりルシは反応しない。
朱の魔人の苦境をも乗り越えてしまう強さ、そこから来る誇りの高さは、多くの同胞を屠られた憎しみを超え、敵ながら称賛に値すると認めていた。
故に、その内の一人が朱雀を離れ白虎のルシになったことが堪らなく虚しい。
そこに矜持などは無く。
彼はもう戦士では無い。

「貴様に残っているのは如何なるものか、それは我の預かり知らぬところ。精々我らがクリスタルの為にその身を捧げるがよい」

まるで捨て台詞だな、とカトルは自虐的な笑みを浮かべた。
一方的な会話はもはや独り言であり、それ以上は続くこともなく、踵を返し部屋を出る。
扉を開く寸前にもう一度だけルシを見れば、けれどもやはり動きは見えなくて。

「最早人に非ず、か……」

カトルは小さく呟いてその場を去った。




(それが幸か不幸かは我には判断出来ぬ)
(ただ、己が信念の為に戦うことが出来ないというのは、武人として悲観しよう)
(輪廻の中で踊らされるのは、所詮我等の宿命よ)



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