「…はあ、全然上手くいかないなぁ」 彼の為に行動を始めてまだそんなに経ってはいないはずなのに、ひどく長い時間が経ったように感じた。 ずっと机に向かって集めたデータを元に様々な理論を組み立てていたのだが、あまり良いようには進まず、つい愚痴がこぼれてしまう。愚痴というよりは弱音といった方が正しいのかもしれない。僕のやっていることは事実無理難題に近いものだ。 立ち上がり固くなった身体を軽くほぐしながら、ちらりと研究室の片隅に置いてある一つの装置に視線を向けた。 僕の作った一つの装置。入ってるのは一つの眼球。 元々僕の研究には必要の無かったそれは本当に偶然出来た産物だった。亡くなった人間の眼球を用いることで、その人間が見てきた光景を見ることが出来る。でもかなり気分屋のようで、ちゃんと作動するのは極稀。今回成功したのは標本を持ってきてくれた彼等にも言ったが運が良い。 いや、運が良かったのは僕の方だった。 それが映した映像のお陰で僕は彼の存在に再び出会えた。ずっとあった大きな喪失感。記憶がなくなっても、僕は覚えていたんだ。彼の存在を。 彼を無かったことにしたくない、もう一度会って話がしたい。 そう思って必死に模索してるけど、結果はこの通り。一度彼のノーウィングタグに彼を定着させようとしたけど失敗、それからほとんど進歩はない。やれやれ、と再び溜息。 装置の側に置いてあった彼のタグを手に取った。彼が生きていたことを証明するそれは魔導院に手を回してもらい譲ってもらったもの。そうでなければ他人のタグを別の誰かが貰うことなど出来ない。 「あれ、ちょっと待ってよ…」 その手回しをしてくれたのって誰だっけ。全く思い出せない。 別に思い出せないのはいい。そんなのはよくあることだ。 違う、引っかかるのはそこじゃない。 「…ダメだ。考えがまとまらない」 休憩を取るつもりだったのにこれでは意味が無い。思考を休ませるのも大事なことだ。 すたすたと例の装置に近づいてスイッチを入れる。映し出されるのはもう何回も見た彼の軌跡。 一つ一つを愛おしく見ていた僕は、気付いてしまった。 今より綺麗な魔導院、授業中であろう教室、そして笑い合う僕たち。 僕たち、三人。 …彼女は、誰だ。 「ああ、君もなのか」 笑っている僕と彼ともう一人の女性。いつの間にか更に広がっていた喪失感は彼女の影響だったのだろう。彼女も僕と親しい存在だったのはあの映像が示しているし、彼同様うっすらと感じている。 笑い合う僕達が別の世界に生きてるような気がした。 映像が終わり、現実に戻される。 なんだかどっと疲れた。休憩を取ろうとして逆に疲れるだなんて何をやってるんだろうね、僕は。 数分前に立ち上がった椅子に再び座り直し、今度は机に突っ伏した。 手の中にあるタグを強く握りしめてそのまま瞼を閉じればゆっくりと意識は遠くなっていった。 (思い返してもね、大切な人が誰も浮かばないんだ) (君達といた頃の僕はどうだったのかな) (…ほんと、もう一度会いたいよ) ←→ 戻る ×
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