風に揺られざわざわと木が音を立てるのを聞きながら、エースは空を見上げていた。
今は休み時間。次の作戦までは十分に時間がある。普段は誰かの依頼を受けたり、演習に参加したり、とある研究者に薬を打たれたり、と過ごしていたが、今日は気乗りせず、裏庭のベンチに座っていた。
先程訪れたチョコボ農場では丁度雛チョコボが孵ったところでその世話で慌ただしく、居ては邪魔になるかな、と後にした。
この時間、裏庭には誰の姿も無く、自然以外の音は何もしない。なんだか時間がゆっくり流れている気がした。

歌を歌ってみる。
マザーが昔歌ってくれた歌。
一部しか知らないけど、時折口ずさんでいる。ふと、歌いたくなるのだ。

「なんだ、またそれ歌ってたのかよ」

いつもの所まで歌ったところでエースは声をかけられた。

「ナイン…?」

ずかずかと歩いてくるナインについ驚きを隠せなかった。
驚いたのは彼がここに来たことでも、歌を聞いていたことでもない。
どこから来たか、だった。

「あぁん、どうした?…って、まあ、そうなるわな」

それに気付いたナインが頭をがしがしとかく。
この裏庭に続いてる場所は二ヶ所。
0組の教室と、墓地。
ナインが来た方向にあるのは後者だった。
ノーウィングタグを魔導院へと戻すことのなかった人達、つまり戦死した人達を弔う場所。死んでしまったものはクリスタルによって忘れられてしまう為、墓参りをするものなど滅多にいない。
そんな行為をナインがするのは彼には悪いが予想外だった。

「その…ちょっとな。上手く言えねぇんだけど、なんか引っ掛かんだ。この間の墓参り時から…えーっと」
「僕達の隊長だったって人の?」
「そうそう」

前の作戦が終わってすぐ墓地へ行った。今回は今までにないくらいの被害が出たという。
その中で、0組を担当していた指揮隊長も死んだらしい。隊長と言われても勿論全然思い出せないから、涙を流すなんてことは誰もしなかった。
これが当たり前。
クリスタルのお陰で自分達は過去を引きずらず前を見て戦えるんだ。感謝しなきゃ。
誰かがそう言っていたのを聞いたことがある。

「ケイトと来た時にあいつにも言ったんだけど…そいつとすんげぇ大事なことを約束した気がすんだよな」

覚えてないけど、と付けたした彼の顔は普段とは少し感じが違った。
ナインは一度クイーンに言われて元隊長の墓参りにケイトと来ていた。
その時に感じた違和感。
ただ、その正体はわからない。
もう一度墓地へ行ってみたけどやっぱり何も変わらなかった。
もやもやしたまま教室へ戻る途中でエースに会い、今に至る。

「あーもう、わけわかんねぇぞコラァ!」

思い返して、ナインはそう吐き捨てた。

「んだよ…どんな奴かも覚えてないのに、なんでこんな変な気分になんなきゃいけねぇんだよ…」

過去に振り回されているのにイライラしているのだろう。
だが、エースも、恐らくクラスの他の仲間達も、物足りなさは感じていた。
加えて彼には、とある人物のことがある。

「僕も…」

今までナインの話を聞いていただけだったエースがぽつりと呟いた。

「僕も、覚えてない人のことで考えることはある」

以前マザーの部屋の前で立ち聞きした話。解放戦の時、自分のせいで死んだ人物がいた。
イザナ・クナギリ。
彼のことは例に漏れず思い出せない。名前だって、立ち聞きしていなければ知らなかった。そして、その人物がクラスメイトの兄であることも。
何故彼が自分のせいで死んだのか、そもそもいつどこで知り合ったのか、そんなに親しい仲だったのか。なにもわからない。

でも、どこか遠くないと感じるそれは。

「…クリスタルが記憶を消してしまっても、僕たちはどこかで覚えているのかもしれない」

言って、ナインを見ると、ナインの顔は固まっていた。
…ああ、これは、もしかして。

「…よくわかんねぇぞコラァ」

いつもテスト勉強をしている時と同じ顔になった。どうやらナインにはあまりはまらない表現だったらしい。

「ぷっ…あははっ!」

それがなんだか面白くて、エースは思い切り笑ってしまった。
もちろん、ナインはいきなり笑われたことにムッとして「てめぇなに笑ってんだコラァ!」と掴みかかろうとし、それをエースはサッと身軽にかわす。勢い余ったナインはよろけるものの、なんとか踏ん張り、耐えた。

「おいっ、急によけんなよ!」
「いきなり掴みかかってくるからさ」
「お前が笑うからだぞコラァ!」

先程までとは打って変わり、いつもの他愛ないやり取り。
まだ少しムスッとしているナインに「ごめんごめん」と笑いかける。

「でも、やっぱりこの方がいつものナインらしいよ」

悩んでるのはらしくないからね、と失礼なことを思いながら言ったそれには「ああ!?」と怪訝な顔を返され、エースはまた笑ってしまった。


ナインだけではない。過去を振り返るなんて僕達らしくない。
忘れていった人達のために僕達に出来るのは、彼等を想うのではなく、彼等の存在を無駄にしない、だ。
わかっている。

でも、やっぱり喪失感は否めないわけで。それでも毎日を戦っていけるのは仲間の存在が大きいからで。

そんな不安定な世界で僕達は生きているんだ。


また、夢を見る気がした。




(なんだよ、急に考えこんじまって)
(ああ、うん、なんでもない)
(よくわかんねぇけど、飯食いに行くか?)
(気を使ってくれてるのか)
(当たり前だコラァ!俺達の仲だろ!)
(それじゃあ遠慮なく)




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