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新・忘却の英雄 03※18歳未満は閲覧しないでください。


 エメザレの予想通り、三ヶ月で内紛を鎮圧する予定が長引くに長引いて十か月になった。
 治まってすぐに、エスラールがやって来た。十か月ぶりに会ったエスラールはなんだか逞しくなっていて、貫禄がついたように見えた。エスラールはエメザレを抱擁し、早々に興奮した様子でその間に起こったことを、とにかく熱く語った。
 エスラール同志、ガルデン軍158期は、黒い髪の農民達の反乱を収めるために、クウェージアより招集がかけられた。現地に行ってみると農民たちが武器を持っていることに驚いたそうだ。
これまでの農民の反乱といえば、農具が主な武器だった。剣や、防具を提供した何者かがいる、そして裏で誰かが資金援助をしていると踏んだエスラールは裏の組織を調べさせた。
 愛国の息子達には、同窓団体の愛息会が存在していた。そしてその愛息会の中に友愛会という秘密結社があることを突き止めた。
友愛会は反乱軍に加担する愛国の息子達の団体であった。実質的に、立場が違うだけで反乱軍と変わりない。
友愛会には農村反乱軍より格段に金があり、地位があり、自由があった。彼らは秘密裏に反乱軍に支援を行っていた。
もちろん招集があれば、素知らぬ顔でクウェージア側として出兵するのだが。
 友愛会にはかなり位の高い者もいた。よって彼らが大隊を率いることになる。彼らはできるだけ反乱軍に被害が及ばない形で、形式的な戦闘を続けてきたのだ。内紛が治まらない理由はそれだった。
 エスラールは友愛会の存在を知ったとき、どうにかして仲間になりたいと思ったと言った。
エスラールはエメザレの一件でクウェージアに心底失望していた。長年、誤魔化しに誤魔化してきた白い髪へ立ち向かいたい気持ちを止められなくなっていた。
 友愛会は、彼らのほうからエスラールに接触してきたらしい。会主である132期のウェル=ゲトツァーネは、彼ら、エクアフ種族の平均寿命をとっくに超えていた老将だったが、まだまだ健在であり現役であった。ウェルはエスラールを好意的に迎え入れた。
エスラールの魔法のような人徳が買われたのだろう。
友愛会はごく少数で構成されていたが、エスラールとその賛同者たちが、いわゆるエスラール一派が加勢したことで、倍以上の勢力になった。エスラールは友愛会の多数を手中に収めることに成功したのだった。
 友愛会の支援で内紛を長引かせている間、エスラールは反乱軍のトップであった、アスティゴ・カレとの接触にも成功した。
長年培わられてきた友愛会との信頼関係のお陰もあり、アスティゴとすぐに友好関係を築いたエスラールは、アスティゴと数か月の蜜月の後、お互いの思想を理解し合えた時期に、長引かせていた内紛を治めるようにアスティゴに願い出た。
アスティゴはエスラールの申し出を受け入れ、内紛は治まったのだった。
クウェージア側からは内紛を治めた英雄となり、友愛会と反乱軍からは革命の期待を背負う英雄となったのだ。エスラールはもはや、両者の勢力で無視できない存在となっていた。

しかし熱く語るエスラールを前に、エメザレは尊敬しながらも寂しい目で見つめていた。エメザレが歴史に取り残されることは、拷問を受けた時から明らかだった。しかし、こんなにも早く急激に歴史が進むとは思っていなかった。
 エスラールは無邪気に嬉しそうに、自分の功績を語ったが、エメザレは自分が必要とされていないのだということを理解した。頭脳はまだ生きているはずだが、それはもう必要がないのだ。経験も知識も老将が授けてくれるだろう。
 けれども悪い気はしなかった。もちろん寂しくはあったが、彼が彼の素晴らしい能力を生かして英雄になるのなら、それでいいと思った。
幸せになってほしい。エメザレからすれば、エスラールが幸せを願い祈ることが一番の幸せなのだった。エスラールの幸せのために、自分に残されたすべての幸福を捧げたいと思っていた。
 エメザレは取り残される。もう二度と歴史に関わることない。
 そして、エメザレが思っていた通り、エスラールが訪れる頻度は格段に減っていった。
 時々ジヴェーダが訪ねてきて、相変わらず鑑賞するようにエメザレを見ながら酒を飲んでいた。頻度でいうならば、ジヴェーダのほうが確実に多かった。
ジヴェーダとの沈黙の多い時間はなぜか心地よかった。強い酒を飲ませてくれるからかもしれない。段々と離れいていくエスラールのことを忘れて、酔っていられる沈黙の時間だった。

 エスラールは既に、一か月に一度来るか来ないかになっていた。おそらく友愛会からの指示だろうと思った。エスラールは今や国の最重要人物といっても過言ではない。彼は近々名実ともに英雄になるだろう。
 そもそもここは宮廷拷問師ジヴェーダの施設なのだ。相変わらずジヴェーダがエスラールを避けているところを見ると、ギリギリまで泳がせておく方針のようだが、突然にエスラールが捕らえられる可能性もある。行くなと言うのは当然のことだろう。
そして友愛会は国の象徴であるべき英雄に同性の恋人がいることを絶対に許さないだろう。エスラールは歴史に残ってしまう。
 自分の存在を消したいのだとエメザレはわかっていた。
 もう次は会えないかもしれない。久しぶりに来たエスラールを見てそう思った。
 彼に何かを言わなければならないと思った時、白い王子のことが心に浮かんだ。一度しか話したことのないエメザレを庇い、今も尚、たった一人あの冷徹な宮廷で頑なに戦い続けているらしい王子の姿だ。あれからもう三年近くが経っている。十三歳になっている純潔の白い髪の王子のことを最後に伝えたいと思った。
「ねぇエスラール。白い髪の王子のこと覚えていますか。私、前に言ったでしょう」
「君をかばってくれた王子様?」
 エスラールは切った卵焼きをエメザレに差し出しながら、穢れない瞳で首をかしげて笑った。
「ジヴェーダ様が言うには、まだ私をかばってくれているそうですよ。私を英雄だと思っているそうです」
「当然だよ。君は英雄だもの。俺がまた英雄にしてやるよ。ここから出してやるよ。またみんなで一緒に酒でも飲もうよ。きっと楽しいよ」
 エスラールはエメザレの口に卵焼きを入れると、咀嚼している頬に触れ、そして髪を撫でた。
「エスラール。もしあなたがこれから革命を起こすのだとしても、イウ王子だけは殺さないで。守ってあげてほしいのです。だって私を守ってくれたから」
「うん、いいよ。わかった」
 魔法みたいな優しい笑顔。
 エスラールはどうしてこんなに無邪気なのだろう。叶えることがどれだけ難しいか、きっと彼は理解している。革命を起こそうとしているのだ。その国の王子を救えるはずがない。
彼が救おうとしても、友愛会も黒い髪たちも許さないだろう。
けれども絶対にできるといつも信じている。そのために彼は死んでもいいと思っている。どうしてたくさん人を殺しても汚れないのだろう。いつも不思議だった。私心が全くないからだろうけど、子供みたいに笑えるエスラールが羨ましかった。
 エスラールはそれから全く来なくなった。というより来られなくなったのだろう。

 そしてある日、一通の手紙が届いた。愛国の息子達からの長い手紙だった。
 内容を要約するとこうだ。
 四百年前の、黒い髪の王家の末裔の令嬢がエスラールとの婚姻を望んでいるが、エメザレがいることを理由に拒否している。よって、エスラールとの恋人関係を正式に解消してほしい。そして恋人関係であったことを今後一切口外しないでほしい。できれば会うことも差し控えてほしい。
 エスラールはもう一度エメザレを表舞台に立たせるつもりでいるが、表には出てこないでほしい。
 そして最後には連名で数えるのも面倒なほどの賛同者たちのサインがあった。書き方としては嘆願書に近しいものだったが、その嘆願の強さを誇示するように血判まで押してあった。
そして最後のサインは、あのヴィゼルのものだった。
親友だと思っていた。確かに親友だった。
彼はそれまでエスラールの中で、一番だった地位をエメザレに譲ってくれたのだ。その時、確実に確執はあったが、結局誰よりも周囲に認めるように働きかけてくれた。
 だが今、彼の選択は正しいのだ。きっと彼だって苦渋の選択を迫られたはずなのだ。エスラールが英雄になり、世の中をエスラールの理想に近づけることは、黒い髪の視点からすれば絶対的に素晴らしいことだ。どうにかしてエスラールを汚点なき英雄に仕立てあげなければならない。
 だから受け止めなければならない。気持ちを落ち着けようとした。
 だが悲しいと思うより前に涙が溢れていた。心臓が痛かった。体中が震えた。自らの意志とは関係なく嗚咽が漏れた。きっと慟哭という言葉が相応しい。悲しみとして処理できないほどの不可解な暗澹。うずくまって泣いた。
 みんなと一緒に行きたかった。歩くことも出来ないのに、一緒に行けるわけはないけれど、でもせめて、気持ちだけはみんなと一緒にありたかった。気持ちだけは連れて行ってほしかった。
でもそれすら、もう叶わないのだ。このささやかな気持ちは、地上の誰にも伝わらず、歴史の闇に葬られ、全て何もなかったことにされてしまう。自分の全てが消されようとしている。
 でもそれが正しい選択なのだ。
 声が出なくてよかったと思った。声が出ていたら看護婦が慌てて飛んできただろう。
「ふふ」
 なぜか笑いが込み上げてきた。涙と共に底から湧き上がる笑いが止まらない。
泣き笑いはいつまでも止まらないように思えた。

「何の用だ。わざわざ俺を呼び出すなんて」
 不服そうに、というわけでもなさそうだが、ジヴェーダはだるそうな顔をして部屋の中に入ってきた。
「来てくれたんですね。ジヴェーダ様」
「別に。他にも用があったんでね」
 ジヴェーダの片手にはすでに酒入のグラスがあった。
 二日前、エメザレは看護婦レイテに、ジヴェーダに会いたいと伝えてほしいと頼んだのだ。素直に来るとも限らないし、どのみち来るまでにしばらく時間がかかると思ったが、二日後に訪れたのは意外だった。
「お酒、くれません?」
 エメザレが言うと、ジヴェーダは最初驚いたが途端に気が抜けた顔をした。
「なんだ、酒が飲みたかったのか。待ってろ」
 更に意外な親切を見せて、ジヴェーダは部屋を出て行った。
 戻ってきたジヴェーダはいつもの酒のセットを乗せたカートを自分で引いてきた。
「ほら。あとこれ、置いてってやるよ」
 いつもより多めにボトルを持って来て、二本机に置いた。ジヴェーダを待たずに自分の好きな時に酒が飲めるのは有難いことだった。エメザレは特に酒が好きなわけではなかった。付き合いで嗜む程度。こんなふうに酒に救われる日が来るとは思ってもみなかった。
「ありがとうございます」
「自棄酒か。愚痴でも聞いてやろうか」
「聞いてもつまらないだけですよ」
 あまりジヴェーダに話すつもりはなかった。ただ、酒を飲めば、酔った思考でうまく処理できて、不安定な気持ちを鎮めることができるかもしれないと思っただけだ。
 エメザレは自分でも驚くほどに酒を飲んだ。元々二人の間に会話はあまりない。時々、昔のことを話したり、生い立ちや、とりとめのないことについては話したことがあるが、友人というには沈黙が多すぎるようにも思う。だが過ごした時間が長かったのかもしれない。
 大した会話もしていないのに、なぜかお互いその気持ちの流れを読める。心地のいい沈黙の友達だ。ジヴェーダは特に話しかけてこない。
 一時間近く、エメザレはただただ酒を飲んでいた。どうにかして酩酊しようとしていたのかもしれない。一言も会話もせずにひたすらに飲めるだけ飲んだ。
 ボトルを一本開けたくらいで、涙が溢れてきた。ジヴェーダの存在など気にしなかった。というより自分でも泣いていることにしばらく気づかなかった。
「お前、なんかキャラがおかしいぞ。拷問しても呻き声ひとつ上げなかった誇り高き英雄様はどこへ行った。お前の姿を王子に見せてやりたいよ」
 ジヴェーダに言われたが答えることができずに、泣きながら飲めるだけの酒を浴びるように飲み続けた。
「エスラールと別れるように言われたのか」
 涙が溢れている。自分の気持ちとは関係ないと思った。
エメザレは冷静でいるような気さえした。どうしてジヴェーダの前でこんなに泣いているのかよくわからない。きっと酔っているのだろう。酔っていて状況がうまく認識できていない。
泣いていることはわかるが、止め方がわからない。嗚咽が止まらない。
「もう、別れるしかない」
 エメザレは絞り出すような声でやっと言った。
 ジヴェーダはそれ以上何も聞いてこなかった。泣き続けるエメザレを見ながら黙って酒を飲んでいた。
 エスラールの庇護の元でエメザレは輝けた。エスラールがいなければ、エメザレは嫌悪の眼差し達に潰されていただろう。エスラールには人徳と統率力があり、エメザレにはクウェージアきっての頭脳があった。いわゆるエスラール一派の形成過程で、エメザレは役に立ってきたはずだった。
数時間、飲み続けた。人生でこんなにも飲んだことはない。
「私、昔からわかってたんですよ。本当にわかってたんです」
 多分その声が聞き取れなかったのだろう。寝転がっていたジヴェーダはソファから身を起こすと、エメザレのベッドに腰かけた。何も言わずに冷静すぎる顔でエメザレを見ている。
「だって私は男だから。エスラールに初めて会った時、私はまだ少年だった。十六歳だった。女性との性差は今よりずっとなかった。どちらかと言えば小柄だったし、中性的とも言えた。声変わりもまだだった。だから私とできた。いつも思ってた。このまま成長が止まればいいのにって。きれいな少年のままでいたかった。もっと美しく生まれてきたかった。外の世界へ戦いに行く時、いつも恐かった。だって女の人に会ってしまうから。女性の美しさや柔らかさに、男の私が敵うはずない。私では癒せない。ほとんど強制の儀式みたいなものだったけど、エスラールが初めて女性を抱いた時、すごくすごく悲しかった。私は女性相手では吐いてしまって駄目だった。あの時の女の人、優しくて美しかったのにできなくて申し訳なかった。エスラールは異性愛者だもの。私、知ってた。もう私は愛してもらえないんだと思って、一人で泣いてた。でもエスラールは我慢してくれた。私を愛していたから肉体を我慢してくれた。こんなに男になっても、まだ好きだって言って肉体を我慢してくれた。きっと苦痛だったはずなの。本当に、本当に好きだった。私なんか愛してくれて、本当に好きだった。私、この身体になって安心したんです。だってこんなに化け物みたいな見た目になったら、抱けないのなんて当たり前でしょう?エスラールもきっとホッとしたんじゃないかと思う。もう私という男をもう抱かなくていいから。その理由ができたから。肉体から精神に昇華したと、多分エスラールは喜んでいた。だってそのほうがみんなに誇れるから」
 自分でも何を言っているのかよくわからなかった。泣きじゃくっていたので半分はおそらく伝わらなかっただろう。
 少し間を開けてからジヴェーダは言った。
「そうか。お前、女だったんだな。やっとわかった。俺は間違えてた。俺はお前が綺麗だったからそんな気分になったんだろうと思っていたけど、男相手になんでこんな、女とやる時みたいに、なんか得したような気分になったのか不思議だったが、意味が分かった。お前の本質が女だからだ」
「でも私はもう終わり。私の役割は終わってしまった。なんだったら、もう十六歳で、外の世界に出た時に、私の役割は既に終わってた。私は強かったけどもう右手しか動かない。美しかったかもしれないけれど、もうこんな見た目だもの。本当はまだこの頭脳が残っているから、もしかしたら役に立てるかもしれないと思っていたけど、もう必要ないみたい。エスラールを失って、時代の流れをこの場所で死ぬまで傍観するだけ。私は抹消される。私はいなかったことにされる。私はもう終わり。もう終わりたい」
「俺を呼んだのはそれが目的なのか」
 ジヴェーダはベッドから立ち上がり窓の方を見た。窓から見える森は漆黒の暗闇だ。
「悪いが俺はお前を殺せない。色々と事情があるんでね。お前だって気付いてるんだろう」
「エスラールの動向が知りたかったんでしょう。私にした行為によってエスラールが怒るだろうから。エスラールは大勢の愛国の息子達を動かせる力があるから。いつか反乱軍に加担するだろうから。だから私を手元に置いた。エスラールが、あの一派がどう動きだすのか情報がわかるように」
「わかっているなら、何で俺を呼んだんだ。まぁ頼れるのが俺しかいないのは理解するが、それにしても頼む相手を間違えてるな。お友達に頼め」
 再びベッドに戻ってくるとエメザレを見下した。大柄なジヴェーダは聳え立っているように見える。
「私には友達なんかいない。あなたがいるから誰もここにはやってこない。エスラールでは私を殺せない」
 エメザレは唐突に押し倒された。
「お前の存在は本当に堪らないな。憐れで、愛おしい」
 目の前でジヴェーダが静かで冷徹な笑みを浮かべている。
 一度横になると起き上がるのに時間がかかる。上から押さえつけられた状態では、起き上がることも逃げることも、体を動かすことさえ不可能だ。
「何、考えてるんです」
 エメザレは右手で抵抗したが、ジヴェーダは簡単にねじ伏せた。馬乗りになり顔を近づけて、獲物の匂いを嗅ぐ肉食動物みたいに、耳元から首のあたりに鼻を押し付け、耳元を愛撫するかのように熱くてアルコールの匂いがする息を吹きかけてくる。鼓動が早くなる。嫌な感覚。
「嫌だ……やめて、ください」
「騒いでもいいが、どの道お前、声出ないだろう」
 エメザレの衣服をゆっくりとしていく。拷問を受け傷だらけになった身体は、切った体をもう一度無理やりくっつけたかように、縫合された継ぎ接ぎの醜い痕が幾筋も残っている。綺麗な皮膚などほとんどない。晒された身体を月明かりに照らして、ジヴェーダはうっとりと鑑賞していた。
 あの宮廷の時とは明らかに違う手つきで、ジヴェーダはエメザレの胸を撫でた。縫合された傷口に沿って指を這わせる。他の場所とは明らかに違う痺れた感覚がする。
「嫌だ……見ないで……見ないで……見ないで。私を……見ないで」
 右手で振り払おうとするが手首を掴まれた。敵わないのはわかっているが抱かれるのが嫌だった。想像するだけで自分でもぞっとする。こんなにも醜いのに更に醜い行為をされるのが嫌だった。醜さの塊になりたくない。
涙が溢れだした。またみんなが軽蔑する。こんな姿になってまで、まだ男に抱かれていると嫌悪する。あのたくさんの悪い眼差したち。もう堕とさないで。これ以上、私の全体を悪いもので覆わないで。私はしたくないやりたくない。私の意思じゃない。私は悪くない私のせいじゃない。
「もう、離して、離して! 嫌、嫌……やめて……やめてください。お願いします……ジヴェーダ様!」
 全身で抵抗を試みたが馬乗りのジヴェーダは全く動かない。
「お前が誘って来たんだろうが。抱かせろよ」
 ジヴェーダはエメザレ足を強引に開かせて割って入ると股をまさぐった。包み込んでくるその手は意外にも温かかった。なんて、なんて懐かしいんだろう。触られて思わず身体がびくりとした。
「……同情か、なんかですか」
「同情? 勘違いするな。俺は傷ついて死にそうな奴を見ると欲情するんだよ。いいから早く股開けよ。あの時みたいに」
 すでに硬くなっているものを誇示して、布越しに押し付けてくる。その熱を入り口が感じると離したくないみたいに、食いつきたいみたいに収縮して悲しかった。傷口をこじ開けるように熱がエメザレを侵略しようとする。忘れようとしていたあの感覚。あの温かい赤いあの粘膜の融合。醜くて尊い。いつもエメザレを狂わせる、救いのような融合だ。
 わからない。でもすがりたくなってずっと泣いている。
「お前は何も悪くない。お前は俺に強姦されただけ」
 ジヴェーダは微笑んだ。
 もういい、と思った。もう犯されるんだから、それならばせめて、せめて、何もわからなくなるくらいに、めちゃくちゃに破壊してくれ。

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