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帝立オペレッタ16(反逆のシナリオ)

 
 この時間帯に二号寮に行くのは初めてだ。昨日も一昨日も二号寮に行ったのは真夜中だった。今日は入り口も違う。野外訓練場から入らず、東棟側から二号寮へと入った。東棟と二号寮は外廊下で繋がっているが、外廊下に差し掛かった辺りから既に、二号寮のどことなく拒絶的な空気が漂ってきた。

「そうだ、エスラール。二号寮に入る前にひとつ言っておくね」
 エメザレは外廊下を歩く早さを落として、エスラールの顔をじっと見つめて、お願いするような声色で言った。
「うん。なに?」

「君はとても優しいから、二号隊の態度に腹が立つことがあるかもしれないけど、僕のために怒らなくていいからね。いちいち怒っていたら先に進まないし、僕は慣れているから大抵の暴言は受け流せる。だから無視して先に進む。いい?」
「わかった。頑張って我慢するよ」

 そんな声色で頼まれては断れない。渋々ではあるが、本当に時間もないことであるし、エスラールは頷いた。

「ありがとう」

 エメザレが安心したように微笑んだ。

 二号寮に入ると、長い廊下にいくつか置かれている礼拝用の長椅子に腰掛け、楽しそうにお喋りをしているひとびとが結構いた。

 礼拝用の長椅子は外を眺められる向きで、寮の外廊下に置かれている。エルド教には夜空に祈ったり、夜空を見ながら瞑想(めいそう)したりする習慣がある。あえて廊下を壁で囲わず、外廊下を多くしているのはそのせいだ。
 長椅子は一応その礼拝用に置かれているはずだが、一号隊ではただの長椅子としか使用されていなかった。どうやら二号隊でもそうであるらしい。
 一グループに一脚の長椅子と決まっているのか、等間隔に設置された長椅子に、五人程度が集まっている。

 二号寮の廊下にひとがいるのは新鮮だ。いや、二号寮には約五百人が暮らしているわけだから、ひとがいるのは当然なのだが、真夜中に来た時には、サロンにいたロイヤルファミリー以外、本当に誰一人として出会わなかった。まるで恐ろしい盗賊から身を隠す村人のように、おそらく皆、部屋に閉じこもっていた。こうして廊下の長椅子に座り歓談をしている光景は至極当然なはずなのだが、なんだか不思議だった。

 長椅子は壁に沿って置かれているので、当然彼らの前を通過することになる。なんとなく嫌な気分がした。
 一番手前のグループがエメザレに気付いたらしく、こちらを見た。一瞬エスラールとも目が合ったが、すぐに逸らされ、彼らはひそひそと何か耳打ちし始めた。何を言っているのかは聞こえないが褒め言葉ではないだろう。もちろんいい気分はしない。心臓がちくりとした。聞こえていないはずなのに、悪口が聞こえてくるような気がして、瞬時に気が滅入り、怒りたくなった。

「お前、いつもこんな仕打ちに一人で耐えてたのかよ。すごいな。俺は無理だよ」

 先ほどの約束を守り、受け流してはいたが、精神的には受け流しきれない。イライラしながらエスラールはぼやいた。

「自業自得だから仕方ないんだ。僕が自分の身体を利用したのが悪かった。その罰だよ。そして罰を僕は受け続けなければならない。ずっとね」

 長椅子を通過する度、よからぬささやき声きがごにょごにょと聞こえてくる。 
 エメザレはきっと、肉体のみならず精神的にも抵抗しないのだ。抵抗しないことで、罪のようなものをを自己の中で償っているのだと思った。その罪とは、シマから逃げるために教師たちと寝たことを指しているのだろうか。それが正しかったとは言わないが、自分を守る手段がそれしかなかったのなら、誰もエメザレの行為を責めることはでききないように思えた。

 ただ、ひとつ悔しいのは、その時エスラールが傍にいたら、例え負けても何度でもシマと戦って、絶対にエメザレを守ったし、エメザレを教師と寝させるなんてことはさせなかったのに、ということだ。
 守ってあげたかった。遅すぎるが、守ってあげたかった。

「ところでさ、その月男(つきお)くんってどんな奴」

 苛立ちを誤魔化そうとエスラールは聞いた。

「月男くんはちょっとばかり個性的かなぁ。エルド様が大好きなんだよ。エルド様が好きってことは、つまり僕のことが嫌いってことなわけだけど」
「そうか、同性愛タブーだもんな」

 ガルデンでそんなことを言ってもキリがない気はするが、エルド教は同性愛を完全否定している。

「そういうこと。ま、内偵としては適任かもしれないよね。神に誓っているひとなわけだから、真面目――なのかな、わかんないけど。とりあえず成績は悪くないから立ち位置はそこそこだし、ロイヤルファミリーでもないし。丁度いいというか。事件の次の日に事件のことを月男くんに聞きに行ったんだけど、その時は一応ちゃんと話してくれた。でも今日は簡単には話してくれないだろうな。前と違って内偵に任命されているからね」

 月の男の部屋は二階にあるらしく、長い廊下を抜けて二階に上がった。誰かとすれ違う度に、本当にぶん殴りたくほど、いやーな目で見られた。エスラールが一号隊のよそ者で、そんなのがエメザレと歩いているのが不可思議なのだろうが、それにしても無言の注目を浴びすぎだ。そのくせ彼らはけして話しかけてはこない。関わり合いになりたくないのだろう。

「もうちょっとだから、我慢してよ」
 エメザレはエスラールの苛立ちを察したらしく、なだめるように言った。
「ほら、いたよ。あれが月男くんだよ」
 エメザレが顎でしゃくって指した。

「髪型すげー」

 その先には目を瞑り、長椅子に一人で座る、おさげの少年がいた。遠目からでもわかる。とにかく髪が長い。ヘソの下辺りまであるだろう。それを三つ網のおさげにしているのだ。一言で表すなら変だった。

「あの髪型はね、エルドを何気なく意識しているんだよ。エルド様の髪は紐みたいに編まれてるだろう?」

 エメザレがエスラールに耳打ちした。エルド像はあまりに見慣れていて、髪型を意識したことはなかったのだが、思い出してみると確かに編みこまれていて月の男の髪型と似ていなくもない……かもしれない。

 月の男は、ここではないどこかに逃避行中のようだった。礼拝用の長椅子が礼拝に使われているところを始めて見た。月の男の周囲には、確固たる壁のようなものがあり、全ての存在を遮断しているような、ある種、孤高ともいうべき雰囲気があった。
 二人はそんな月の男の前に立った。

「お祈りのところを失礼」

 エメザレが言うと月の男は静かな動作で目を開けた。その顔には感情がない。迷惑とも思っていなさそうだ。
 月の男の顔立ちは少し幼く、猫のような顔立ちで目がつんと尖がっている。身長も高くはないだろう。おそらくエメザレよりも小さい。だが何より驚いたのは、月の男の瞳が青かったことだ。青いといっても昼の空のような、明るい青さではない。夜空の、黒に近い深い青さだが、それでもぱっと見て、瞳が青系統なのはわかった。

 黒い髪のエクアフ種族は、もれなく黒い髪、黒い瞳だ。エスラールのように、少し茶髪っぽいとか、茶系の瞳の色素が心持ち薄い、というのはあるが、瞳が青いのはかなり珍しい、というか純潔の黒い髪のエクアフ種族では有り得ない。おそらく何代か前に、他種族の、たぶん碧眼のダルテス種族の血が入っている。だが目が青いという以外は、なんら他のエクアフ種族とは変わらない。まるでふと思い出したかのように、眠っていた血脈が瞳にだけ気まぐれに現れたような印象だった。

「なにか、ご用でしょうか。惻隠(そくいん)なる罪人よ」
「はい?」

 月の男は極めて中立的な声で言ったが、エスラールは言葉の意味がわからず、思わず首を傾げた。

「惻隠は憐れって意味だよ」

 エメザレがこっそり教えてくれた。随分と失礼なことを涼しい顔で言ってのける奴だと思った。

「事件のことで聞きたいことがあるんだ」
「そこに立たれると、夜の神聖な効力が薄れてしまう」

 月の男は長椅子から立ち上がると、二人を左右に押しのけ、夜に吸い込まれるように、外廊下の手すりに身を寄せて、手すりから身を乗り出した。青白い月光を浴びた月の男は、奇跡を起こせそうなほど輝いているような気がする。不思議なことだが月の男に対してだけ、月光がなにかの作用を本当にもたらしているのかもしれない。

「お前には全てをお話ししました。これ以上、話すことはない。お前は諸々の罪咎を今こそエルドに贖い給え」

 エメザレではなく夜空に語るように言った。ぶしつけなことを言っているのはわかったが、悪意が感じられない。失礼だという自覚が無いのだろう。

「きみが僕を嫌いなのはすごく知っているけど、これは殺人事件なんだよ。妥協してくれてもいいんじゃない。聞きそびれたことがあるんだ」
「まったく、なにを考えているのでしょうか。罪人よ、彼氏など連れてなんのつもりです?」

 月の男は振り返り、エスラールのことを睨んだ。

「え。俺? 彼氏じゃないんだけど」
 エスラールは自分を指差し、慌てて言った。
「お前、見ない顔ですね。お名前は?」

「エスラール。所属は一号隊だ。エメザレのルームメイトに指名されたんだよ。彼氏じゃない」
「そうか、申し訳なかった。一号隊。なら、見ない顔なのは当然ですね」
「聞きたいことがあるんだ」

 エスラールが言うと、月の男は左手でこめかみを押さえ、困ったような顔をした。

「私は神エルドに身を捧げているのです。エスラールよ。ご存知とは思うが、エルドは健全たることが美徳と説いておるのですよ。無論、肉体関係においても。ゆえに、この完全なまでに堕落しきったとしか思えぬ、罪深き淫売に協力はしかねるというわけだ」
「お、おぉ……」

 エスラールは言葉を失った。これだけの暴言を吐いているというのに、月の男からは悪意どころか善意しか感じられないのだ。自分を正しいと信じる気持ちに、ここまで迷いがないというのはある意味で素晴らしい。その気持ちに圧倒されてしまった。

「僕の人物評価は否定しないけれども、冤罪によって罪無き者が処刑されることをエルド様はお喜びになるだろうか? 君だってユドが犯人でないとわかっているだろう」

「ユドは自白をしたのだ。それが本当であれば罪であり、嘘であれば嘘をついたことが罪になる。興味本位の警史ごっこなどやめ給え、そして今すぐに懺悔し給え。エルドは悔い改める者をけして見捨てないのですから」

 月の男は胸に両手を当て、エメザレの顔を穢れない青い瞳で見つめて言った。

「宗教の勧誘は勘弁してよ。それに一応僕だってエルド教信者だよ。エルド教はクウェージアの国教だからね。それより月男くん、君って総監命令で反王家勢力を探してるでしょ?」
「なんのことです?」

 月の男の表情は変わらないように見えた。だが内心では相当焦っていてもおかしくはない。内偵行為が二号隊の知るところになれば、月の男は間違いなく裏切り者としてフルボッコにされることだろう。場合によってはエメザレのように、ずっと過ちを責め続けられることになる。月の男はそれを理解しているはずだが、恐れがない。恐れていないところがむしろ恐い。

「嘘は罪なんじゃないの? 月男くん。僕は反王家勢力が誰か知っているんだ」

 エメザレがふっと微笑んだ。

「はぁ!? 俺、聞いてないんだけど」
「うん。言ってないからね」

 エスラールが叫ぶとエメザレは涼しい顔でそう答えた。

「言えよ!」
「それは本当ですか?」

 エスラールが突っ込むのとほぼ同時に、月の男が食いついてきた。

「本当だよ。話をきかせてくれたら教えてあげる」
 食いついてきた月の男を見て、エメザレはちょっと悪な顔をした。

「なぜ、お前が反王家勢力のことを知っているのですか?」
「僕は事件が起きる少し前にユドと話をしているんだ。その時は気付かなかったけど、改めて思い返してみたら、反王家勢力のことを言っていたんだと気が付いた」

「だから、早く言えよ……」
 エスラールは悲しみと怒りを噛みしめて言った。

「わかった。聞きたいこととはなんです?」

 月の男は覚悟を決めたように浅く息をつくと、腕を組んで聞いた。

「君はサディーレの遺留品を見ることができたよね? 遺留品の中に、サディーレの日記帳がなかった?」

「日記帳? いや、そんなものはありませんでしたよ。なんですか日記帳って」

「日記帳がないってどういうことだよ? サディーレは日記をつけていたはずだ」

 エスラールはつい月の男に突っかかってしまった。月の男はそんなエスラールを怪訝な顔つきで見る。

「ね、月男くん、本当になかった? 日記帳といっても一見すると本に見えるらしいんだ。本の中身まで調べたの?」

「もちろん調べました。反王家勢力を割り出すための手掛かりが遺留品の中にあるかもしれない。ということで、私は遺留品を全て見て調べることができました。本も何冊がありましたが、全て間違いなく本でした。日記ではなかった」

「じゃ、なんかそれ以外で変なもんとかなかったか?」

 エスラールが訊ねると月の男はすぐに首を横に振った。

「ありませんでした。我々の私物というのは限られているから、あればすぐにわかる。おかしなものはありませんでしたよ。強いていうならユドのペン入れが部屋にあったくらいですが」

「ペン入れ?」

「そうですよ。ユドのペン入れ。どうもユドが落としたものをサディーレが拾ったようです」

「そうか、ユドはペン入れを返してもらいにサディーレの部屋にきたのか」

 これで特にサディーレと親しくもないユドが、サディーレの部屋を訪れた理由がわかった。ユドは落としたペン入れをサディーレが持っていることをどこかで知り、サディーレの部屋に来た。しかし部屋に入るとサディーレはすでに何者かによって殺されており、ユドはそのことを利用して、エメザレを助けようとしたのだ。

「ユドいわくペン入れをサディーレが拾ったのは事件と関係なく偶然であり、反王家勢力は、元々その日にサディーレを殺す計画だったそうですが」

 月の男は言ったが、ユドの説明はどう聞いても胡散臭い。エスラールもだが、ユドもこの手の計画を練るのには向いていないようだ。

「あともう一つ。部屋には本当にユドとサディーレしかいなかったの? 部屋に最初から誰かいた可能性はない?」

「ないですね。いいですか、惻隠なる罪人よ、訓練が終るのは午後の十時です。ユドが叫びながらサディーレを刺していたのが午後の十一時過ぎ。私は訓練が終ってから真っ直ぐにここに来て、その長椅子に腰掛けていました。私の部屋はそこです」

 月の男は長椅子の左側の部屋を指差した。

「そしてサディーレの部屋は私の部屋の隣です」

 と言って今度は、長椅子を挟んで右にある部屋を指した。

「その長椅子に座っていれば、サディーレの部屋に誰が来たかはわかります」

「でも月男くん、さっき目を瞑ってたじゃんか」

 エスラールが言うと月の男は、不快感をできるだけ押し殺したような表情で、エスラールを睨み、それでも穏やかにゆっくりと口を開いた。

「私は月男でも月の男でもなく、ヤミという名があります。それはまあいいとして、私をあまり見くびらないで頂きたい。私とて軍人の端くれですよ。例え目を閉じていても、誰かが前を通れば気配でわかります。そして気配がすれば目を開けることくらいします」

「ごめん。ヤミ。名前知らなかったんだ」

 エスラールが詫びると、月の男は納得したのか一度小さく頷いて、また話し出した。

「その日、訓練を休んだ人物はいませんでした。そして私は一番初めにここに着いた。サディーレが帰ってきたのは十時十五分くらいだと思います。それから三十分ほど後にユドがサディーレの部屋を訪ねてきた。
 それからしばらく経って、ユドが叫んでいるのが聞こえました。普通ではない叫び声でした。それで私はサディーレの部屋のドアを開けました。するとユドがサディーレに馬乗りになって、サディーレを刺していました。私は大声で異常を周囲に知らせながら、ユドを取り押さえてサディーレから引き離しましたが、サディーレは既に事切れていました。ユドを引き離した時には、私の声を聞きつけて、すでに何人か部屋の前まで来ていましたし、すぐにサディーレの部屋の前はひとだかりができて、その後、教官が駆けつけてきました。部屋の中に最初から誰かいたとしても逃げる暇がありません」

「窓は?」
「内側から閉まっていました。だから犯人はユド以外に有り得ません」

 月の男はきっぱりと断言した。そして話を聞く限りでは彼の言うとおり、ユド以外に犯人になりえない。

「くっそ。一体どうなってんだ」

「やっぱりその日記帳が怪しいな。ないって絶対おかしいもの。だって誇りの日記帳を絶対に捨てるわけないし。犯人が持ち去ったとしか思えないけど」

 エメザレが苛立ちながら呟いた。

「私はちゃんとお話しましたよ。約束どおり、反王家勢力が誰か教えてください。まさか約束を破りはしないでしょうね」

「もちろんちゃんと教えてあげるよ」

 エメザレが言うと、月の男の顔がにわかに強張り、緊張が走った。エスラールも唾を飲み込み、エメザレの言葉を待った。

「月男くん、これから総監に会いに行くんだよね。なら、もう安心していいって伝えて。もうなにも起こらないから」

「どういう意味です? 早く教えなさい」

 エメザレの焦らすような回答に、今まで強い感情を表さなかった月の男が、ついに感情をむき出しにして大きな声を出した。まるで月の男の苛立ちを表すように、長いおさげが激しく揺れる。

「怒らないでよ、月男くん。この事件はそこまで複雑じゃない。なんせ、反王家勢力は僕なんだからね」

「なんだってーーー?」
「ど、どういうことです?」
 エスラールと月の男は同時に叫んだ。

「こういうことだよ」
 エメザレはさらに続けた。

◆◆◆

 遡ること二ヶ月ほど前。ちょうどブリンジベーレの遠征が決まった頃のことだった。エメザレは廊下でユドに話しかけられた。

「どうして君はそんなことをするの?」

 “なぜ自ら宴会の犠牲者になっているのか。”興味本位でその質問をしてくる奴は多かった。いつもならば、さあ、とだけしか答えない。

 だが四年前、ユドに好きだと言われことをエメザレは覚えていた。その後になにがあったわけではない。おそらくユドも、そんなことは忘れているだろう。
 それでもエメザレの中でユドは特別な枠に入っていた。特別といっても、とてもささやかだ。素敵な思い出がたった一つあるだけなのだ。

「僕は反逆しているんだ」

 エメザレは答えた。それは真実を全て表したものではなかったが、事実の一部で、けして嘘ではなかった。四年前に好きだと言ってくれたことに対しての、エメザレなりの感謝の仕方だった。

「何に?」
「ロイヤルファミリーに。二号隊の伝統に」

 しばらくの沈黙があった。その間、エメザレはユドのことをじっと見ていた。

「僕も反逆する。君と一緒に」

 ユドの思いがけない申し出に、エメザレは驚きながらも微笑んだ。

「僕の行為は常に自己完結的なんだ。だから誰の理解も協力も救済も必要ない。この反逆が成功する必要すらない。これは僕だけの問題だ。君の力は必要ない。でもありがとう。このことは忘れない」

 ユドとの会話はこれだけだった。

◆◆◆

「反王家勢力はユドの頭の中で勝手に作られた組織だ。もしかしたら、本当に作りたいと思ったかもしれない。でも、ユドにそんな、組織を発足できるような力はない。ロイヤルファミリーに勝てる可能性のないユドの提案に、乗るような奴もいない。だから僕は確信している。反王家勢力とは、ユドと僕を指しているんだ」

「なるほど。どうりで見つからないわけですね」

 月の男もエスラールもしばらくぽかんとしていたが、やっとエメザレの発言を整理できたらしい月の男が、呻くように言った。

 エスラールはユドのことを考えた。
 ユドは四年間、エメザレに感謝し続けてきた。そしてある日、その理由を聞き、エメザレの行動に、ロイヤルファミリーとその伝統に抵抗するという、静かなる目的が眠っていることに気がついた。その後、どのような行動をしたのかはわからないが、反王家勢力はユドの妄想でしか実現しなかった。

 そしてペン入れを返してもらいにサディーレの部屋を訪れたユドは、部屋の中で死んでいるサディーレを発見した。月の男の話が真実だとすれば、ユドがサディーレの部屋に入ってから、ユドの叫び声がするまでに十五分強の間がある。ユドはその間に、この計画を組み立てた。存在しない反王家勢力を作り上げ、エメザレを助けるのと同時に、おそらくエメザレの自己完結的な目的までもを、サディーレの死を利用して完遂しようとした。絶対に不可能と思われる、ユドがサディーレを刺したという事実が、架空の反王家勢力を本当にあるように見せていたのだ。

 ユド。
 エスラールは心の中でユドの名を呼んだ。

「総監に知らせてあげれば喜ぶよ。じゃ、どうもありがとう。月男くん」

 エメザレはエスラールに手招きすると、月の男に背を向けた。

「お前がユドに話した理由は本当なんですか。エメザレ」

 月の男がエメザレを名前で呼んだ。

「本当だよ」

◆◆◆
 
「てゆーかさぁ、エメザレさぁ、俺にくらい全部教えてくれてもいんじゃない? なんで情報小出しにすんだよ」

 さっきから完全にエメザレのペースに乗せられている。なにかもう翻弄されていると言ってもいいくらいだ。エスラールは、相変わらずどこに向かっているのかわからない、エメザレの背中に愚痴った。

「ごめんごめん。反王家勢力のことは朝言おうと思ったんだよ。それにもう隠してることはないよ。あれが僕の切り札だったんだ」 

「ねえ、今思ったんだけどさ、犯人ヤミじゃない?」

 唐突に思ったので、エスラールは唐突に言った。

「違うと思うよ」

 エメザレは断言したが、エスラールはひらめいたことを一応言いたかった。

「だってさ、サディーレが部屋に戻ってから、ユドが来るまで三十分あって、その間に殺されたってことだろ。部屋に入ることができたのはヤミしかいないじゃないか。それに、サディーレには劣るとはいえ、ヤミは弱いわけじゃないんでしょう。動機だって、隣人トラブルとか有り得そうじゃん」

「最初は、ユドより月男くんのほうが疑われてたんだよ。僕もそれは考えたけど、長椅子に座っている月男くんをみんな目撃してるんだよね。月男くんは長椅子から動いてないんだ」

「じゃあ犯人誰なんだよ!」
 エスラールは立ち止まってわめいた。
「それがわかったら苦労しないよ」
 困ったような顔をして振り向き、エメザレはもっともなことを言った。
「これからどうするんだよ」

「とりあえずユドが属していたグループに話を聞きにいく。後はサディーレの子分に。そこで日記帳の手掛かりが見つからなかったら、僕もどうすればいいかわからない」

 エメザレが大きなため息をついた。エスラールはそんなエメザレの顔を見ていたが、背後からやってくる人物に気付いて、一瞬呼吸するのを忘れた。

「シマ先輩」

 エスラールの台詞を聞いたエメザレの顔色が変わった。


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