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帝立オペレッタ14(宿命に解放を)
エスラールは一号隊の面々と野外訓練場を走っていた。慣れとは恐ろしいもので、ただぐるぐると走るだけという単調な訓練くらいであれば、ほとんど寝ていても身体が勝手に動いてくれる。エスラールは連日の騒動で心底疲れていて、意識がぶっ飛びかけているのをなんとか我慢し、あまり当てにならない思考で事件のことを考えた。
で、結局のところ誰がサディーレを殺したのかということだ。エメザレの推理で二号隊最弱のユドがサディーレを刺せたことについてはおそらく解決したが、殺人事件そのものは振り出しに戻ってしまった。
ロイヤルファミリーのサディーレを殺せるということは、単純に考えてサディーレ以上に戦闘能力がある人物だ。真っ先にエスラールの頭に浮かんできたのはシマだった。シマならば顔色一つ変えず、まるで風が通り過ぎるくらいの一瞬の間でサディーレを殺せるのではないかと思った。それならば、殺人事件について一切の推理を禁止したことについても説明できる。だが動機がわからない。というより、エスラールが知っている情報が明らかに少なすぎる。
下手に推理しても意味がないことを悟り、エスラールは走りながら寝ることにした。
しかし、もしシマが犯人だとしたら、犯人探しをしようとしているエメザレは脅威になる。エメザレは、ロイヤルファミリーはルールを破らないと言っていたが、シマが殺人の罪から逃れようとすれば、そんなルールにはかまっていられなくなるだろう。
シマと戦うことになったら勝てるだろうか。いや、絶対に無理だな、という絶望をくっきり脳内に残してエスラールは半分だけ夢の世界へと旅立った。
◆◆◆
「エスラール、さっきの続きだけど説明している時間がなくなった。明日、総監に会うまでに事件を解決したいんだ。ユドが犯人じゃない証拠と真犯人を今日中に見つけ出す。僕はこれから二号寮に行くよ」
一日の訓練が終るなり、エメザレはエスラールのすぐ後ろでそんなことを囁いた。エメザレは言うが早いか、エスラールの脇をすり抜け、すたすたと歩き始めたのでエスラールは慌てて肩を掴んだ。
「ちょっと待て、もちろん俺も一緒に行くぞ」
エスラールが言うと、エメザレは立ち止まり、振り返った。
「最後にもう一度だけ聞くよ。僕と一緒に行動することが、どういうことかわかってるんだよね。それでも本当に僕と一緒に来るの? 後悔しても、ごめんねくらいしか言えないよ?」
訓練場から一号寮へ向かうひとの群れの中で立ち止まり、向かい合う二人は目立っている。ちらちらと向けられる視線に気付きつつもエスラールはエメザレの顔から目を逸らさなかった。
「わかってるよ。大丈夫、俺は構わないから。それより早く事件解決させよう。ユド、助けるんだろう」
エスラールが笑うと、「うん」と言ってエメザレは少し恥かしそうに微笑んだ。
◆
「だけど強行スケジュールすぎないか。今日中に解決って本当にできるの?」
小走りで二号寮に向かいながらエスラールは聞いた。
「僕の思い描いてる推測が大幅に外れてなければ、ね」
「その推測、教えてよ。俺、ものすごい置いてきぼり食らってる気がするんだけど」
「いや、推測といっても、誰にどの質問をすれば事件を解くヒントになる回答を得られるだろう、ってことで――」
と言いかけたところで、エメザレが急に立ち止まった。偶然にも一号寮サロンのど真ん中だ。
「よおエメザレ」
ものすごく嫌な声がした。バファリソンだ。そういえば一号隊にはそんな奴がいた。ロイヤルファミリーの濃さで存在感が薄れていたが、一号隊にもバファリソンのグループがいたのだ。ついていない。
バファリソンは子分を数人引き連れ、二人の行く手に立ちはだかる。エスラールは咄嗟にエメザレの前に出て、エメザレを庇った。
「このタイミングかよ!」
「なんか文句あんのかよ、え?」
ヴァファリソンは大柄の体をだるそうに動かし、首を傾けて言った。
「俺たち急いでるんだよ。どけ」
「そんな恐い顔すんなって。この間は悪かった」
「へ。今なんて言った?」
エスラールは自分の耳を疑った。教官などは別としても、バファリソンが誰かに謝るところをエスラールは見たことがなかった。
「悪かったって言ったんだよ。お前じゃねぇよ。エメザレに言ってんだ」
バファリソンはエスラールを手で払いのけ、後ろにいたエメザレに向かって言った。エメザレの顔を見ると、エメザレはバファリソンの顔をじっと見つめていて、何度か瞬きをした後、頷いた。
「もう気にしてない」
「ま、仲良くしようや。これから」
バファリソンは大きく無骨な手をエメザレの前に差し出した。どうやら握手を求めているらしい。
「うん。よろしく」
エメザレはバファリソンの手を軽く握った。改めて見るエメザレの指は細くて、バファリソンが思い切り握り返しでもしたら、折れてしまうんじゃないかと冷や冷やしたが、バファリソンは満足げな顔で豪快に笑うと、なにもせずに子分を連れて去っていった。
「なにが起こったんだ……。気味が悪いな」
「まあいいよ。早く行こう」
エメザレが歩き出そうとした。が、
「エスラール!」
今度は後ろから自分を呼ぶ声がした。
「なんだよ!」
イライラしながらも振り向くと、少し離れたところにヴィゼルが立っていた。いつもであれば訓練が終れば、どちらからともなくお互いの姿を探すのだが、今日は違った。エスラールの姿が見えないので、ヴィゼルはエスラールのことを探して走ったのだろう。ヴィゼルの息は切れていた。
「うわぁ。どうしよう」
エスラールは思わず呟いた。
「エメザレとどこに行くの」
ヴィゼルはちょっと拗ねた感じで聞いてきた。たぶん焼きもちだ。エメザレが来てから、ヴィゼルと絡む時間は格段に減っている。ついでに、一昨日の夜にエメザレとどこへ行っていたのかという質問の答えもうやむやのままだ。
ヴィゼルに事情を話したいが、どれも秘密にしなければならないことばかりだ。だがここで秘密だと答えるのはあまりに怪しすぎる。エスラールはいつもながら、言葉を詰まらせた。
「い、行くところがあって……二人で行かなきゃいけない」
「僕は連れていってもらえないのだね」
ヴィゼルの瞳がだんだんと潤んできた。ヴィゼルも無理をしていたのだ。エスラールと離れ離れになることは受け入れ難かったはずだ。ヴィゼルもエスラールも聞き分けはいいほうだが、それと納得しているのとはまた別の話なのだ。
ヴィゼルの気持ちはわかる。連れていきたいのは山々だが、無理なものは無理だ。エスラールは不本意な沈黙で答えるしかなった。
「どうして答えてくんないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!」
ヴィゼルは生き別れた母親と千年ぶりの再会を果たしたみたいに、人体の限界をゆうに超える大量の涙と鼻汁を勢いよく噴出しながらエスラールに突進してきた。
べちょっという生々しい音がして、胸の当たりが段々と生暖かくなる。エメザレの制服でなくてよかった。と、こんな時になぜか思った。
「申し訳ない」
かける言葉はそれしかない。エスラールはしっかとヴィゼルを抱きしめて詫びた。
「急がしそうだね。エスラール。僕は一人でも平気だから先に行くよ。じゃあね」
エメザレは抱き合う二人に一瞥をくれて歩き出した。
「え、ちょ、ちょっと。おい、エメザレ」
エメザレの後を追おうとするが、ヴィゼルに力の限りに抱きつかれ身動きが取れない。
「逃げないでよ! エスラール!」
「逃げる気はないけど、俺急いでるんだよ」
もがいたが、もがくほどヴィゼルの抱きしめる力が強くなった。
「僕はなにも聞かなかったし、説明も求めなかった。きっとなにか君は総隊長に頼まれたと思ったからだ。僕は気を遣ったつもりだよ。エメザレのことはよくわからないけど精一杯、親切にしたつもりだ。だけどエスラールは少しも理由を話してくれないし、僕を置いてエメザレとどっかに行ってしまうし、顔面は日々崩壊していくし、すごく寂しかったんだよ!」
「それはごめん」
「君、知ってる? 総隊長はエメザレを一号隊の仲間にしてくれるように、一号隊中に頭下げて頼んで回ってたんだよ? 僕も頼まれた」
「そうだったのか。そっか。それで」
あのサイシャーンに頭を下げられたら普通は嫌とは言えない。先ほどのバファリソンの謝罪もサイシャーン効果だったのだろう。まったく、なんて大したひとなのかと、妄想の中でサイシャーンにキスをした。
「それなのに、どうしてエメザレと二人きりでこそこそと行動したがるの? それじゃ総隊長が頭下げた意味ないじゃん! 僕はそういうの酷いと思う。それにエスラールはエメザレのことを僕とは違う目で見てる」
「違う目ってなんだよ」
エスラールは言ったが、確かにエメザレはヴィゼルとなにかが違う。例えヴィゼルとキスする羽目になってもたぶん恥かしいとは思わないだろう。ただ笑い話が一つ増えるだけだ。でもエメザレは違う。昨日のようなことがもう一度あったら、と考えるとなんだか得体の知れない自分が覚醒してしまうような気がして恐ろしいのだ。今まで一生懸命塞き止めていたなにかは崩壊してしまうだろう。
「本当のこと言ってよ。エスラールはエメザレが好きなの? それは恋なの? 愛なの?」
「俺はエメザレを……」
友達として好きだ。と言おうとしたが、それよりも先に気付きたくないことに気付いてしまった。
もしかして、あの時、エメザレと出会った瞬間から自分はエメザレに恋していたのではないか。エメザレの魂がまだ美しいのだと、なぜかあの瞬間に、自分にだけわかった。それは特別で、運命で、どんなことがあっても葬り去ってはならない真実なのだと、きっとその時、思っていたのだ。
でもエスラールの中には強烈に同性愛を否定する気持ちがあって、というよりもヴィゼルを大切に思う気持ちがあって、エメザレに惹かれた自分を認めたくなかった。
サイシャーンもエスラールならばエメザレと友人以上の関係にならないだろうと踏んで、エメザレのことを頼んだのだ。エメザレを好きになるということは、サイシャーンからの信頼も裏切ることなる。エスラールはこの二つをどうしても失いたくなかった。
だから何事もなかったかのように無視して、とぼけて、否定した。ヴィゼルのために。心地よい友情のために。大切な信頼のために。
だが、ヴィゼルはエスラールの気持ちをはなから察していたのだろうと思う。だから恋じゃないのかと聞いたのだ。違うと思っていた。違うと信じたかった。色々な理屈をこね回して、これは恋なんかじゃないと言いたかった。自分が同性を好きになるはずがないと笑ってやりたかった。
しかしそうではなかった。エスラールはやっと理解した。もう自分に嘘をついてはいけないのだ。元々いつまでも自分を欺き続けられるほど器用な性格でもない。ここで本当の気持ちを言わなければ、自分に嘘をついてまで、どうしても守りたかったヴィゼルとの関係は再生不可能なほどに崩れてしまうだろう。ひとの関係というものは強固なようでいても、とても繊細で、一度変わってしまうと二度と同じようには形成されない。終ってしまうか、変わってしまうか、似たような形で継続されるだけだ。
ヴィゼルのとの関係は変わってしまった。似たような形で続いたとしても、二度と完全にはならない。それでもヴィゼルとはずっと友達でいたかった。そのために、エスラールは本当の気持ちをここで解放しなくてはならなかったのだ。
ヴィゼルが間抜けで不細工で可愛らしい、つぶらな瞳を潤ませて、エスラールの言葉の続きをじっと待ち望んでいる。
もういいよ。
知らないもう一人の自分が頭のどこかでそんなことを囁いた。
「好きだと思う」
すごく小さな声だった。なんだか自分が言っている自覚がない。ヴィゼルはなにも言わなかった。
「会ったときから、その瞬間から、たぶん好きだったと思う」
エスラールはもう一度言った。ヴィゼルに対してというより自分に確認していた。
ヴィゼルが信じられないというような、やっぱりというような、複雑な表情をしてしばらく固まり、そしてエスラールの胸から飛び退いた。
「最低だ! もう、エスラールのバカーーーーーっ!」
と言って、ヴィゼルは大量の汁類を撒き散らしながら走っていってしまった。
追いかけたいとは思ったが、殺人事件の解決をないがしろにするわけにはいかないし、お互いしばらく頭を冷やす時間が必要だろう。
「すまぬ。ヴィゼルよ。愛の友よ」
ヴィゼルのことが気になりながらも、エスラールはエメザレの後を追った。
さてエメザレは二号寮のどこへ行ったのか。探すのが大変そうだ、とため息をつきサロンを出ると、そのすぐ脇にエメザレが立っていた。
「待っててくれたのか」
「だって一緒に行くってエスラールが言ったから。それに怒られたくないし」
「話、も、もしかして聞こえてた?」
サロンは広いが、障害物がないので声がよく通る。エスラールは微妙に震えながら聞いた。
「ヴィゼルが叫んでたのは聞こえたよ。放っておいていいの? 大切な友達なんでしょう?」
エメザレが心配そうな顔で聞いてきた。その答えにエスラールは胸を撫で下ろした。愛の告白が丸聞こえとは恥かしすぎる。しかし先ほどの言葉は、まるで違う自分が思わず口走ったかのようで、不思議なほど現実味がなかった。
「大丈夫。仲直りできるよ。ユドの命がかかってたってわかれば、ヴィゼルは理解してくれるさ。いい奴だもん」
「ごめんね」
「エメザレのせいじゃないよ。行こう」
謝るエメザレの肩を叩いて、エスラールは明るく言った。
◆
「で、どこ行くの?」
エスラールはずんずん進んでいくエメザレの背に聞いた。
「とりあえず、ミレーゼンのところに行く」
「げ。よりにもよってあいつのとこかよ」
なにしろエスラールは昨日、ミレーゼンの元気な逸物をまじまじと見てしまったのだ。そんな相手とどんな顔をして合えばいいのだろうか。エスラールの頭の中で、昨日の逸物の残像が駆け巡る。絶対に気まずい。苦笑いが浮かんできた。
「ミレーゼンはサディーレとそこそこ仲が良い程度の付き合いだったけど、彼はひとの心を読む天才だからね。サディーレの子分どもに話を聞くより参考になるよ」
「心を読む天才って恐ろしいな」
あんな変態に心を読まれたくない。エスラールは心の底からそう思った。
「あ、待って」
訓練場を突っ切る途中でエメザレは止まると、東に進路を変えた。
「ミレーゼンは確かこの時間、いつも図書室にいたはずだ。図書室に行こう」
図書室は東棟にある。二人は東棟へ向かった。
世界中にどれだけの書籍があるのかは知らないが、ガルデンの図書室の品揃えは申し分なかった。いや、本を読むのが嫌いなエスラールが申し分ないと思っているだけで、本好きから言わせれば、もしかしたら足りないのかもしれないが。
ただ、古いものから比較的新しいものまで揃えられているし、シクアス語の雑学本やダルテス語の古典文学もあるのは、本を読まないエスラールから見てもすごいことだとわかった。東棟を占める割合も、西棟の礼拝堂ほどではないがそこそこ大きい。
図書室に入ると、真っ先に目に入るのは綺麗に並べられた机と椅子だ。少なくとも百人は座れるだろう。本が好きなひとびとは、訓練が終ると真っ先に図書室に集うのか、すでに十五人ほどが椅子に座り、各々別世界に旅立っていた。
エスラールは図書室が苦手だった。この静寂さに鳥肌が立つ。こういうじっとしていなければならないところや、礼拝堂のようにかしこまっていなければならない空間が、どうにも苦手だ。行動を制約されると反動が起こるのだと思う。長く居ると唐突に踊りだしたくなるのだ。
とりあえず見渡してみたが、見た限りではミレーゼンはいないようだ。
「いないな。やっぱり二号寮じゃないか」
身体が痒くなってきたエスラールは早く図書室から去りたかった。
「たぶんエロ本の棚にいるよ」
「エロ本!?」
エスラールの叫びは、閑静な図書室の中でエコーした。慌てて両手で口を塞いだが、もちろんアホのように目立っている。
「ごめん。エスラールにエロ耐性ないこと忘れてた」
「うむ。頼むよ。てか図書室にエロ本コーナーなんてあんのかよ」
エスラールはこれでもかというほどの小声で聞いた。
「シクアス語の大衆演劇のシナリオ小説はだいたいエロいんだよ。だから二号隊ではそう呼んでたんだ。こっち」
シクアス語じゃ俺読めないなぁと微妙にがっかりしながらも、エメザレの後についていくと、棚と棚の間に座り込み、本に没頭しているミレーゼンがいた。棚の二段目に足をかけ、反対側の棚にもたれかかっている。横顔が美しく、足が長いので絵にはなっているが、かなり邪魔でフリーダムだ。しかしミレーゼンは、ここは我がテリトリーとばかりに全く気にしていない。なにしろ合体現場を見られても動じない神経の持ち主なのだ。ひとの迷惑など考えないのかもしれない。
ミレーゼンは、相当に本の世界に没入していたのか、二人が近付いても本を読み続けていた。
「いたいた。ミレーゼン、聞きたいことがあるんだ」
エメザレの声でミレーゼンは面倒くさそうに顔をあげたが、声の主がエメザレとわかるといやったらしく口の端をあげた。その笑い方が昨日の出来事を思い起こさせる。なんだかぞっとした。
「エメザレか。と、そっちの顔のヤバい奴はエスラールだっけ」
意外にも敵意は含まれていない。ケンカには発展しなさそうだ。
「そうだけど、そんなに俺の顔ヤバいのか」
「うん」
「相当な」
ミレーゼンにきいたはずだが、なぜかエメザレまで即答してくれた。ちょっとショックだった。
◆
「サディーレのこと? ふーん。なるほど犯人探しをしようってわけか」
ミレーゼンは読みかけの本を開いたまま下に向けて、自分の腹の上に置いた。話を聞く気はあるらしいが、上体を起こす気はないらしい。
「サディーレと、そこそこ仲良かったよね」
「あいつは本が好きだったからな。俺も本が好きだし、話は合ったな。サディーレって奴は多くの子分を欲しても、友人はあんまり欲しがらないタイプのようだし、友人に一番近しい存在は案外俺だったのかもしれない。けどな、エメザレ。シマ先輩の命令を忘れたのか? シマ先輩はこの殺人事件には関わるなと言ったんだ」
「わかってるよ。だから僕はロイヤルファミリーを抜けたんだ。僕は今や完全なる一号隊だ。もうロイヤルファミリーの統制下には属してない」
エメザレとミレーゼンのだけの会話になりつつある。いなかったことにされている感があるが、エスラールはおとなしくしていた。
「お前はな。だが俺はこれからも二号隊だ。ということは、だ。俺がサディーレの情報をお前に言ったとして、それが犯人探しの手掛かりになったとすれば、俺は間接的に犯人探しに協力したってことになる。そうなれば少々の罰は覚悟せねばならない。悪いが俺はシマ先輩を敵に回したくない。おっそろしいひとだからな」
「そう言うと思ってた。じゃあどうしたら協力してくれるの」
「ま、ここ、座れよ」
ミレーゼンは自分のすぐ横をぽんぽんと叩いた。エメザレが素直にそこに座ると、ミレーゼンはまるで恋人を扱うようにエメザレの腰に手を回して抱き寄せた。
「おい、なに考えてんだよ! ここ図書室だぞ!」
びっくりしたのはエスラールだ。だがミレーゼンはきれいさっぱりエスラールを無視し、当のエメザレは全く動じた気配もなく、回された手を慣れた手つきで振りほどいた。が、ミレーゼンは再度エメザレの腰に手を回し、エメザレの顔にくっつくギリギリのところまで顔を近づけた。
「なぁエメザレ、個人的に俺と付き合わないか?」
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