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帝立オペレッタ13(君の素敵な制服)


こんにちは、エメザレくん。
きみとこうして文通を始めてもう半年がたつのですね。手紙の中でだけでもきみと友達になれてぼくはとても幸せだと思います。

ところで、ききたいのですが、変なうわさを耳にしました。きみが色々な教師と寝ているといううわさです。ぼくはそのうわさが本当であることを知っています。なぜならばぼくは常にきみを見ているからです。きみがぼくを見ているように、ぼくもきみを見ているのです。

きみの、ああいう声をきいているとぼくはいつも辛い気持ちになります。きみはさそっていますよね。きみのようなひとにさそわれると、あのひとたちは抗えないのです。可哀想ですね。とても可哀想です。

きみはなにを考えているのですか? あのひとたちは言っていますよ。きみが堕ちたと。どうしてこんなことをするのですか。ぼくのせいなのでしょうか? だとしたら、ぼくはとても傷つきます。そんなこと、しなくていい。望むだけムダです。きみが、きみの肉体が魂が、傷付き、死に絶えるだけです。ぼくたちは、だまって耐えるしかないのです。

きみのことがわからない。こんなにいつも見ているのに、こうして心を打ち明けあっているのに。それでもきみがわからない。
きみを抱きしめたらなにかわかるでしょうか?
いや、やめましょう。ぼくたちはふれ合わない、すう高な関係を続けましょう。

でもいつか、いつか、会って話をしましょう。それがいつになるかはわかりません。あのひとたちが消え去るのを待つしかありません。ぼくたちはそれ以上を望んではいけないのです。

大好きなエメザレくん、ぼくたちは帰りたいと思いませんか?
どんぐりがたくさん落ちているところです。お日様の匂いがする、安全でとても暖かいところです。

ぼくはどうしようもなく悲しくて、死んでしまいそうなときに、いつもそう思います。
そこはどこなのでしょうね。ぼくは行ったことがありませんが。
でも帰りたいと思いませんか? そういう、なんの苦痛のない場所へです。
ぼくたちは、たとえば眠るのと同じように、そこに帰ることを自然に求めているのです。生きているひとびとはみんな、そこへ帰りたいのです。

きみと一緒に帰りたい。そんな場所にふたりで帰りたい。
愛しています。ぼくの親愛なるキスがきみのところへ届きますように。


◆◆◆
 
 突如ひやっとした感覚が顔を覆い、エスラールの意識は現実に呼び戻された。眠くて死にそうだが、エスラールはなんとか半目を開いた。

「ごめん。エスラール」

 すぐ傍に、しょんぼりして泣きそうなエメザレがいた。エメザレは毛布に包まったままの姿で床にへたり込み、エスラールの顔の傷をやんわりと撫でている。
起床のベルはまだ鳴っていないが、どうやらもう朝らしい。しかし、頭が割れるように痛い。首もおかしいままだ。身体を起こそうとすると、腰やら足やらにも小さい痛みが走った。まるで老人にでもなった気分だ。

「おはよ……」

 エスラールは根性で起き上がり、力なく言った。エメザレはこんな表情もするのかと思うほど、明らかに落ち込んでいるらしかった。

「ごめん」
「いいよ。大丈夫」

 ここまでくると、もはや意地だなと思いつつエスラールは笑って見せた。

「顔、すごいよ。なんか土に還りかけてる怪物みたいだよ」
「それはひどい。でも、まあ、元々たいした顔じゃないし、お嫁に行く予定もないから平気だよ」

 土に還りかけた怪物とは一体どんな顔なのだろうかと心配になりつつも、冗談めいた口調で言うと、エメザレは少し安心したような顔をした。

「回し蹴りしてごめん。それと勝手に二号寮に行ったのも謝るよ」
「うむ」

「ついでにキスしたのも悪いと思ってるよ。でもそうでもしないと君に勝てないと思ったから……卑怯だったよね」
「いや、あ、あれは……」

 昨日ミレベンゼに言われたことを思い出し、エスラールは身体中が熱くなるのを感じた。
エメザレにしてみれば、キスなどし慣れていて、どうということもないだろう。あれに深い意味なんてない。
 エスラールは自分にそう言い聞かせた。

「君のこと信じるよ。エスラール。君を信じるよ」

 唐突に言われたので、なんだか夢のような気さえした。
 エメザレは恥かしそうに、というより半分苦しそうにうつむき、エスラールの右手を両手で包み込むようにしながら握り締めた。

 そのエメザレの手の冷たさがエスラールの体温に溶け込んできて、これが夢ではないのだとわかった。十六年の人生でここまで嬉しい言葉を聞いたことがない。この全身の痛みが無駄に終らなくて本当によかった。土に還りかけた怪物になった甲斐があるというものだ。本当に本当によかった。

「ありがとう」

 エメザレの手をしっかり握り返してエスラールは泣きたいほど微笑んだ。

「だから君にだけ本当のことを教える。僕の真意を話すよ。でも君にだけだ。サイシャーン先輩には言わないで。僕はあのひとを信用できない」

「総隊長はいいひとだよ。今は。昔のことは知らないけど。なにかされたの?」

 うつむいたままのエメザレの頭にエスラールは優しくきいた。

「なにも。なにもされてないよ。直接はね。あのひとはなにもしないひとだ。誰がどんな目に合っても、仲間がどんなことをしでかしても、なにもしないでいられるひとだ。それは先輩の生き方だから、責めるつもりはないよ。僕だってひとのこと言えない。でも信用はできない」

 エメザレの言っていることは少しだけ理解できた。エメザレが言うように、サイシャーンが『なにもしないひと』だとは思わない。だが、サイシャーンはエスラールよりもずっと、割り切る能力を持っているひとだ。例え良心の呵責に苛まれたとしても、やりたくないことでも必要があれば、割り切ってできてしまうひとなのだ。もしくは、例えばユドが死刑になるのは仕方がないと言ったように、納得できずとも、受け入れることや諦めることが、しっかりできてしまうひとなのだ。悪いことだとは思わない。ただエスラールはそれをずっとサイシャーンが大人だからだと思っていた。

「総隊長に言えないって……なに考えてんだよ」
「僕は君を信用する。だから君も、エスラールも僕を信じて。お願い。言わないで。サイシャーン先輩にとめられたくないんだ。永遠に黙ってろってことじゃない。事件が解決したら、ちゃんと全部話す。先輩に迷惑もかけないから。だからそれまで黙ってて」

 エメザレはまるで祈るように、エスラールの手を痛いくらいに強く握り締めた。

「事件が解決したらって、エメザレ、事件を解決するつもりか?」

「昨日、先輩の話を聞いて、半分くらいは解けた。と思う。僕は切り札を持ってる。ユドはサディーレを殺していない。僕ならユドを助けることができる」

 エメザレが顔を上げた。エスラールはその一生懸命な顔をじっと見つめた。
 切り札とはなんだろうか。エメザレはなぜユドを助けようとしているのだろうか。色々な疑問が頭を駆け巡った。なにをしようとしているのか、全くわからない相手を信じてしまっていいのだろうか。場合によってはサイシャーンを裏切ることにもなりかねない――だが、やはり目が綺麗だ。造形もそうだが、それ以上に淀みない意思を感じるのだ。意識の根底で泥まみれで眠っている形なき美しさが見えるのだ。エスラールにひとの心は読めない。でも、ひとを信じるセンスには自信がある。

「わかった」

 エスラールはうなずいた。

「言い訳に聞こえるかもしれないけど、昨日、僕が二号寮に行ったのはロイヤルファミリーと宴会の犠牲者を辞めるためだ。あと最後にお別れが言いたかったのと、どうしても言いたいことがあったから。辞めた理由はもちろん、君とサイシャーン先輩がやめろと言ったからというのもある。でももう一つ理由がある」

 エメザレは人差し指をぴんと立てて言った。

「もう一つ、理由?」
「うん。サディーレ殺しの犯人を見つけるためだ」
「ほえ」

 少々意外な理由にエスラールはぽかんとしたが、その考え自体は素晴らしい。なんだかエメザレがかっこよく見えた。

「ん? でもなんで犯人を見つけるために、ロイヤルファミリーを辞める必要があるの?」

「ロイヤルファミリーは、いや多分、二号隊全員だろうけど、みんなユドは犯人じゃないと思ってる。当初ロイヤルファミリーで犯人探しをしようという流れがあったんだ。でも総監側がユドを犯人ということにして、事件を収拾させたがっていることと、僕が突然に転属になったことで、思っているほど単純な事件じゃないと察した。下手に首を突っ込むとやっかいなことになるかもしれない。それでシマ先輩はこの事件に関して、勝手な捜査や推論や推理を一切禁止にしたんだ。僕がロイヤルファミリーである限り、なにかしようとすれば邪魔が入る」

「でもさ、ロイヤルファミリーを辞めても邪魔しようとすれば邪魔できるじゃん……」

「いいや。僕はもう完全に一号隊になったから、ロイヤルファミリーは決定的な理由がない限り、僕に手出しできない。ロイヤルファミリーと二号隊はものすごく細かいルールに縛られているんだ。ロイヤルファミリーは理由なく暴力を振るえない。直接けんかを売ったり、昨日みたいに宴会の邪魔したらまた話は別だけど、それは防衛であって、基本的にロイヤルファミリーはルールを破った者に制裁を加える権利を持っているだけなんだ。僕はもうルールの適用外だ。いくらルールを破っても制裁は加えられない」

 エメザレは自信たっぷりに言った。
 エスラールは、ロイヤルファミリーが理不尽な暴力や恐怖で二号隊を支配しているのだと想像していたが、どうも違うようだ。ルールがどのようなものであれ、ロイヤルファミリーの立場は例えるなら法の番人であり、同時に制裁機関でもあるということらしい。しかしルールを作って従うならば、どうせならもっとみんなが納得できるような、できれば幸せになれるようなルールを考えればいいものを、誰が最初にそんなルールを作ったのだろうかとエスラールは不思議に思った。

「なるほど。なんとなくわかった。でもそこまでして、どうしてユドを助けたいの? というか、どうして助ける気になったの? 話をきく限りでは一昨日までは思ってなかったんだよね?」

「僕とユドは友達なんだ」
「事務的なことを話したことしかないってのは嘘だったのかよ?」

 なかなかすごいカミングアウトだ。ユドがエメザレと友達だったとすると話が結構変わってくる。エスラールは冷静さを欠いた。

「それは本当だよ。僕たちはあまり話したことがない。より正確に言うなら、僕は昨日サイシャーン先輩の話を聞くまで、ユドが僕を友達だと思っていたと知らなかった」
「はぁ? それ、どういうこと?」

 話をしたことがない友達、というのがよくわからなさすぎる。エスラールは首を傾げようとしたが、鋭い痛みが走ったので諦め、心の中で首を傾げた。

「それを話すととても長いことになる。なんて説明すればいいか……。エスラールは、シマ先輩の傷がどうしてできたのか知ってる?」
「あ、それ、俺も謝らないといけないんだ」

 エスラールは気まずくなって言った。とぼければバレないだろうが、エスラールはそういうところで変に律儀だった。

「え?」
「昨日、ミレベンゼに聞いちゃったんだ。エメザレがシマ先輩の顔、ブーツで蹴ったこととか、半年後になぜかシマ先輩のところへ戻ったこととか。聞いてから本人に聞けばよかったと思って」

「いや、それはいいよ。二号隊なら誰でも知ってることだし。なら話が早いな。その僕がシマ先輩から遠ざかってた半年間、僕の代わりはユドになってたんだ」
「え、じゃあ、エメザレはユドを助けるために戻ったの?」

 エスラールが問うとエメザレはゆっくり首を振った。

「違う。ユドでなくても僕はシマ先輩のところへ戻らなければならなかった」

 まるで使命でも帯びていたかのような口ぶりだ。

「理由は誰も知らないってミレベンゼは言ってたけど」

「それに答えるなら、僕はあることに気付いてしまって、そうしなければいけなくなったから。もしくはそういう呪いにかかってしまったから、かな。とにかく君も思ったとおり、シマ先輩のところに僕が戻ってきたってことは、ユドからしたら助けられたように感じたんだろうね。事実、状況的には助けたことになってしまうし。それが理由だと思うけど、ユドはその少し後、僕に好きだと言ってきたんだ」

 エメザレはやはりシマのところへ戻ってきた理由を言いたくないようだ。呪いってなんだよと突っ込みたい気持ちはあったが、多分聞いてはいけないことなのだろう。エスラールは堪えた。

「好きって、それは告白ってこと? それで、エメザレとユドは付き合ったの?」
「いいや。その好きというのも、どういう意味合いなのか微妙だったし、シグリオスタでは弱者が群れることはなんとしても避けねばならなかったから――ほら、群れていると目立つでしょう。余計にひどい目に合うんだよ。だから誰ともなく群れないよう心がけていたら、それが半ば規則のようになってしまったんだ。だから、僕は無理だと答えた。けれども僕はユドの気持ち自体は嬉しかったんだ。そんなことは言わなかったけどね。そのかわりに僕はユドにどんぐりをあげたんだ」

 エメザレは少し恥かしそうに言った。

「どんぐり? ってあの木の実のどんぐり?」
「そう。どんぐり。友達に貰ったんだよ。三つね。その一つを彼にあげた。僕のとっても大切な宝物だって言ってね。僕がユドにしたことはたったそれだけだ。でもユドはその日のことを未だに忘れていなかったのかもしれない」

「だからユドはエメザレを犠牲者から外せって言ったのか。もしかして反王家勢力の本当の目的とは関係ない?」

「というか、ユドと反王家勢力は関係ない。多分、ユドがサディーレの部屋に来た時、もう既にサディーレは死んでいたんだよ」

「そうか、ユドはサディーレが殺されていることを利用して、エメザレを犠牲者から外させることを思いついたのか!」

 サディーレの死体を発見したユドが、サディーレの死体を再度めった刺しにしたのなら、一見してユドがサディーレを殺したように見えるし、ユドがサディーレを刺せたことに説明がつく。いくらサディーレが強くとも、死んでいればユドでも簡単に刺せる。
 それに、昨日ミレベンゼが言っていたことが正しいとすると、もしエメザレが犠牲者に立候補していなければ、ユドが犠牲者に選ばれていたことになる。過去にも意図がなかったにしろユドはエメザレに助けられ、しかも告白までしている。ということは、ずっと自分の身代わりになってくれていたエメザレに、ユドが感謝し続けていたとしても不自然ではない。

「そう。それなら全て説明がつくんだ。誰がなんの目的でどうしてサディーレを殺したのかまではわからない。だけど、仮説をいくつか思いついた。一つ一つ調べていけば犯人を突き止められるはずだ。それと反王家勢力のことだけど――」

「起床――――――!!!」

 エメザレの話を遮って、起床のベルが響き渡った。同時に時象塔の鐘も鳴り渡り、頭が痛いせいか、いつもよりさらにけたたましく、殺人的に感じられた。
 エメザレは毛布姿で立ち上がり、ドアのほうを見た。
 起床係が走り回っている他は、まだ静かだ。

「待って、この話はまた後で。たぶんもうすぐサイシャーン先輩が来る。先輩にはユドのこと、まだ言わないで。君にはあとで全部話す。今日の訓練が終ったら話すから。とりあえず着替えよう」

 エメザレに言われてエスラールは、もそもそと毛布から抜け出した。

「でも俺、嘘つくの苦手なんだけど」
「じゃ、僕がうまくやるからエスラールは適当に話合わせて」

 エメザレはにっこりと笑って言った。その笑顔はどこからどうみても綺麗な印象の美少年だが、末恐ろしいものを感じてエスラールはぞっとした。将来、絶対になにかすごいことをしでかしそうな気がする。

「あ、そうだ。昨日、エメザレの制服にボタンつけといたよ」

 エスラールは一応チェストにしまっておいたエメザレの制服を出して渡した。

「つけてくれたの? ありがとう」

 エメザレはびっくりした顔をして制服を受け取った。それから少し気まずそうにエスラールの制服を差し出した。制服はいつの間にはきちんと畳まれていて、手で丁寧に伸ばしたのか、貸した時よりもパリっとしている。

「昨日、これ着て宴会に行ったけど、ちゃんと始める前に脱いで、汚れないところに置いておいたから、大丈夫だと思うよ。さっき見たらどこも汚れてなかった。だから安心して。それと制服、換えてくれて助かったよ。僕、嬉しかった」

「そっか。よかった」

 エメザレが色々考えてくれていたことが、ちょっと可愛く見えて、エスラールは妙に照れながら制服を受け取った。

「君の制服は素敵だね」

 エメザレはそう言って微笑んだが、エスラールにはエメザレがなにを言いたいのかわからなかった。制服などデザインはどれも同じだし、特別な仕様もない。もしかしてエメザレの制服はサイズが合っていないのだろうかと思った。

 制服に着替え、ブーツを履いていると、二〇ニ号室のドアを叩く音がした。ノックするということは、おそらくサイシャーンだろう。うまくごまかせるだろうか。エスラールに緊張が走った。

「先輩、おはようございます」

 エメザレがドアに向かって言うと、ドアは静かに開き、サイシャーンがお馴染みの鉄面皮で入ってきた。

「おはよう」

 と言ったサイシャーンの前にエメザレが立ちはだかった。サイシャーンがエスラールの近くへ行くのを微妙に阻止しているらしい。

「なにか、その、報告することはあるか」

 サイシャーンはエスラールに聞きたかったのだろうが、エメザレがそこに立っているので、仕方なくといった感じでエメザレに聞いた。

「特にないですよ。そうですね、強いて言うなら僕がちょっとエスラールをからかったら、慌てたエスラールがベッドから落ちて床に顔面を強打して首を痛めて鼻血を出して死にかけたくらいです」

「そうなのか、エスラール」

 サイシャーンは首を横に大きく傾け、エメザレの後ろを覗き見た。

「え、え、ええ、え、ああ、は、はい」

 エメザレの側面から、にょきっと生えたような、サイシャーンの鋭い顔に睨まれて、エスラールは焦りまくった。しれっとしているエメザレとは正反対だ。
 サイシャーンはエスラールの顔を見ると、無表情ながらも、どことなく憐れみが感じられるような表情をした。

「顔がものすごいことになっているぞ、エスラール。まるで土に還りかけているジャガイモのようだ」
「ははははは」

 本当に自分はどんな顔になっているのだろうか。つまりボコボコになっているということか。ここまで気になったことはないというほど、エスラールは自分の顔の現状が気になった。

「まさかとは思うが、エスラール……」
「違います。なにもないです! 如何わしいことは断じて、断じてやってないです。僕はまだピンピンの童貞です!」

 エスラールは慌てるあまり、なぜか敬礼した。

「ふむ」

 サイシャーンは一応納得したらしく、エメザレのほうに向き直った。

「ところで、エメザレ。総監からお呼びが掛かった。君の話をもう一度ゆっくりと聞きたいそうだ。明日の朝、洗顔を済ませたら総監室に行きたまえ。朝食は是非一緒に、と言っていたが、気をつけろ。総監は君をよく思っていない。そして総監の悪い趣味は健在だ」
「望むところですよ。むしろそっちのほうがやりやすい」

 エメザレの声は刺々しい。
 悪い趣味というのは多分、男に対して欲情する癖が直っていないということだろう。外に出れば直ることもあるが、一生直らないこともあると聞いたことがある。
まさかエスラールが総監の所にまでついて行くわけにはいかないが、ついて行けないのが悔しく思える。

「エメザレ」

 サイシャーンは諭すように厳しい声を出した。

「冗談ですよ。気をつけます」
「では朝食の時間だ。遅れるな」

 エメザレの返事に深く頷くと、サイシャーンはお手本のように迅速な回れ右をし、部屋から出て行った。
 その広い背中をしげしげと見つめて、無性に抱きつきたい衝動に駆られたが、抱きつく代わりにエスラールは自分のことを力一杯抱きしめた。



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