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帝立オペレッタ08(無の神)※エロ注意



 何度歩いてみても、誰もいない静かな廊下は自分にふさわしい気がしてならない。なぜそう思うのかは知らないが、とにかく誰もいない場所というのが自分には似合っていると思うのだ。

 午前の訓練はもう始まっているだろうか。
 エメザレはそんなことを考えながら、西棟の廊下をゆっくり歩いていた。

 エスラールは朝食に現れなかった。サイシャーン総隊長もだ。
ガルデンには朝食を取らなくてもいい自由はない。食事であろうとも、遅れれば遅刻の扱いであり、遅刻は処罰の対象だ。もちろん食べ損ねた食事は二度と出てこない。
エスラールは確かに起きていたし、あの後で二度寝をするというのも考えづらい。それに総隊長が遅刻するというのも有り得ないほどの失態だ。ただの遅刻には思えなかった。

 もしかして僕のことを二人で話しているのだろうか。いや、自意識過剰なだけか。処罰を受けてまで、話し合う必要がどこにあるというのだ。きっと考えすぎだ。

 石造りの廊下は歩くたびに硬い音を響かせる。けして温かみのある音ではないが、静かな廊下で僅かに反響する無機質な音が、エメザレはとても好きだった。

 西棟には厳かな雰囲気がある。どでかい礼拝施設が置かれているせいだ。クウェージアでは夜の神、エルドを崇拝しエルド教を国教にしている。日の沈む西側は神聖な方角とされているので、礼拝施設は絶対西に置かれるらしい。西棟の半分以上を礼拝施設が占めており、千人がかなり余裕を持って座れる広さがあるのだが、そんな余分があるならば食堂をもっと広げてほしいといつも思う。

 右手に現れた礼拝施設の表の壁は真っ白く、黒を基調とするガルデンの内装の中では明らかに異質だ。礼拝施設の中では十メートル弱の巨大なエルド像が、穏やかな微笑みを湛えて無償の愛とやらを振りまいてくださっていることだろうが、今は中に続く扉は全て硬く閉ざされている。日の昇っている時間帯に祈ることは許されていないのだ。

 だが目的の場所はここではない。とくに神にすがりたい気分でもない。エメザレは礼拝施設を通り過ぎ、更に奥へと向かっていった。

 どでかい礼拝施設に比べると、たいそうこじんまりした印象の医務室は西棟のたいぶ奥まったところにある。廊下は行き止まりで、医務室に用がない限りは立ち入らない場所だ。エメザレは医務室の扉をノックすることなく、静かに開けると部屋の中に倒れこんだ。

「大丈夫?」

 慌てた声がして、エメザレはすぐに、駆け寄ってきた先生に抱き起こされた。

「すみません。すごく気分が悪くて……」

 弱々しい声で訴え、エメザレは顔を上げて先生を見た。先生は優しそうな顔立ちで、三十の半ばくらいに見える。少し長めの黒髪は緩やかなウェーブがかかっており、垂れ目がちなのもあいまって、全体的に温和な雰囲気がした。嫌味ではない程度の適度な気品も持ち合わせていて、目元になんとも言えない大人の色気があり、麗しいという言葉が似合う。エメザレの肩を抱く大きな手は力強く暖かくて、先生が大人の男性であるということを実感させた。

「君か。また調子が悪いの? 大丈夫?」

 先生はゆったりとして擦れた声で囁き、大切な子供を抱きしめるようにエメザレを抱擁した。

「いつもは我慢できるくらいなんですが、今日は立っていられないほどひどくて。足に力がはいらないんです。それに身体中が痛い……。訓練に向かう途中で倒れそうになったから、教官になにも言わずに来てしまったんですが……」

「とりあえず、ベッドに横になりなさい。立てる?」
「はい」

 エメザレがよろけながら立ち上がると、先生はエメザレの腰に手を回して、少々強引に引き寄せ、身体を密着させるようにして支えた。嫌というほどでもなかったのだが、無意識に身体がびくついてしまい、先生は支える腕の力をそっと弱めた。

 医務室の診察スペースの奥にはベッドが三台あり、衝立(ついたて)でそれぞれ区切られている。エメザレは一番手前のベッドに連れて行かれ、そこに座らされた。

「午前の訓練の教官は誰?」

 先生はエメザレの肩に手を置き、顔を近づけて聞いた。

「ナルビル教官です」
「わかった。僕がナルビル教官に言ってくるから、君は横になって休んでいるといい」

 違和感のない動作で、小さい子供の頭を撫でるみたいに先生はエメザレの頭を撫でる。

「ありがとうございます」

 エメザレが言うと先生はにっこり笑って、医務室から出ていった。
 ブーツを脱いでベッドに身体を横たえると、途端に疲れが襲ってきた。ここまで身がもっているのが不思議なくらいだ。魂的に寝ている状態とはいえ、身体のほうは寝ていない。そりゃあ疲れるさ、とエメザレは思った。
 ただエメザレは十六と若かったし、見た目よりはるかに頑丈にできていた。これが見た目の印象どおり脆弱でありでもしたら、十年も生きられず、すみやかにくたばっていたことだろう。

 医務室のベッドはあまり使われないせいか、それとも薬品の匂いが染み付いているせいなのか、清潔な香りがする。なんだか心が安らいで眠りたくなったが、エメザレは目を閉じなかった。

 医務室には何度が来たことがある。そうそうあることではないが、毎日のように犯されていると、朝になってもうまく立てないことがあるのだ。エメザレには犯されているときの記憶がほとんどない。最初の方は覚えているのだが、途中から意識が混濁して他人事のようになり、いつの間にか意識がなくなっている。だから立てなくなる原因はよくわからない。犯されかたが悪かったのかもしれないし、相手の人数がいつもより多かったのかもしれないし、単に体調が悪かったのかもしれない。ともかく、うまく立てないとなると訓練にならないので、そういうときは休むしかない。訓練を休むには医務官の許可が必要であり、休むときは医務室のベッドを使うことが義務付けられていた。

 先生とはその度に顔を合わせているわけなのだが、どうも自分を見る目がおかしいと感じていた。不思議なことではない。ガルデンに勤務する教官は医務官も含めて、全員がガルデンの卒隊者なのだ。ガルデンを出たからといって、悪い癖が治るとは限らない。いや、治らない場合のほうが多いかもしれない。実際、エメザレは異性を愛せる自信がなかったし、異性と関係を結ぶというのも全く想像ができなかった。

 幼いときから性的な対象として見られることの多かったエメザレは、相手にその手の気持ちがあると、すぐに察することができた。それはある種の危険を回避するために勝手に身についた防衛本能のようなものだ。

 エメザレは可能な限りそういった人物とは距離を置くようにしていたが、医務官となるとそうもいかない。先生の気持ちに気がついていたが、いつもは知らぬふりをしてひたすら寝続けていた。迷惑や嫌悪を感じているのではなくて、相手をするのが面倒なうえに、これ以上肉体関係を結ぶ相手を増やしても、なんの利益にもならないと思っていたからだ。

 衝立越しにドアが開く音がして、先生が戻ってきたらしいとわかった。

「言ってきたから、安心して休みなさい」

 先生はベッドの横に立ってそう言いながら、毛布の上から腹の辺りを優しく撫でてくる。触れかたがあまりに微かなので、こそばゆく、笑ってしまいそうになった。

「助かります」

 エメザレは気にしていないように装って微笑んだ。

「いいよ。たまにはゆっくりするといい。君も大変だろうから」

 寝ているエメザレの頬を愛しそうに触れて、先生は目を細める。

「そういえば、君は一号隊に転属になったんだね。同室の子とはどう? というか昨日、鼻血を噴出しながらここに来たよ。あの子だよね? いつも結構目立ってる感じの、茶髪で愛嬌があって笑うと可愛い子。君に投げ飛ばされたと言ってたけど、あの子ってそんなに弱かったっけ?」

「そうです。その子です。ほとんど僕のせいなんですが、同室生活はあんまりうまくいってなくて。昨日投げ飛ばせたのは、彼が僕の顔を見てぼーっとしていたからで、実際は僕と互角くらいなんじゃないかと思います」

「ああ、見惚れてたんだね。無理もない。君は可愛いものね」

 先生は可笑しそうに肩を震わせて笑った。

「うまくいってないのはどうして?」
「いつもそうなんですよ」

 先生の問いに答えず、エメザレは言った。

「いつも? 前から知り合いだったの?」

「いえ、話したことはないんですが、廊下ですれ違うたびに僕の顔をガン見してくるんですよ。普通、もっとこそこそ見ると思うんですよね。それに目が合ったら視線を逸らすものじゃないですか。それなのにあのひと、僕と目が合っても、それでも見てくるんですよ。だから顔と名前、覚えちゃいましたよ。まさか同じ部屋で住むことになるなんて……なんであのひと、僕の顔を見てくるんでしょう?」

「だから、それは君が可愛いからだよ。きっと君のことが好きなのさ」
「そんなことないですよ……」

 うまく説明ができなさそうだったので、エメザレは微笑んで誤魔化した。
 恋慕や色欲が含まれているなら、絶対にわかるはずだ。しかしエスラールの視線にはそれが全く含まれていなかった。嫌悪か同情なのだろうかとも思ったが、エスラールの表情からはそれも読み取れなかった。ガンをつけるほどの強い嫌悪なら、さすがに感付くだろうし、ガンをつけているにしてはあまりに無防備な見かただ。

 だからエスラールがなんのために自分を見ているのかがわからなかった。相手の真意が理解できないと、対処の方法がわからない。エメザレはそれが怖かった。

 エスラールはなにを見ていたのだろう。なにが見えていたのだろう。嫌悪だったのだろうか。同情だったのだろうか。なににも分類されない表情で、あんなに純真な瞳で、なぜ自分をじっと見るのだろうか。頭の中を暴かれてしまうのではないかと不安になった。

「ところで、どうして三本タイなんてつけてるんだい。息、苦しくない? 取って寝たら?」

「ああ、これ……実はボタンが取れてしまって」

 指摘されたので、エメザレは身体を起こして三本タイをほどいて見せた。制服のボタンは上の二つと、後は飛び飛びで三つほど取れている。三本タイを外すと制服の首元がだらしなく開いたままになり、普段なら隠れている鬱血痕が見えてしまう。

「こんなひどいことになってたのか……」

 先生はその痕を見て驚いたように呟いた。

「これで訓練に出るのは勇気がいりますよね。だから仕方なく三本タイで隠してるんです」

「そうだ、薬を塗ってあげよう。治りが早くなると思うから。上を脱いで」

 さも当然と言わんばかりの顔つきで先生は言ってくる。医務官なので正当性はあるのだが、それ以外の理由も含まれているのは明白だった。
 先生はベッドの向かいにある薬品棚から小さい壷を取り出した。

「でも、先生……」
「いいから、恥かしがることはない。脱ぎなさい」

 優しい口調で命令すると、先生は壷を足元に置いてエメザレの制服のボタンに手を掛けた。

「僕の身体、汚いから……」

 逃げるように少し身を引いたが、先生の手は離れなかった。

「そんなことない。君は綺麗だよ」

 甘ったるい言葉を恥かしげもなく囁いて、強引なのに優しさを失わない手つきでボタンを外していく。されるがまま、おとなしくしていると先生は全てのボタンを外して、上着を脱がせた。

「この痕、痛い?」

 あらわになったエメザレの上半身を、愛撫するかのように指先を這わせて先生は聞いた。

「強くされると、少し」「これは? 痛い?」

 乳首のすぐ脇につけられた、一番新しい鬱血紺を先生は強めに押してくる。鈍い痛みが走ってエメザレは身をよじった。

「痛っ。痛いです、先生」
「ごめんごめん。じゃ、ここに塗ってあげる」

 先生は楽しそうに笑うと壷の中の塗り薬を人差し指ですくって、乳首すれすれの箇所にねっとりとした薬を塗りこむ。

「……ぅ、ん」

 やんわりと乳首もなぞられて、エメザレは肌が粟立つような感覚に襲われた。身体が勝手にびくつき、その先への期待に打ち震えている。それが恥かしくて顔が熱くなった。先生の指先から逃れようと後退しかけたとき、ふいに先生がのしかかってきて、気が付くとベッドに押し倒されていた。先生は優美な顔を近づけてくる。

「僕の気持ちに気付いているんでしょ? ねぇ、今日は一日休んでていいから、いいでしょう?」

 先生は馬乗りになってエメザレを押さえつけながら、耳元で甘い擦れた声を出した。先生の顔は変わらずに優しげで、微笑んではいたが、エメザレの手首を掴む力はかなり強く、本気であることがわかった。

「先生、お願いがあるんですけど」

 抵抗する気がないと伝えるように、エメザレは冷静な声を出した。

「お願い?」
「総監に僕が会いたがっていると伝えてください。でなければ、僕が二号隊に戻りたいと望んでいることを伝えてください」
「……もしかして、仮病?」

 先生はちょっと怒った顔で聞いてきたが、エメザレは答えなかった。
 確かに下半身は重ったるくて調子がいいとは言えなかったが、訓練ができないほどではなかった。おおよそ仮病であっている。
 自分から誘うなんて、我ながら淫売に磨きがかかってきた、と自嘲したくなった。

「悪い子。容赦してやらないから」

 と言ってから、先生は噛み付くような荒々しいキスをして、ズボンの中に手を滑らせてきた。



◆◆◆

「ぃ……いやっ、や、いやぁぁああ!」

 両腕を押さえつけられたまま、足を折りたたまれて、前から犯されている。
 身体は完全に陥落してだらしなく足を開き、快楽を卑しくむさぼっているというのに、なにが嫌なんだろうと自分でも思う。
 中を突かれるたびに愉悦と共に中身のない空白が入り込んできて、腹の中でどんどん膨らみ、苦しくて内臓が破裂しそうな気分になる。

「そうやって、いやって言うとみんなが喜ぶの?」

 エメザレは力なく首を振った。

「それとも強姦プレイが好きなの?」

 先生は意地悪い声で言って笑う。
 身体中がよくないもので満たされているのがわかる。けれどもひとは有害なものを求めてやまないものだ。

「あぁ、ああああぁぁっ、いやぁぁぁ!」

 先生は激しく腰を打ちつけてくるが、行為に慣れきっている身体は痺れるような心地よさしか感じない。好きで好きで堪らないとばかりに先生のペニスを締め付けて、余計に快楽を増徴させ、制御できないほどの疼きと空虚に襲われる。

「そんな大きな声出したら、誰かが来たとき誤魔化せなくなっちゃうよ? いいの? それとも見てほしいの?」

 今度はゆっくりと焦らすように中を突いてくる。緩い刺激にもどかしさを覚えて、自分から腰を動かしたくなるのを必死に我慢する。

「せ、先生、……だっ、て、同じ……」

 先生だって困るのは同じだ、と言いたかったのだが鈍い意識の中で、言葉がうまく出てこなかった。

「僕はいいの。だって死ぬ気でしてるんだもの」
 先生の穏やかな瞳には狂気と慨嘆が混在していた。先生の男に欲情する性癖は死ぬまで治らないだろう。きっと自分もだ。これがガルデンを生きたものの成れの果てだ。身体が腐ったまま死んでいくのだ。先生は未来の自分の姿なのかもしれないと考えると、ひどく切なくなって、心を捨ててしまいたい衝動にかられた。

「どうしてお尻を犯されてこんなに感じてるの?」

 先生はエメザレの足を大きく開かせて、ひく付きながらそそり立っているペニスの濡れた先っぽを指先で突いた。視界が霞むような強烈な快感で身体が何度も痙攣する。

「あっ……あぁぁ、ぁ……ん」
「本当に噂どおり淫乱なんだね。軽蔑しちゃうな。君なんか黙って足を開いていればいいんだよ」

 先端を弄びながら、先生はひどい暴言を吐く。何度も浴びせられてきた淫乱という言葉だったが、それでもじわりと心に冷たく染みて、なんて無様なんだと思った。

「嘘だよ。そんなこと思ってないよ。可愛いなぁ」

 自分でも気がつかないうちにエメザレは泣いていた。泣くほどのことでもないのに、目の前が熱くなって目じりから涙がこぼれる。先生は涙を舌で舐めて拭った。

 ――こんなん悲しいだろう。悲しいんだろう。
 一体誰がこんなことを言ったのだろう。どうしてそんな言葉を、今思い出すのだろう。
 仮にこの気持ちが“悲しい”のだとしたら、自分を取り巻いているほぼ全ての事柄は悲しいのではないかと思ってしまう。世を構築している全ての現象を見逃さずに一つ一つ受け止め、考え、捉えようとしたら、きっとあっという間に絶望してしまうだろう。空気中には目に見えないだけで、色々な物質が漂っている。それが汚いとか嫌だとか思っていたら息すらまともに吸えなくなる。それと同じことだ。この気持ちを悲しいと認めてしまったら、悲しみに埋め尽くされて、もう立ち上がれなくなってしまう。この悲しみを認めることは絶望することだ。

「あぁ、い、ああぁぁぁ……はぁ、あ、ああぁぁぁぁ!」

 先生のペニスが抜き差しされるたびに擦れて熱を帯び、下腹部が煮えたぎるように熱くなっている。中は甘い快楽にただれて、容赦なく正気を抉っていく。

 なによりもこの一瞬が嫌いだった。理性が吹っ飛ぶ瞬間、空虚が破裂する寸前、身体の内部が悪意を最高まで凝縮されたものに満たされる。いつもは諦めて放置している摂理への不満が、ひどく鮮やかな色合いとなって脳の中でせめぎあい、混じりあって、最終的に汚泥ような色を作り、あまりの汚さに世界を破壊したくなってくる。

「いや、いや、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「君ってすごい激しいね。こんなにおとなしそうな見た目なのにね。ねぇ、気持ちいい?」

 腰を打ちつける大きな音が響き、ペニスが奥まで突き刺さってきて、無理に折りたたまれている足が痙攣し、思惟は麻痺して、堪らない肉欲に全てを捧げるかのように、淫らな恍惚が増長する。

 ――俺はエメザレと友達になりたいよ?
 そんな生易しい言葉で、無知な子供みたいな思想で、どうしてなにかを救えると信じているんだろう。救えるわけがない。変えられるわけがない。そんな単純な仕組みで世界は回っていない。きれいごとなんか意味がない。

「あ……きもち、い――、あぁ、もっと……犯して」
「いっぱい犯してあげるよ。こんなに壊れちゃって、君って可哀想だね。誰が君を壊したの?」

 ――居場所ならここにあるじゃんか。
 そんな安っぽい言葉で、適当な気休めなんかで、なんで、なんで。 ――やめろよ。
 音もなく虚無が破裂した。善も悪も超越して脳内にある思考を根こそぎ粉砕し、意識は飛び立って、美しい空白が自分を守るように孤高の領域を形成してくれる。
そして思う。ここはどこなんだろう。
 絶対的な領域で、無に帰した自分はまるで神のようだ。世界の始まりの空虚に鎮座する無の神だ。誰もここまで到達できはしない。誰も自分を傷つけることはできない。このどこにもない空白に留まっている限り、自分は全能なのだ。

 エスラール。

 しかし、なぜその名前が頭なの中で、くっきりと映えているんだろう。


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