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帝立オペレッタ07(子供の王国)




「総隊長、なにも殴ることないじゃないですか……」

 エスラールは少し前を歩いているサイシャーンの凛々しい背中に言いながら、自分を慰めるように、頭のてっぺんでぷくぷくに膨れているたんこぶを撫でた。
 昨日からまったくいいことがない。ヴィゼルには童貞の喪失を疑われ、チョップを食らわされ、昨日助けたはずのエメザレからは、恩を返されるどころかインポとか言われ、そのおかげで仲間からはめでたくもインポに認定され、サイシャーンからは超強烈なゲンコツを頂いた。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。さすがのエスラールもいじけたくなってくる。

「すまない。あそこで君を殴らなければ、一号寮はしばらくインポテンツという単語で溢れかえっていたことだろう。申し訳ない。君は尊い犠牲だった。悪いと思っている。許してくれ。君のたんこぶを無駄にはしない」

 サイシャーンは拳を握り、肩を震わせて背で憂える。

「僕って可哀想です」

 エスラールは自分の存在を哀れんで泣いた。 サイシャーンがエスラールの頭頂にゲンコツを打ち下ろした瞬間、野次馬はクモの子を散らすように逃げていった。ついでにヴィゼルもいつの間にか忽然と姿をくらましていたので、なぜか成り行きでサイシャーンと顔を洗いに行くことになり、こうして仲良く廊下を歩いているのだった。



 洗面所は半分外にある。外というか、屋内にはあるのだが、屋根がついていない。洗面所の中央には高さが二メールはありそうな、石を組み上げて作った四角い貯水槽があり――巨大な浴槽に似ていた――洗面はそこにたまっている雨水を使っている。
 一号寮の洗面所は思いのほかすいていた。いつもならば、エスラールもとっくに顔を洗い終えて食堂に向かっている頃だ。そろそろ焦らなければならない時間なのだが、サイシャーンのペースはゆっくりだった。
 貯水槽には一メートルほどの高さの位置に、小さな穴が規則的にいくつもあけられていて、普段はコルクが詰まっている。そのコルクを抜くと顔を洗うのに丁度いい水圧で水が出てくるのだ。

「昨日は大変だったそうだな」

 サイシャーンは出てきた水で顔を丁寧に洗いながら言った。
「な、なんで知ってるんですか!?」

 一体どこから見ていたのだろうか。常に殺気を無意識に纏っている、サイシャーンのような危険人物(?)が後ろにいれば、すぐに気がつきそうなものだが。
 エスラールは口に含んだ生ぬるい水を噴き出した。

「あれだけの大事だからな。私でなくとも誰だって知ってるさ。昨日のうちに一号隊全土に知れ渡ってしまったようで、全く私も頭が痛いよ。私がいれば止めたんだが、昨日の夜はまた呼び出しをくらっててな……。バファリソンには強く注意しておいたが、君に頭を叩かれたことにご立腹の様子だったから、一応気をつけておけ」

「ああ、そっちのことですか」

 てっきり二号寮のサロンでの出来事のことかと思っていたので、エスラールは安心して、今度は吐き出すはずの水を飲んでしまった。吐く予定のものを飲み込むというのは、例え水であれ、なんとなく嫌な気分である。

「そっち、とは? 他にもなにかあったのか。というか、エスラール。よく見ると君はひどい顔をしているな」

 エスラールの顔をまじまじと眺めて、サイシャーンは悪意のなさそうな声で言った。

「そんなこと真顔で言わないでくださいよ。傷付くじゃないですか。自分で言うものなんですが、僕はそこまでひどい不細工ではないと思っているんですけど」

「いや、造形美の方ではなくて、体調的な意味でだ。確かに君は不細工ではないから安心したまえ。本当にとりとめのない、ごくごく普通の、極めて凡庸な、良くも悪くも誰も振り返らない程度の、標準的で平均的で庶民的な、ありふれた、なんてことのない無難な顔立ちだ。自信を持て」

 サイシャーンは歯木(歯ブラシ)を片手に、きりっとした顔をより一層きりりとさせて深くうなずいた。

「すいません。総隊長。そんな雄々しいお顔で言われても、それ、逆に傷付きます」

「そうなのか。それはすまなかった。そうか、私としてはうまくフォローできたつもりだったんだが。ああ、なんということだ。傷つけてしまうなんて。なんと謝ればいいか。心苦しく、面目ない。申し開きも顔向けもできず、本意なく、遺憾で、口惜しく、残念であり、負い目を感じる。すまなかった」

 サイシャーンは歯を磨きながら大量に詫びたが、いつものごとくに顔面の筋肉は、デフォルトに固定されたままで動かない。できれば語彙を増やすより、表情のレパートリーを増やすことに専念してほしいものだ。

「もういいです。総隊長。わかりましたから、無表情のまま詫びの言葉を連発しないでくださいよ。もう本当に、なんか大丈夫なんで」

 エスラールはやりきれない気持ちを己の歯にぶつけるようにして、がむしゃらに歯を磨いた。

「で、なぜそんなにしなびているんだ。なんだか一晩で二十近く老け込んだように見えるが」

 と言われたので、エスラールはびっくりして自分の顔に片手を当てた。手のひらに触れる自分の顔は確かにすべすべではない。昨日の寝不足のせいか、なんだかいつもより荒れているような気がする。お肌の調子を気にするような乙女ではないが、ストレスのことを思うと切なくなってくる。

「え、ええ、まぁ、自分的に色々あったというか、気になることがあってですね、よく眠れませんでした」

「色々とは?」

「ところで食堂に行かなくていいんでしょうか」

 見渡せば洗面所にはサイシャーンとエスラール以外、誰もいなくなっていた。下手をすればもう朝食の時間が始まっているかもしれない。エスラールはいまだ遅刻したことはないが、食べ損ねた朝食を気遣ってくれるほどガルデンは優しくないだろう。食べ損ねたら最後、そのまま訓練に直行としか考えられない。
 それはどうにか回避したいものである。が、

「廊下で破廉恥な発言をした罪で本日の朝食は抜きだ」

 サイシャーンは残酷な知らせを涼しい顔でさらりと告げ、歯磨きを続ける。

「うえぇ! そ、そんなぁ……」

 本当にいいことがない。エスラールはがっくりと肩を落とした。
 洗面の時間帯が遅かったにも関わらず、サイシャーンが急がなかったのはこういうことだったらしい。元々エメザレの様子を聞くつもりだったのかもしれない。

「って総隊長も食べないつもりですか。総隊長が不在って色々まずいんじゃないですか?」

「副隊長には私のいないときは、代わりに指揮を取るようにと言ってある。彼は私より、しっかりちゃっかりしているから大丈夫だろう。総監からも昨日、臨時の特権をふんだくってきた。今の私は下っ端の教官よりも権威があるのだ。君から朝食を奪うことも軽々とできるのさ。ははははは」

 サイシャーンはおそらく笑ったが、その形状に顔の筋肉が慣れていないのだろう。まるで顔筋が元に戻ろうと抵抗でもしているかのように、色々な部分がぴくぴくと痙攣して、もう引き付けを起こしているようにしか見えない。その形相は子供なら小便をちびるほどのおぞましさだ。もはや妖気すら漂っている。

「ははははは……」

 なんかあんまり、このひとに権限を与えちゃ駄目な気がする。と思いながらエスラールもつられて引きつった顔で笑った。
 それにしても、エメザレを一号隊の仲間に入れるためだけに、総監がサイシャーンに特権を与えるというのはどもう解せない。エメザレは確かにある意味で問題児ではあるが、総監にとっては一隊士でしかないはずだ。なんだか妙だ。

「それよりエメザレのことを聞かせてくれ。なにかあったのか?」

 サイシャーンは口をゆすぎながら言った。

「え、え……あぁ……はい」

 エスラールは昨日のことを話すべきかどうか迷って口ごもった。
 ちゃんと報告するべきなんだろうとは思う。だが、告げ口のような気がしてならないし、話してしまえば、著しくエメザレの人間性やら品位やらを貶めることにもなる。それに、もしサイシャーンがエメザレを嫌悪し切り捨てでもしたら、エスラールは唯一といってもいい味方を失うのだ。

「エスラール。どうか正直に言ってくれないか。エメザレに関する噂のほとんどは本当なんだろう? 私はある程度、エメザレのことを知っているんだ。見放したりしないよ」

 ある程度とはどの程度なのだろう。
 エスラールはサイシャーンの顔を見た。
 いつ見ても鋭利な顔立ちである。トマトくらいなら突き刺せそうな顎の尖り具合はとても十九には見えない。顎だけではない、鼻も高く聳え立ち尖っており、こちらもプチトマトくらいなら突き刺せそうなほどに鋭い。
 それはさておき、サイシャーンが始めからエメザレの噂を信じていて、それでもなんとか仲間に入れようと思っていたのなら、たぶん本当のことを言っても問題はない。そのうえサイシャーンはエスラールが知る限り、かなり中立的で冷静な人物だ。というより心臓に毛が生えている。ヴィゼルのようにいちいち悲鳴をあげてぶっ倒れはしない。むしろ悲鳴をあげるところを見てみたいくらいだ。
 まぁ大丈夫だろう。たぶん。

「わかりました。話します」

 エスラールは口をゆすぎながら、夜中に起きたらエメザレがおらず、長いウンコかと疑ったところから、先ほどのインポ事件のところまで、サイシャーンにほとんどのことを話した。
 内容が内容だけに破廉恥な単語が羅列されたが、ありがたいことにゲンコツは飛んでこなかった。

「そうか。わかった」

 話を聞き終わってもサイシャーンの表情は変わらなかった。この時ばかりは表情に乏し過ぎるサイシャーンの顔が愛しく思える。エスラールは胸をなでおろした。

「エスラール、エメザレをとめるんだ」

 サイシャーンは冷静な声で言った。

「はい。もちろんです! 全力でとめます」

「エメザレを二号寮へ行かせるな。絶対だ。先日の殺人事件にはエメザレのその行動が大きく関わっている。だからこそ総監はエメザレを一号隊に移したんだ」

 サイシャーンの声色は全く変わっていない。変わっていないのだが、言い方のせいなのか、その言葉は重みがあるように感じられた。

「すいません。ところで、エメザレと殺人事件ってどういう関係があるんですか?」

 まさかヴィゼルが言っていた通り、エメザレはヤバい関わり方をしているのだろうか。さすがに自分が殺されるとは思わないが、殺人と大きく関わっているらしい人物との同棲が強制というのは、いくらなんでもひどすぎる気がする。

「詳しくは話せない。口止めされているんだ。すまない。私が話せるのはユドという男がサディーレという男を殺した、ということだけだ」

 と言われても、当然ながらエスラールは、ユドのこともサディーレのことも全くもって存じ上げない。廊下ですれ違ったことくらいはあるだろうし、顔を見ればわかったのかもしれないが、名前だけではどうしようもない。せめて人相がわかれば、お粗末な推測くらいはできたはずなのに、それもできない。いいかげん不平不満を吐き出したくなる。
とはいえ、サイシャーンのせいではない。サイシャーンに不平をたれたところで、なんの解決にもならないのだ。

「そうですよね。総隊長も色々とお疲れ様です」

 仕方ないのでエスラールは力なくせせら笑った。

「本来であれば君たちに友人関係を築いてほしかったのだが、それはもう諦めていい。とにかくこれ以上、話がややこしくなる前にエメザレをとめるんだ」

「とめるのはとめます。でも僕は、エメザレと友達になるの、諦めません。仲が悪くなったところで同室なのは変わらないんでしょうし、目の前にあんなのがいたら、僕は放っておけないんで」

「ありがとうエスラール。頼りにしているよ」

 気のせいといわれればそれまでの程度だが、サイシャーンの顔がこころもちほころんだ。

「もちろん、私も放っておきはしない。最悪、私がロイヤルファミリーと話をつける。だが、ロイヤルファミリーにはシマがいるんだろう? いや、シマは確実にロイヤルファミリーだろうな。成績順ならかなり上位にいるはずだから」

 が、微かなほころびはあっという間に消え失せ、今度は沈うつな表情になった。

「ミレベンゼの話を聞いた感じでは、シマ先輩はロイヤルファミリーみたいです。エメザレに『もう来たくないなら来なくていい』って言ってたらしいので。シマ先輩がどうかしたんですか? てゆーか面識があるんですか?」

「大護院時代にちょっとしたことがあってな。私が行くと、事態がもっとややこしくなる可能性がある。おそらくシマは私の顔を一生見たくないだろう。私もシマとは会いたくない。下手すると二号隊全体と争うことにもなりかねない。それほど、私とシマは深刻な間柄なんだ」

「え、総隊長ってエメザレやシマ先輩と同じ大護院出身なんですか?」

「そうだよ。シグリオスタ大護院だ」

 それは結構意外だった。なぜならエスラールの知る限りでは、同じ大護院の出身者は同じ部隊に振り分けられていたからだ。
 エスラールはカイドノッテ大護院の出身なのだが、同じカイドノッテ出身者は全員一号隊に配属された。もし、同じ大護院の出身者が別々の部隊に振り分けられていたのなら、一号隊と二号隊の交流は頻繁にあっただろうし、ないということは、きっと二号隊も同じ大護院の出身者でまとめられているからだろうと思っていたのだ。

「シグリオスタって都市部にあるところですよね。すごく大きい、ということ以外知りませんが」

「そう、クウェージアで一番大きい大護院だ。私がいたときは、子供の数が二千近かったかな」

 サイシャーンは貯水槽を見上げ、上空に思いを馳せるように視線を泳がせた。

「あの……、噂に聞いたんですが、シマ先輩のあの顔ってエメザレがやったんですか? シマ先輩に強姦されかけて、エメザレがキレたって」

 エスラールがきくとサイシャーンは顔をしかめて、視線をエスラールに戻した。

「それは知らない。その一件があったのは、エメザレが十二歳でシマが十四歳のときのことだ。私は十五で、すでにシグリオスタ大護院を卒業してガルデンに来ていたんだよ。十五になったシマがガルデンに来たとき、顔があんなふうになっていたから驚いた。
私もエメザレがやったと聞いたが、本当かどうかはわからない。最初に聞いたときは信じなかったよ。なにせシマは小さいときから強くて、よく年下に暴力を振るっていたが、エメザレは顔が可愛いという以外に突出した能力はなかったからね。どちらかというと地味で大人しい、目立たない存在だった。今ではどうやら君をぶん投げるほど強いみたいだが。そのエメザレがシマに傷を負わせるなんて、とても信じられなかった。
ただ、強姦されかけて怒った、という理由は違うだろうとは思う」

「どういうことですか?」

「いつからなのかは知らないが、エメザレはシマのグループに性的ないじめを受けていた。強姦されかけたどころか、ずっと強姦されていたんだ」

「ひどいですね。それ。ずっと強姦されっぱなしとか悪夢じゃないですか。誰もとめなかったんですか?」
 
 エメザレの幼いときの顔のイメージが、勝手に浮かんでくる。きっといつも泣いていたんだろう。気が付いたときには、あらゆるものを喪失していたのだ。いまさら怒っても意味のない昔話なのだが、エスラールはシマを殴りたい気分になった。

「とめないよ。とめるってことは、あそこでは身代わりになると言ってるようなものだったからな。弱い奴は犠牲になるのが宿命だったんだよ。皆、それが普通だと思っている。もし、エメザレがシマの顔をああしたのだとしたら、エメザレは抵抗し復讐したんだよ。おそらく」

「そういえば昨日エメザレに、どうしてバファリソンに抵抗しなかったのか聞いたら『もう抵抗できないんだ』って言ってました。エメザレは一度シマ先輩に抵抗して顔を殴ったのかもしれませんね」

 ひとには少なからず、なんかしらの過去がある。エメザレの身にはかつて、抵抗する気を失わせるような出来事が起こったのだろう。そっとしておいたほうがいいのかもしれないが、エメザレをとめるためには、その出来事を探る必要があるのではないかと思った。
「本当のところは本人に聞くしかないだろう」

「なんだか聞きづらいですよ。ますます険悪な雰囲気になりそうですし」

 エスラールはエメザレの冷たい態度を思い出して、ため息を吐いた。
 エメザレはいつも先にどこかへ行ってしまうし、とくに部屋の外では避けられているような気がする。友達がほしいとか言っておきながら、友達になろうとすると、拒絶されるし、絶対助けが必要なはずなのに、助けようとすると、放っておいてと突き放される。ついでにインポとか言われるし。いったいあいつは何様なんだ、と思いつつも、なぜか放っておけず、嫌いにもなれない自分にいらいらしてくる。
 一瞬だけ見せたあのからっぽの表情が頭に浮かんできて、エメザレを抱きしめたときの身体の冷たさが蘇り、エスラールは身震いした。

「そうだ、二号隊の奴らなら知っているんじゃないかな。なにしろ二号隊のほとんどはシグリオスタの出身だからな」

「ああ、そうだったんですか。なんか、二号寮が別次元の雰囲気だったことに納得しました。けど、じゃあなんで総隊長は一号隊にいるんですか?」

「ガルデンの振り分けはシグリオスタ出身が二号隊で、その他が一号隊になっているらしいんだが、私がガルデンに入った年は、シグリオスタ出身者の人数が多すぎて二号隊に入りきらず、私と何人かだけ一号隊に回されたんだよ。
ことろで、私がシグリオスタの出身だということは、あんまり言いふらさないでくれ。人格を疑われると困る。といっても一号隊はシグリオスタの実体を知らないからな。気にしなくてもいいのかもしれないが」

「そんなに、人格が歪むのが普通なくらいにひどい環境だったんですか」

「シグリオスタは子供の王国だったよ」

 嫌な思い出なのだろう。サイシャーンは気持ちを整理するかのように少し間を置き、話を続けた。

「教師という大人は確かにいたが、彼らは武術と勉強を教えるだけの存在だった。もちろん悪いことをしているのを見かけたら叱るがね、子供だってそうバカでもないから、悪いことは大人のいないところでこっそりとやるだろう。本当は、裏でしていることこそ監視するべきなのに、大人は誰も裏まで入り込んでこなかった。人数が多くて目が行き届かなかったという理由も確かにあるだろうが、それを含めてシグリオスタの方針だったんだろう。弱い者はいらない、という方針さ。
だから実質、あそこは子供だけの王国なんだよ。あんな秩序のない、過酷な環境は滅多にないだろうな。なにしろみんな子供だから、情けも容赦もない。残酷で、手加減のしかたも知らない。強い者が滅茶苦茶なルールを作って弱い者を支配する。もう動物の世界だよ。思い出したくもない」

 昨日の二号寮の雰囲気こそ、シグリオスタそのものだったのかもしれない。雰囲気といっても話したのはミレベンゼ一人だけだが、それでも自分とは明らかに根本から違う気質なのはわかった。ミレベンゼの考え方や、ロイヤルファミリーの公然とした非人道的な在り方は、子供の王国から持ち出されたものだったのだろう。

「もう行こう、エスラール。そろそろ朝食が終わる時間だろう」

 サイシャーンは過去から逃げるように背を向けた。二人とも洗顔はとっくに終っている。最初から歩きながら話していれば、朝食に間に合ったのではないか、という考えはこのさいしないでおく。

「あの、総隊長はエメザレの二号寮での行為を知ってて、それでも歓迎すると言ったんですか?」

 エスラールはサイシャーンの、ぴんと伸びた背中に向かって訊ねた。

「そうだよ。エメザレはまだ変われる。まだ十六なんだ。私は一号隊に来て、考え方も価値観もずいぶん変わった。ひとなんて環境でいくらでも変われるさ。ひとの半分は環境によって作られてるようなもんだ。まぁ、あとの半分は私の顔面のように、治らないかもしれないが。エメザレは絶対に変わるよ。君なら必ず変えられる!」

 サイシャーンは振り向き、冷酷な顔で――しかし瞳を星空のように煌かせながら言った。冷徹とロマンを併せ持つ、矛盾したその顔のなんと輝かしく崇高に男前なことか。エスラールはサイシャーンの悪人顔に萌え悶え、決め台詞に惚れ禿げた。

「超かっこいいです!! そおたいちょおぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!」

 エスラールは荒ぶる感情の赴くまま、激しく猛烈に、サイシャーンに抱きついたが、次の瞬間、わずかに気が遠のいて、気がつけば膨らんだたんこぶのさらに上に、もう一つたんこぶができていた。



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