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帝立オペレッタ06(どんぐりと宝物)



 はいけい、エメザレくんへ。

 ぼくが誰だかわかりますか。何度か目が合ったことがありますね。きっとぼくたちはあの時、同じことを思ったのだと信じて手紙を書きます。きみはこの木の下で休んでいることが多いので、ここに置いたのですが、ぶじに受け取ってもらえているでしょうか。

 きみに手紙を書くというのは少し危険なことです。ぼくはとても勇気を出しました。きみにとってめいわくかもしれないと思いました。色々と考えましたが、ぼくはどうしてもきみと友達になりたいのです。

 きみはぼくと同じ目に合っていますね。ぼくたちは似ています。同じようにきず付き、悲しいと思っていることでしょう。きみは一人ではありません。ぼくにはこういった話のできる友達がいませんし、あまり話したいことでもありませんが、きみだけは特別です。特別な相談の相手に、特別な友達になってくれませんか?

 もし、ぼくを受け入れてくれるなら、裏庭にある一番大きな石の下に返事の手紙をかくしてください。石の下には穴が開いているので、場所はすぐにわかると思います。ちなみにそこは、ぼくの集めたどんぐりのかくし場所になっています。もし欲しければ、いくつか持っていってください。親愛の証です。

 それと返事は必ず手紙にしてください。ぼくたちは会って話し合うことは、やめた方がいいと思うのです。きみならば、ぼくの言いたいことをわかってくれますよね。ひとにはそれぞれ、適切なきょりがあります。悲しいことですが、会うことはお互いのためになりません。けれども、それはあくまでも『今は』の話です。いつか。いつか、ぼくたちは話し合う事ができると信じています。

 あのひとたちのいない世界で、ぼくたちは自由になって、そしていつか会いましょうね。
 ぼくはきみをとても愛しています。もちろん、きれいな気持ちで。



◆◆◆


「起床――――――!!!」

 叫び声に近い怒鳴り声と共に、けたたましい鐘が鳴り響き、エスラールは安らかな夢の国から現実に引き戻された。一号寮には起床係が三人おり、彼らはハンドベルを激しく打ち鳴らしながら、全力疾走で一号寮の廊下を二周するのだ。それとほぼ同時に時象塔の鐘も鳴り出す。これで起きられないのは死んでる奴くらいだ、と言われるほどに凄まじいうるささで、密かに憧れている爽やかな朝のビジョンを年中無休でぶち壊してくる。

 エスラールは毛布を跳ね除けて重い身体を起こした。昨日の一件のせいか、ひどくだるい。これから長い一日と訓練が待っているのかと思うと、憂鬱を通り越して擦れた笑いがこみ上げてくる。

「ゲロくさー……」

 ふいに寝間着から酸っぱい刺激臭が漂ってきて、より一層嫌な現実を思い出した。昨日はとにかく疲れていたし、ゲロとか臭いとか、そんなことを気にしている余裕がなかった。にしても、寝間着くらい脱いで寝ればよかったような気がする。エスラールは今更ながら急いで寝間着を脱ぎ捨て、下着一丁になった。

 横を見るとエメザレは昨日寝かせた時と全く同じ体勢で、いまだにすやすやと眠り続けていた。あの凄惨たる起床の鐘の音で起きないとは、さすがに死者に近いだけはある。繊細そうな見た目からはちょっと信じがたい神経の太さだ。いや、もしかしたら本当に死んでしまっているのかもしれない。起こしても正気に返っておらず、また聞きたくもない言葉を連呼されるかもしれない。エスラールは怖くなった。

「エメザレ、朝だ。起きろよ」

 エスラールがベッドから身を乗り出して恐る恐るエメザレの肩を叩くと、エメザレは今までの熟睡っぷりが嘘のように、身体をびくつかせて飛び起きた。

「なんだよ。俺はなんもしないよ。おはよう」
「……おはよう。どうして僕、ベッドで寝てるの?」

 エメザレは目をしょぼしょぼさせながら額に手を当て、それから状況を確認するように辺りを何度か見回して、首をかしげた。もしかして今までは、あのまま床に放置されていたのだろうか。

 ともあれ、起きたエメザレがまともでよかった。エスラールは安堵して息をついた。

「俺が昨日、二号寮から持って帰ってきたから」
「……え。あ、ありがとう」
「やっぱ、昨日のこと覚えてないんだ?」

「うん。なんにも覚えてない。どうもあれって魂的に寝てる状態らしいんだよね。そっか、運んできてくれたんだね。ごめん。汚かったのにね。僕、変なこと言ってた? もしかして君に変なことしちゃった?」

 エメザレは自分が裸で毛布に包まっていることに気が付き、それから下着一丁のエスラールをまじまじと見つめて聞いてきた。
 昨晩エスラールは、あの後エメザレを抱いて部屋に帰ってきたのだが、寝間着に着替えさせようとして、どこにもないことに気が付いた。エメザレが二号寮に置いてきたのかも知れないと思ったが、探しに行く気力はもうなかった。毛布に包んだエメザレをベッドの上に寝かせ、エスラールもすぐに爆睡してしまった。

「変なことは言ってたけど、あんまり変なことはしてないかな。身体は洗って拭いたけど」
「よかった。ああなると僕は始末が悪いから、放っといてくれていいよ。もう迎えに来てくれなくていいから」
「もう、ってまた行くつもりかよ。てか、なんで行ったんだよ」

 エメザレの言葉にエスラールは苛立った。できればもう二度とあの現場に立ち会いたくない。ゲロまみれのエメザレを抱き上げたくないし、ケツに指を突っ込むのも御免こうむりたい。卑猥な言葉を連呼するエメザレも見たくない。だから行かなくてすむならば行きたくない。

 けれどもエスラールは、そういった問題をどうしても無視できない性質なのだ。ゴミはちゃんと綺麗に捨て去らないと気がすまない。適切に処理できるまで、何度でもいつまでもエメザレを助けようとするだろう。自分でも色々と面倒だと思うが、生理現象のようなものなので、こればかりはどうにもならない。エメザレはそれを全くわかっていないのだ。
 エスラールが怒りを含んだ声を出すと、エメザレはうつむいて黙り込んだ。

「なんの必要があって、ああなるとわかっていながら二号寮に行ったの? 俺には、エメザレが望んで毎日あんな目に合いたがっている、ってのが信じられないんだけど。誰かに脅されてるとか、誰かをかばってるとか、そういう理由なら頼むから正直に言ってよ。俺、絶対力になるから」

「そういうんじゃない」

 エメザレは少々の間を置いてから、言って続けた。

「僕は脅されてもいないし、誰かをかばっているわけでもない。理由を挙げるとするなら、そうしないと僕が嫌だから、だよ。好きでしてるんだ。だから助けはいらない。僕のためを思うなら僕をとめないでほしい」

「でも昨晩の君は、どうみても精神的におかしかった。本当にエメザレが好きでしているなら、ああはならないと思う。君は確実に傷付いてるよ。それなのにどうして二号寮のサロンに行くんだよ。直球で悪いけど、なんていうか、エメザレは本当に、その、セックスが好きなの?」

「朝から話題が濃いね」

 エメザレは答えにくそうな顔をして、困ったように笑った。それでもエスラールが無言でいると、エメザレは観念したようにため息をつき、うつむいたまま話し出した。

「好きかってきかれると困るな。でも嫌いじゃない。そうだな、好きでも嫌いでもない食べ物に似ているかな。例えばパンとか。あの毎日食堂で出てくる、中身になにも入ってなくて、大麦のぼそぼそしてるパンだよ。それに似てるよ。すごく食べたいわけじゃないけど、食えと言われれば食べれるって感じ」

「は? パン?」

 セックスがパンに似ているというのは、どういうことなんだろうか。エスラールにはその例えがよくわからなかった。というか、そもそもエスラールには具体的なセックスの知識がないので、どのように例えられても理解できなかっただろうが……。

「エスラールにはわかんないよね。価値観が全然違うんだから。だってエスラールはセックスを宝物みたいに思っているんでしょう? それは正しいよ。それが正常であってほしい。君はそれでいいんだ。覚えてないけど、きっと僕にもそんな頃があったはずだ。でも僕はセックスがなんなのか、宝物なのか、大事なのか、素敵なことなのか、よくわからない間に奪われてしまった。そして失われた価値は、もう永遠に戻ってこない。おそらく僕は生涯、セックスにパン以上の価値を見出すことはないよ。だから大丈夫だよ」

 エスラールはその言葉の中に、エメザレの喪失と先天的な悲観がどのようにして生まれたのか、という答えが含まれているような気がした。そして、なんと自分は恵まれた人生を送ってきたのだろうかとも思った。

 エスラールの周りには常に正しい大人がいた。エスラールの育った大護院はかなり田舎のほうにあった。他の大護院がどうなのかは知らないが、客観的に見てもみすぼらしい建物で、ガルデンに比べると食事の質はかなり悪かったし、都市部にある大護院とは違い、子供の数も格段に少なかった。

 だからエスラールは、ガルデンの食事が美味しいと感じることができたし、ガルデンの外観を美しいと思えた。そして、少数制であったからこそ、親の代わりとまでは言わなくとも、大人たちからある程度の愛情らしきものを貰うことができた。厳しい監視下に置かれてはいたが、悪いことをした者にはしっかりとした制裁が加えられ、それによって道徳を教えてもらえた。悪いものから守ってもらえた。

 しかしエメザレはそうでなかった。きっとエメザレは正しい大人が機能していない大護院で育ったのだ。誰からも守ってもらえず、守る術も教えてもらえず、なにがなんだかわからない間に色々なものを奪われてしまった。

 童貞が宝物というのはなんとも滑稽な表現だが、エスラールは確かに大切に考えていた。大切なのだとわかるまで持っていられたのは、軽く奇跡だったのかもしれない。

「なにがどう大丈夫なんだよ。それ説明になってないし、全然駄目だし」

「だからさ、僕は宝物を粗末にしてるんじゃないよってこと。パンを無限に配っているだけなんだ。傷付いているといってもたかが知れてる。君が犯されるのと、僕が犯されるのとでは全くもって重さが違うんだから。エスラールの価値観でものを言われても困るよ」

「価値観と重みの違いはわかったよ。確かに俺がエメザレと同じ目に合ったら、三日目くらいで自殺しそうだよ。けど俺が聞きたいのは、どうして少なからず傷付くような行為を率先してやってんのかってこと。理由がないわけないだろう」
「それは……」

「起床――――――!!!」

 エメザレの言葉を遮るように、再び叫び声と騒々しい起床の鐘の音が近付いてきて、部屋の前を通り過ぎていった。
 部屋の外はすでに、洗い場に向かう仲間たちの話し声と足音で溢れている。

「早く顔洗いに行ったほうがいいんじゃない」
「逃げるなよ。大切な話をしてるんだ」

 エメザレは毛布をはねのけ、ベッドから抜け出そうとしたので、エスラールはエメザレのベッドに半分乗っかるように詰め寄って、とっさに左腕を掴んだ。エメザレは腕を掴まれると小さく震えて身体を硬くした。その顔には僅かな恐怖が浮かんでいる。

「放してよ」

 エメザレは身をよじった。弾みでかかっていた毛布がベッドから落ち、全てがあらわになった。明るいところでよく見ると、新しい痕が増えている。新しい痕は古い痕よりも赤っぽいらしい。昨日までのエスラールであれば、悲鳴をあげて立ち退いたかもしれないが、エメザレの身体を洗ったことで少々の耐性ができたようだ。エスラールは手を離さなかった。

「ほら、エメザレは身体を掴むと無意識に怖がるんだよ。なにかされそうで、それが嫌だから怖がってるんだろ? その身体の痕だって痛いんだろう? 昨日、君の身体を拭いたら、その痕に触るたびに痛そうにしてたよ。やめろよ。こんなことしてたらエメザレ、いつか死ぬよ。意識が戻らなくなって魂が抜けたままになるよ」

 そんな気がして仕方ない。そして魂がなくなって、空っぽになったエメザレを見るのが怖い。説教というよりも懇願に近い気持ちでエスラールは言った。

「放してって。僕はどれほど傷付いても絶対に自殺しないし、苦しみには負けない。僕にはあらゆる不幸に屈しない才能があるんだよ。僕はそれに意味を感じてしまうんだ。僕は苦しみの中でだけ、その才能を――生きてることを実感できる。そう、つまり僕は超ド級のマゾなの! それが理由だよ! もう放っといてよ!」

 エメザレは腕を掴むエスラールの手を引き剥がしたが、エスラールは再び、今度は両肩をがっちりと掴んだ。

「嫌だ。絶対放っておかない。やめるまでやめろって言い続けるぞ、俺は」
「いったい君は僕のなんなの? 恋人? 先生? 親?」
「友達だよ。友達に決まってんじゃん」

 とエスラールが言うと、エメザレはなぜか泣き出しそうな顔つきになり、隠すように顔を背けた。

「……ありがとう。でもそんな嘘、つかなくていいよ。もう二度とつかないで。ものすごく傷付くから」

 嘘じゃないよ。
 とエスラールが言い出しかけた時、

「おはよう、エスラール! 心の友よ!」

 湿っぽい部屋の空気をいっきに乾かすように、唐突に元気一杯の声が響いた。

「ちゃんと起きてるかい? 一緒に顔洗いに行こ――」

 そこには満面の笑顔を浮かべたヴィゼルの姿があった。
 場の空気は一瞬で固まった。
 エスラールは下着一丁、しかもエメザレは全裸だ。そんな二人が同じベッドの上にいれば、勘ぐりたくもなるだろう。いや、相手がエメザレでなければ、特にどうという状況でもないのだが、エメザレなのがまずい。潔癖なヴィゼルはショックで死にかねない。

「うげっ!」

 エスラールは慌ててエメザレのベッドの上から飛びのいた。

「きゃあああああああああああああああああああああ!!!」

 が、もう遅かった。ヴィゼルは断末魔のような叫び声をガルデン中に響かせ、煙が出そうなほど顔を真っ赤にして、後ろにぶっ倒れた。

「ヴィゼルよ! 友よ! 大丈夫か! こんなところで死ぬな、死ぬんじゃない、死なないでくれ! ここで死んだら生まれてきた意味がわからんぞ!」

 エスラールは瀕死のヴィゼルに駆け寄ると抱き起こし、容赦のない激しさで揺さぶった。

「……エ、スラー……ル。僕はもう駄目だ……。い、いったい、どうなっているのだ。君はもしや、昨晩エメザレに童貞を奉納してしまったのか……」

 ヴィゼルは首をぐわんぐわんと揺らしながら、死ぬ間際の兵士のようにエスラールに片手を差し出してきた。

「安心しろ、ヴィゼル! 俺の童貞はちょっと危うかったりもしたが、確かにまだ無事だ!」

 差し出された手をしっかりと握り締め、エスラールは涙を滲ませて叫ぶ。

「危うかったとか、なんか怪しいんだが……」
「俺は股間的な意味で突っ込んでもいないし、突っ込まれていもいない! あくまで股間的な意味でだが。これを童貞と言わずしてなんと言う! そうとも、俺は声高らかに言える。俺は正真正銘、絶対的、正確無比な純度百パーセントの童貞であると!」
「……本当か。本当に無事なのだね。よかった……。これで安心して死ねる」

 ヴィゼルは瞳を輝かせ、安心したように微笑み、エスラールの腕の中でそのまま死にそうになる。

「ああ、喜べ。無事だから死ぬな! 生き返れ!」
「そういえばエスラールよ。君たちは昨日の夜中に二人そろって、どこに行ってたんだい」

 ヴィゼルの声が生き返り、少しだけ真剣になった。

「まさか、ヴィゼル。君は昨日ここへ来たのか」

「来たよ。昨日、エスラールがエメザレのあと追っかけて帰っちゃっただろう。邪魔しないほうがいいかなと思ったし、ディルソナトにゲームしようって誘われたから、ラリオたちとディルソナトの部屋で夜中まで遊んでたんだよ。で、自分の部屋に戻ろうとサロンの前を通りかかったら、制服のボタンが落ちてたからさ、バファリソンに絡まれたときに取れたエメザレのボタンだろうと思って、拾って届けようとしたんだ。寝てたら悪いからノックしないでドア開けたんだけど――それにほら、なんかエスラールのこと心配だったし、童貞が奪われてたら嫌だなぁと思って、こっそり開けちゃってごめん。でもいなかったよね。なんで?」

「……いやー、えーと。そ、それは……うーむ」

 まさか本当のことは言えない。エメザレが自ら進んで毎日、二号寮のサロンで犯されまくっていることがヴィゼルにバレれば、ヴィゼルは永遠にエメザレを軽蔑するだろう。ついでに、エスラールがエメザレのケツをほじったことも知れれば、ヴィゼルとの友情は崩壊する。
 なぜさらりと嘘を思いつけないのか、エスラールは自分のバカっぷりを呪いながら焦った。

「ま、まさか……部屋だと声が漏れるから、外で? 人生の一発目から青姦……?」

 エスラールの腕の中で、ヴィゼルは自分で言って少女のごとく赤面し、瞳をうるませてウナギのように身をくねらせる。

「そんなわけあるかい! ヴィゼルよ。お前、潔癖というか、実はただのむっつりだろ」
「むっつりとは失礼な! 常識的な妄想の範疇だろう」
「青姦は常識じゃねーよ!」
「じゃあ、どこに行ってたのさ」

 とヴィゼルに言われ、エスラールは考えた。エスラールはエスラールなりに、一生懸命考えたのだ。

「えっ……と……。この世界のどこかだ」
「子供か!!」
「ふごっ!」

 勢いの良いツッコミの言葉と共に、エスラールの脳天にヴィゼルのチョップが炸裂した。

「心配しなくていいよ。ヴィゼル。昨日、エスラールを青姦に誘ったけど、全然立たなかったんだ。たぶんインポなんじゃない?」

 いつの間にやら制服に着替えているエメザレが、部屋から出てきた。しかもなぜか正装をし、三本タイをつけている。エメザレはヴィゼルを抱きしめているエスラールを、というか二人を冷たい視線で見下して、耳を疑うような言葉を吐いた。

「はぁ!?」
「友よ……君はインポテンツだったのか……。もしかして童貞を異性に奉納するというのは建前で、本当はインポテンツということを隠したかっただけなのかい……?」

 再びヴィゼルは生きる気力を失って、死に瀕しだした。

「いやいや、違うって! 俺は断じてインポテンツなどではない! エメザレ、お前ふざけんなよ!」
「じゃ、先行くから」

 エメザレはエスラールの抗議を無視して背を向けると、早足で顔を洗いに行ってしまった。取り残されたエスラールはとりあえず、腕の中で萎えきって生涯の幕を閉じかけているヴィゼルに目をやった。

「隠すな、友よ……。僕は君がインポテンツでも、これまでと変わらず愛し続ける。だからどうか僕にだけは正直に言ってくれたまえ」
「いや、本当に違いますけど!!」

 しかし、インポテンツという単語に引き寄せられるように、昨日に続いて野次馬が集まってきた。というか、洗面所に続く廊下の真ん中で、友情演劇を繰り広げているエスラールも悪いのだ。かなり邪魔なうえに野次馬が来たせいで廊下が詰まりだしていた。

「何、どうしたの?」
「エスラールってインポらしいよ」
「若いのに、憐れだな」
「やっぱりそうだと思ってたんだよな。顔がインポっぽいもんな。なんとなく」
「確かにインポっぽいよね。根拠はないけど、なんとなく」
「これは特ダネだな。みんなに言いふらさないと」

 野次馬はみんなで好き勝手を言っている。エスラールは死にかけているヴィゼルを床に放り捨てて、すくと立ち上がった。

「インポインポ言うな! てか誤解だし。言っとくけど俺、バリ立ちでビン立ちだぞ! 夜中とか常に直立不動で、しかも垂直どころか身体に平行だぞ! あ、下に向かってじゃないぞ! もちろん上に向かってだ! 誤解すんなよ。いいか! 俺は! 断じて! インポテンツなどではないっっ!!!」

 まるでどこぞの偉人が演説でもするかのように、拳を握り、両腕を広げ、胸を張って力の限り主張した。

「エスラール、君は朝から下着一枚で何を言っているんだね」

後ろから聞き覚えのある声がした。恐る恐るエスラールが振り向くと、そこには刃物のように鋭く冷徹な顔立ちのサイシャーンが、こめかみに青筋を何本も浮き上がらせ、目に見えぬ怒りのオーラを圧倒的に噴出しながら聳え立っていた。



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