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古の女王02


 しばらく馬を走らせたところで、カルテニに着いた。そこは今日寝ていた場所から驚くほど近く、死ぬかもしれないと恐怖していた昨晩の自分が恥かしくなるくらいだった。

 セウ=ハルフが言っていた通りカルテニは田舎の村であり、道も石で舗装されているところはほとんどない。広大な畑の中に一軒一軒小さな家が建っているだけの寂しい風景で、それでも何人かの村人が朝から畑を耕してはいたが、活気とは無縁の村に思えた。一帯が平原であるせいで景色は単調で絵にもならないような地味な印象だ。

「カルテニに着いたが、お前どうするよ? 泊まるとこ探してんならうちに来るか? こんな朝早くちゃ宿屋も開いてねえよ」

 セウ=ハルフは馬を走らせたまま聞いてきた。

「いいの?」

 漠然と宿屋に行くつもりだったが、言われてみればこんな早朝に開いているはずがない。

「構わんよ。どのみちお前の世話を焼くのは俺じゃないし」

 と言ってセウ=ハルフは悪そうな顔をしてみせた。

 さらに馬を走らせ村の中心らしき場所に辿り着いたが、中心といってもかろうじで道が石で舗装され、潰れかかった商店が何件が並んでいるだけの寂れようで、さらに人の少ない時間帯ゆえに少し間違えれば廃村だと思ってしまうくらいの静かさだ。
 その中にあって、古いがかなりの存在感と威厳の漂う屋敷の前でセウ=ハルフは止まった。

「ここがセウ=ハルフの家? すごい屋敷だね」

 セウ=ハルフの着ているものから、すっかり農民だと思い込んでいたのでイウは驚いて聞いた。

「ああ、ここは借りてるだけ。昔、ここの領主様が狩りをする時に使ってた別荘さ。今は世代が変わって全く使われなくなったんで俺たちが使ってるの」
「セウ=ハルフって何者なの?」

 イウが真面目な顔をして聞くと、セウ=ハルフはそれが面白かったらしく声を上げて笑った。

「俺たちは……そうだな、まぁ農民の親戚かな。よく農作業手伝うし」

 答えを濁しながらも、彼は敷地の中に入っていった。


 よく言えば、おもむきがあると言ったところだろうか。古めかしく痛んではいるが、元は貴族の屋敷だけに中はその当時の流行を取り入れた豪華な造りだった。クウェージアでは貴族は白い屋敷に住むのが定番だったが、このスミジリアンではそういう風習はないらしい。全体的に黒い色が使われ、壁紙にはエキゾチックな模様が描かれている。

「あら、セウ=ハルフさん。もうお帰りですの? デミングさんは?」

 出迎えたのは美人だが、そう特徴のない顔立ちの若い女性だった。メイドか、と思ったが、それにしては主従を感じさせないような親しみを持っている。

「この人は近所に住んでるマデルミートさん。農作業手伝う代わりに家の手伝いを頼んでるんだ」

 とセウ=ハルフは言った。

「そちらのお坊ちゃんは?」

 マデルミートは興味深げに彼の顔をまじまじと見つめてきた。この小さな村では外から来る者が珍しいのかもしれない。恥かしくなってセウ=ハルフの後ろになんとなく逃げたが、マデルミートの眼差しはイウに釘付けだった。

「この子は原っぱで寝てたところを拾ってきたんですよ。クウェージアのお貴族さんらしいですけど、ちょっと面倒見てくれます? デミングは、二人揃って巡回に穴を開けるわけにはいかないんで置いてきました。」
「あらま。置いてきたのですか」

 そう言いつつも、いつものことなのかそこまで気にする風もなく、マデルミートはそれよりイウの事が気になるようで、セウ=ハルフの後ろに周り込むと彼の頭から足の先までゆっくり見回し急に笑顔になった。

「まぁ、ずいぶんと可愛らしい子ね。綺麗なお洋服着て、さぞかし立派なお家で育ったんでしょうね。せっかくの服が泥だらけ。あたしが洗って差し上げますよ。早く中に入って、暖まって、ご飯も食べてないんでしょう?」
「……ありがとう」

 イウが小さく呟くとマデルミートは嬉しそうにイウの頭を優しく撫でた。十四にもなっておかしな話だが不思議と嫌な気はしなかった。むしろ心地よい気分だ。
 それにしても疲れた。こんな過酷な旅は無論生まれて初めてである。
 マデルミートに勧められるまま田舎臭い部屋着に着替えると、食事せずに彼はそのまま眠り込んでしまった。

 目が覚めると外は夕暮れ時になっていた。いつの間にやら眠ってしまったはずだが、体には毛布がかけられていた。実はその毛布のかび臭さで起きたのだが好意には感謝したい。
 屋敷の外は驚くほど静かだ。朝と変わらず人の姿はない。中ではデミングが帰ってきたらしく、セウ=ハルフとデミングの楽しそうな声がイウのところにまで洩れ聞こえていた。

 声のする部屋を覗くとセウ=ハルフとデミングが夕食を食べているところだった。

「起きたのか!」

 セウ=ハルフはすぐイウに気付き手招きをした。
 テーブルにはマデルミートが作ったのであろう、美味しそうな料理がぎっしり並べられている。高級なものではなかったが、三日何も食べていないせいもあってか、宮廷で出されたどんな料理よりも美味しそうに見えた。
 しっかり彼の席と料理も準備されていたので、彼は二人の間の席に座った。

「君、クウェージアから来たんだって!?」

 座るなり、デミングが興奮した様子で聞いてきた。
 傍でよく見るとデミングの肌は若く、目の下のクマさえなければ顔は整ってすら見える。しかし髪形が一昔前のワンレングスであるのも手伝って、残念ながら無風流な印象が強い。

「うん。そうだよ」
「あの噂は本当なのか? エメザレは死んで蘇り空間移動して王を殺した、というのは」

 誰が聞いているわけでもないのに、デミングは小声で――そのくせ鼻息はうるさいくらいに荒くして言った。
 デミングは興味本意なのだろうが、彼には鋭い緊張が走った。

「……どこで聞いたの?」

 知らない顔で平常心を装ったが、一気に食欲は失せていった。

「僕もクウェージアの人間じゃないからよく知らないが、少なくともそう言って騒いでるのはクウェージアの移民たちだ。なんでも『エメザレは四年前に死んだはずだ。あれは偽物だ』とか『蘇った魔物はクウェージアを破滅に導こうとしている』とか『エメザレが王の首を持って王の間から消えるところを七人の側近が目撃した』だの数えればきりがない。エメザレは魔法使いか何かなのか?」

 デミングの目は真面目そのものだった。おそらくその強い知識欲がデミングのクマをひどくさせているのだろう。

 なんと答えるべきか、とイウは考えた。しかし、そもそも自分自身も、なぜエメザレが突然玉座の間に現れたのか、新造生物ゴルトバとエメザレはどのようにして会い、どうやって身体を修復したのかを知らない。うまく説明もできないだろうし、なにより身を案じるならば、わからないという答えが最良だろうか。

「認めたくないだけさ」

 しかし、デミングの問いに答える暇もなくセウ=ハルフが入り込んできた。
 セウ=ハルフは何かを頬張っていたようで、しばらく口をもごもごと動かせてから一気に黒ワインを飲み干して続けた。

「死んだ奴が生き返るわけがない。空間移動だって側近の七人がでっち上げた嘘かもしれないだろう。エメザレとグルだったか、ありえない失態を認めたくないだけか。考えてもみろ、王と王子二人の犠牲だけで革命を成功させたんだ。この偉業は語り継がれるだろうが、クウェージアの白い髪たちはそれが気に食わないのさ。
もしくはエメザレの計画のうちか。だとしたら大した話だね。特別な力を持った奴が新王になるのなら誰も文句は言わんだろうし。もし全てがエメザレのパフォーマンスだったとしたら、俺はマジ尊敬しちゃう」
「だがしかし! セウ=ハルフ! 世の中にはどのような理屈をこねても説明のつかない出来事がたくさんある。例えばオルギア遺跡とか……」
「あ、オルギア遺跡っていえば、こいつも行きたいらしい」

 不服そうなデミングの話を遮り、セウ=ハルフはイウを目で差した。

「なんと!」

 途端に目を輝かせ、デミングはくたびれているような目を精一杯に見開いて、イウの右手を両手で握り締めてきた。

「そうなのか! きみは学者を目指しているのか! 素晴らしいね。若いうちから命も顧みず研究に励むというのは。きっと将来は大物になるよ! 僕も考古学者なんだ。オルギアについて研究をしているんだよ」
「デミング」

 静止するようにセウ=ハルフは言った。しかしデミングは二度軽く頷いただけで興奮は止まらなかった。
 聞けばデミングは元々ドゥレゾンという大きな町に住んでいたのだが、昔から遺跡に興味があり、特にオルギア遺跡について強い興味を持っていたので、わざわざカルテニに越してきたらしい。

 そこで知ったのだが、カルテニはスミジリアンの最西端にあり最もオルギアに近い地点だった。自身では真北に向かっているつもりでいて、実は大きく西に逸れていたのだ。
 なるほど三日もかかるわけだ。と彼は一人納得した。

「ぼくは研究し始めたばかりで、詳しくない。だから教えてほしいんだけど……女王アシディアに関することを」
「目の付け所がいいね! そう、女王アシディア。その存在こそオルギア最大の謎だ!」

 そう言ってデミングはテーブルを勢いよく叩いた。ちらとセウ=ハルフを見るといかにも面倒くさそうな、嫌な顔をしながらつまみのパテをかじっている。

「オルギアの建国は第四期251年5月15日。今、第六期1580年だから……7329年前の出来事だ。そして滅亡したのは、というか突然消滅したのは第五期1982年8月3日。その間の約4700年、女王アシディアなる人物はオルギアを統治し続けてきたことになっている。つまり女王アシディアは不老不死だった」
「消滅? 滅亡ではなく?」

 世界史について詳しくはないが、オルギアの歴史はかなり不鮮明で教わった内容も不詳の項目が多かったうえ、ほとんどの場合頭に伝説上と前置きがある。なぜそんなに確信を帯びて日付まで言えるのだろうか。彼は不思議に思った。

「そう、オルギアは何者かに滅ぼされたのではなく、ある日突然、建物を残したまま全国民が跡形もなく消えてなくなった」
「デミング」

 セウ=ハルフが暇そうにしながら、半分なだめるように名を呼んだが、デミングには聞こえていないようだった。

「さらに我が種族エクアフの最盛期時代と揶揄される、デネレア大帝国時代の女王もアシディアという名でオルギアの女王と同一人物だ。デネレアは世界最初の日からあった国の一つだ。ゆえに彼女は世界の始まりから生きていたヴェーネン(人類)、すなわち伝説上不老不死といわれている旧ヴェーネン(旧人類)ということになる。旧ヴェーネンの存在は古代の歴史的文書にも多く記載されているんだ。第五期1982年にも十三人の旧ヴェーネンの存在が確認されていた。しかし旧ヴェーネンは第五期1982年の8月8日に全員死んだ。おそらくオルギアが消滅したことと関係がある、というのがモートの研究団がスミジリアンに報告してきた内容だ」
「モートだって?」

 それはかなり意外な言葉だった。

 モート種族は東端に住んでいる、足の長い漆黒の肌を持つ種族だが種族全体で三つの国しか持っておらず、その全ての国が他種族の国との国交を拒絶しているために、文化や思想はほとんど謎に包まれている。西の端に住むエクアフにとってモートはかなり縁遠い存在だった。
 世界を征服できるだけの兵器を所持していると昔から言われているが、千年近く彼らが戦争を起こしたことはなかった。しかしごく稀に流出するモート製の武器や装飾品は、他種族が真似できない高度な技術が使われており、いかにモートが先進した文明を持っているかを如実に証明していた。

「そうだよ。彼らもオルギア遺跡に興味があるんだ。頻繁に訪れているよ。スミジリアンへの研究報告を条件に国内の通過を許可しているんだ。モートの見解によれば、オルギアは別次元に空間移動し、アシディアとオルギアの民はそこでまだ生きていると信じている。多分彼らは、エメザレの一件についても深く興味を持つだろうね」

 別次元。
 イースの世界があったことから推測するに――もしモートの見解が本当に正しいのなら、世界は複数存在することになる。イースの世界に行ったときのように、何か特定の条件を満たせばアシディアのいる世界に行けるかもしれない。
 そして新造生物ゴルトバの勧告が的を射ていたなら、オルギア遺跡の中に手掛かりがあるはずだ。

「オルギアの遺跡に、アシディアに関する特別なものはない? 碑、像、あるいはそこに記述されている文面、もしくは部屋とか……なにか……」
「特別なもの……特別な……いや、遺跡全体が特別だからなんとも……」
「なら、新造生物は? 新造生物ゴルトバって知ってる?」

 そこまでの情報を持っているならばゴルトバのことも知っているのではないかと、興奮を押し殺してイウは聞いた。

「新造生物……ゴルトバ……その単語は――」
「ラルレの空中庭園。その冒険小説の中に出てくる登場人物だ」

 答えたのは長らく暇そうにしていたセウ=ハルフだった。

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