酒宴 2



「てめっ……おい!!」


盗賊王に向かって飛びかかって来たのは獣だった。

獣の女。

普段は、バクラから触れてやって初めて、照れながら応じて来るような、そんな女――

しかし。


「バクラ……っ、バクラ……!!」

完全に理性の飛んだ英瑠は、バクラを押し倒すと、躊躇なく唇を重ねてきた。

柔らかい彼女の唇。
差し込まれた舌が、バクラを貪っていく。

バクラは彼女に応じつつも、しまったと後悔を覚えていた。


英瑠から、飲み比べをしようと提案された時――

バクラはまず、対等に彼女と勝負するのは得策ではない、と冷静に判断した。

彼女は以前、酒には酔うと己の弱みをバクラに吐露したことがあったが、その量がどの程度なのか、判断がつきかねたからだ。

だからこそバクラは、いくつも用意した酒壺のうち、強い酒だけをさりげなく彼女の方へ置き、自分の方にはなるべく弱い酒を置いたのだ。

向かい合って座った彼女とは多少距離があったため、英瑠はそれぞれが別の酒壺から酒を杯に注ぐことに、全く疑問を持っていない様子だった。
バクラは内心ほくそ笑み、これで不利な状況からは脱せたと安堵した。

だが、事態は予想外の方向へ転がってしまった。

英瑠は目立ってへべれけになるような醜態は犯さなかった。
けれども、酒を呷るたび、彼女の双眸は危険な光を帯び、まるで獲物を狙うケモノのような気配を漂わせていったのだ。

獲物は勿論バクラだ。
そこに潜むのは、欲情――
本人は気付いてないだろうが、とろんと座った眼、半開きの唇、全身から漂う物欲しそうな気配――

それは、バクラが彼女と身体を重ねた時に知ったモノだ。
けれども、その時の彼女とは何かが違っていた。

もっと強烈で、積極的で、燃えるような――


英瑠という女にこれ以上酒を飲ませてはならない。

バクラはそう直感し――
そして、思った時にはもはや遅かった。

彼女は勝負におけるバクラの譲歩も意に介さず、あろうことかさらに酒を呷ったのだ。
英瑠は完全に欲望の忠実なる下僕と化していた。

それで結局、こうなってしまった。


バクラも到底素面ではない。
心を通わせた女に触れられれば、それなりにやる気にもなる。

しかしいつもの体制に持って行こうとするバクラをさらりと躱して、英瑠は自らの主導でバクラを求めるだけで。


押し倒されたバクラの上で、優しく耳朶や首筋を噛む、人ならざる女の唇。

一応加減はしているのだろう、彼女はバクラの上に体重を預けてはいても、その化け物じみた腕力だけは行使しないように気を使っているらしかった。

英瑠の白い手がバクラの胸元から腹を撫で、感触を確かめるように何度もなぞっている。

腕を引き寄せられ、なすがままに身を任せていたら、バクラよりも小さくて柔らかい手が、褐色の指を絡ませるように握っていた。

男を押し倒したくせに攻め方を分かっていない、まるでヌルい行為。


「オマエな……」

バクラが呆れたように口にすれば、ふと軽くなる彼女の重み。

さすがの彼女もこれ以上は躊躇ったのだろうか。
離れていく身体に、そんなことを考えながらバクラがゆっくりと上半身を起こした時だった。

「ッ……!!」

す、と下腹部に伸ばされた女の手。

英瑠は俯きながら迷いなくバクラの下半身を探り、熱を帯びつつあるモノに手をかけると、服の下からそれを引っ張り出した。

「マジかよ……」

思わず呟く。

「嫌だったら抵抗して」

いつかバクラが掛けた言葉が、彼女から返される。

バクラのモノに寄せられた英瑠の唇。
ぎこちなくも這わせられる舌は、バクラを満足させようと必死だった。

「オマエ……っ、」

バクラの脚の間にうずくまる女は、たしかに英瑠だった。

理性を飛ばすほど酒を呷り、慕情と肉欲を開放した彼女――

「ん……、」

先日まで男を知らなかったという彼女。
なるほど、それはきっと嘘ではない。

大胆にもバクラの分身を口に含み、歯を立てないように吸い上げ、舌で舐め上げる英瑠。
いつもの彼女からは想像出来ないほど情熱的で積極的なそれは、やたらと大雑把で荒かった。

バクラは下半身に与えられる熱と英瑠の変貌ぶりに戸惑いながらも、彼女が今どんな顔をしているのか見てやろうという気になって、彼女の額に手を置くと少しだけ上を向かせてみた。

「んーっ……、」

「…………ッ」

彼の先端を少し咥えたまま、上目遣いでバクラを見上げる英瑠。
熱に浮かされ、男を求めて揺らぐ双眼。

ひどく現実味のない光景に、図らずもバクラの分身と心臓がドクリと脈を打った。


「オマエ……本気かよ」

バクラの口をついて出たのは意味のない言葉だった。

そこに在るのは、明確な拒否感や嫌悪感ではない。
だが、手放しで彼女の熱情についていけるほど、即興的でもない。
でもない、が……

バクラも肉食系の男だ。
流されっぱなしというのは性に合わない。

「オマエがその気なら丁度いい、ありがたく愉しませてもらうぜ……!」

俄然やる気になったバクラは、攻めに出ている彼女の思惑を逆に利用してやろうと、バクラの下半身を慰め続ける英瑠の頭を押さえて、自分の具合のいいように制御しようとした。

バクラの手の中で乱れていく、彼女の柔らかい髪。

「っ……、」

英瑠の口内を思うままに犯せば、下半身に集まってくる衝動が、バクラの頭を痺れさせ呼吸を乱した。

「英瑠、っ……」

彼女の名を呼ぶ。

このまま欲望を吐き出したら、彼女はどんな顔をするだろうか。

そう考えて……、
高まる欲望を、英瑠に――――


ばっ、という圧倒的な力が、バクラの手を振りほどき、離れた。

「ッ!?」

失われた熱と快感。

英瑠と呼ばれた女が、獣の力を発揮し、バクラの下半身から唇を離していた。

「な……っ、おま!」

肉を口に入れる直前でおあずけを食らったような失望と落胆が、バクラの猛りを強制的に静めていく。

生殺しかよフザけんな、と口にしたバクラに、英瑠は故意だというように薄く嗤って、濡れた唇を舐めていた。

舌打ち。
酔って理性が飛んだとはいえ、こういう手で茶化されるのは我慢がならない。

頭に血が上ったバクラは、彼女を押し倒し返してやろうと腰を上げかけた。

だが、バクラの腕力さえ振り払う半人半妖はだいぶ素早かった。

英瑠はバクラをその場につなぎ止めるように彼の下半身に跨って座ってくると、躊躇なく自分の胸元を開き、双丘を外気に晒した。

「ッ……」

バクラのすぐ目の前で揺れる、白い膨らみ。

それが持つ魔力じみた吸引力に眼を奪われれば、彼女はこれまた素早く自らの下半身の衣服を寛げ、未だ鈍い熱を保っていたバクラの分身を撫でさすった。

「いつもされてることの、お返し」

英瑠はそんなことを口にした。

それから、言葉を失ったバクラの上半身をもう片方の手で力強く押すと、仰向けで完全に寝転がったバクラに馬乗りになって、握った彼のモノを秘められた部分に当てがった。

「んっ……、ん……」

息を吐きながら、バクラと繋がるために、腰を落としていく彼女。

唇を噛んで僅かに顔を背けた彼女の首と胸元が、炎に照らされて妖しげに色付く。

「は、ぁ……ん」

バクラを性急に呑み込んだ英瑠の中は、十分すぎるほど潤っていた。


「オ、マエ……正気かよ……」

唇を重ねた以外特に愛撫も施していないのに、バクラを進んで受け入れた英瑠という女。

バクラを押し倒して跨る彼女はやがて、自分から腰を揺らしはじめていた。

「や……ぁん、バクラぁ……っ」

愛した男の上で、自ら快楽を求めて喘ぐ英瑠。

先程の口淫と同じように不慣れなくせに力強いその動きに、バクラは抗議する気も失せて自分の額に手をやった。


「あっ、あ……っ、んっ」

己の心地良い部分を探すように、腰を揺らし続ける英瑠。

こうなっては仕方ないと、バクラも応えて下から突き上げてやれば、彼女はさらに声を上げて身体を仰け反らせた。

バクラの上で揺れる、柔らかな双丘。
下から持ち上げるように揉みしだけば、英瑠は切れ切れに息を吐いてギュッとバクラのモノを締め付けた。

「……っ! ちょっと待て、オマエ……っ」

ぎりぎりと締め付けられて擦られる、繋がった部分。

己の意思に反して性急に高まっていく熱に、バクラは上半身を起こして彼女を諌めようとした。

このまま最後まで彼女のペースで絞り取られては堪らないと、バクラは腰の動きを止める。

だが英瑠はバクラの様子などお構いなしといった様子で、貪るように彼のモノを締め付け、腰を揺らし続けるだけで。


「ッ、ざけんなよ、っおい……っ」

もうイキそうだから一旦やめろ、とは死んでも言えなかった。

立場が逆の時、どうしているか。
考えるまでも無かったからだ。

案の定。

「っ、いいよバクラ、イッちゃって……
ふふっ、かわいい」

英瑠は彼女の動きを止めようとするバクラの腕力など無視して、悪戯っぽく嗤うと、さらに腰の動きを強めてバクラを責め立てた。

「くっ……! オマエ、覚えてろよ……っ、こんな……っ!」

「いつもの、仕返しっ……! んっ、はぁ……っ」

抗えない本能がバクラを急かし、下半身に熱を集中させていく。

せり上がる衝動が背筋を伝って、彼女より性的に優位に立ちたいというバクラの思いを打ち砕いていく。

――そして。


「英瑠ッッ……!!!」

バクラの意思を無視して込み上がった熱は、呆気なく彼女の中で炸裂した。

切ない声を漏らし、それを全身で受け止める英瑠。

ビクビクと痙攣する互いの部分が交接の余韻を残し、それから――


バクラは、敗北感に打ちのめされたのだった。



**********



「バクラ……かわいい」

英瑠の心は歓喜に浮かれていた。

酒を飲むのをやめ行為に集中したことにより、酔いは少しずつ冷めてきている。

愛欲に溺れ、本能に従ったあられもない行動。

それがもたらしたのは、羞恥と僅かな後悔と――
そして、それらよりも大きな多幸感だった。


愛した人に奉仕し自らの主導で気持ち良くさせるというのは、こんなに満足出来るものなのか。

こんな感覚をいつもバクラは独り占めしていたのだとしたら――
やっぱりバクラはずるい、と英瑠は思った。

けれども、やはり女の方から攻めるというのは、男性としては精神的に面白くない部分もあるのだろうか。

そう考えた英瑠は、おずおずと謝罪の言葉を口にした。

「バクラ……急に襲っちゃって、ごめんね」


いつも英瑠はバクラのペースでいいようにされているのだから、これくらいは許容範囲だろう――

そんなことを考えて。

体を起こしたバクラは胡座をかいて座り、頭を掻くと深いため息を漏らしていた。

荒事で鍛え上げられた体躯。

熱っぽい視線でその身体を見つめれば、英瑠は自分の熱がまだ収まっていないことを自覚する。

そういえば、先程はバクラを良くさせるのに夢中で、彼女自身が心行くまで満足したかと問われれば、まだ足りないのが本音だった。

だからこそ。

英瑠は気付く。
ああ、まだ己の身からは、酒の影響が抜けきってないのだと。

気付いたからこそ、口にした。
あられもない、欲望を――


「ねぇバクラ……もう一回襲っても、いい……?」

その瞬間、何かを決意したようにバクラが立ち上がり、力強い足取りで冥界の石盤の方へ歩き出した。

「……?」

三つの千年宝物を保管している石盤。

バクラはそこから千年輪と千年錐を手に取ると、無造作に首に掛けた。

「っ……!」

バクラの背後で、英瑠が言葉を失って立ち尽くす。

千年宝物――英瑠の本質が拒否する力。

バクラは英瑠を抱く時、これまで一度も千年宝物を身につけていたことは無かった。
彼女がそれを嫌がるのを知っていたからだろう。

だが、今は。


バクラがゆっくりと英瑠を振り返り、獰猛に嗤う。

「何ビビってんだ……?
まだ足りねぇんだろ? 相手してやるよ……」

その時英瑠は、先程までの己の行為を、改めて後悔した。

「やだ……、『それ』はやめて……」

冷えていく心臓と頭が、唇をわななかせていく。

「今度はこっちの番だぜ英瑠……
その身体、ぶっ壊れるまで弄んでやるよ……」

低い声で吐き出されたバクラの双眸には、嗜虐的なモノが潜んでいた――




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