22.5 酒宴

※R18。長編22話と23話の間に当たる番外編。全4ページ。
ひたすらイチャイチャ、時に葛藤してるだけなので、ストーリー的には全く重要ではありません。
夢主攻め→盗賊王攻め→甘、という人を選ぶ流れなので、何でも許せる方向け。

なお言うまでもありませんが、作中にあるような健康を害する無茶な飲み方は、あくまでもフィクションの中だけとお考えください。







「え、お酒……?」

「ああ。そこらの民が作ってる麦酒じゃねえ、王侯貴族サマ御用達の果実酒よ……!
隠してるやつ持って来てやるからよ、飲もうぜ」


英瑠とバクラ。
彼らはファラオの持っていた千年錐を手に入れ、クル・エルナ村を当面の潜伏先とし、二人だけの時間を過ごしていた。

そんな中、バクラから発せられた言葉。


彼――バクラには謎が多い。

盗賊としての技術以外にもいろんなことが出来るようだし、あちこちにあるという隠れ家の場所や、日々の暮らしや、クル・エルナの惨劇以外の過去についても――
英瑠は知らないことが多かった。

よくよく考えてみれば、英瑠がバクラと出会ってから、さほど時間が経っていないのだ。

彼女が唯一すべてを知っているのは、彼の体温――
英瑠を抱きながら耳元で囁く声、手つきや行為から何となく伺える、バクラの好みや癖のようなもの――
それだけで。

否、言動や性格といった人格面、食べ物等の嗜好についてもそれなりに分かってきてはいるのだが……
ともかく。

英瑠は、たった今酒を隠してあると無邪気に告白したバクラに、ちょっとした意外性というか、微笑ましいものを覚えたのだった。

そして同時に、彼の日常的な面よりも睦事の方がよく知っているという事実に、彼女は内心恥ずかしさを感じてしまう始末で。


英瑠が知らない、バクラのコト――

だが彼女は、バクラについてもっと知りたいと思う一方で、彼が自分から話さないことは無闇に詮索しない方が良い、とも思っていた。

本来整っているはずの顔立ちに、深く刻まれた刀傷。
紫がかった双眼の奥に覗く、クル・エルナの惨劇から今日までの日々。
盗賊を生業とする村に生まれ、盗賊王を称する彼。

何があったか想像するのはさほど難しくはない。
しかし、軽々しくそこに触れるべきではない気がするのだ。


英瑠にだって、話したくない過去の一つや二つはある。

それは、後ろ暗い過去の出来事を彼に話すことで、彼に嫌な思いをさせてしまうのではないかという危惧、そして彼に嫌われてしまうのではないかという恐怖がまず一つ。

加えて、過ぎ去った過去の話をして傷を舐め合ったところで、何が解決するわけでもない、意味がない行為だと考えているところも大きかった。


バクラとて、一度は教えてくれたあの血塗られた悲劇についてそれ以上の詳細は語らないし、時折過去の大掛かりな盗掘について武勇伝を語ることはあれど、己の半生に付随する悲哀や怨嗟を匂わせる事は無いのだ。

その背中に時折、本人も自覚していないだろう悲壮感が滲んでいるのはさておいても。


つまりは、そういうことなのだろう。

言い方は悪いが、すねに傷を持つ者同士、節度ある距離感を持って過ごす方が丁度良いのだ。

少なくとも、平素の英瑠はそんなことを考えていたのだった。






「…………、
わぁ、葡萄酒……! 懐かしいな……
前に何度か飲んだことがある……!
私のところでも高級品だったから、そう滅多には飲めなかったけど」

バクラが隠し持っていた酒壺。
いくつかあるそれらを囲みながら、英瑠とバクラは酒を酌み交わしていた。

地下神殿に漂う、場違いな酒の香り。
肉や果実を齧りながらも、あくまでもメインは酒だ。

「オマエも一応貴族サマなんだろ?
酒なんざ選り取りみどりだったんじゃねえのか?」

英瑠の葡萄酒に対する反応を見て、バクラがややふて腐てたように尋ねた。

彼の身の上は今更語るまでもない。
盗賊として腕を上げるまでは、食うに困る日々ばかりだったのだろう。

「そんなことないよ……!
私は将として官位を得てからも、全然裕福な方じゃなかったし……
装備にも家のことにも、いろいろお金がかかるし……後ろ盾もなかったし」

そこまで言った英瑠は、少しだけ複雑な気持ちになっている自分がいることに気がついた。

バクラの方がずっと過酷で凄惨な日々を送ってきている。
それは間違いないだろう。

だが、では英瑠が貴族階級――士大夫層として、何不自由ない生活を送って来たかといえば、決してそうではなかった。

人ならざる実母のこと。
実父の後添えの継母との関係。
異母弟たちのこと。
断ち切れない一族のしがらみ。後悔。
自軍の隆盛と凋落にまつわる一喜一憂。
心残り――胸をちくりと刺す、負の感情。

しかし、それらをバクラに語ったところで何になる。

全てを失ったバクラの前では、どんな不幸だって口に出す資格はないし、色褪せて見えてしまうのだ。

英瑠は腹の底に溜まった淀んだ思いを、口に放り込んだナツメヤシの実と一緒に葡萄酒で流し込んだ。

それから、ふと思いついて口を開く。


「ねぇバクラ……飲み比べしない?」

それはたしかに、たわいない思いつきの、ふざけた提案だった――

少なくとも、この時点では。






「ふふふっ、バクラ……
あんまり無理しない方がいいと思うよ……?」

「ほざけ、盗賊王サマを舐めんじゃねえ!
……ンな量で酔ってたまるかよ、クソが……」


数々の酒壺を挟んで、向かい合って座った英瑠とバクラ。

彼らは杯に注がれた酒を交互に呷り、時に挑発し合い、あるいは突拍子もないことを言って相手を動揺させながら、どちらが先に潰れるかという遊戯に興じていた。

「英瑠……オレ様が勝ったら、オマエはしばらく食料係だ……!
オマエ一人で獲物を狩って、オレ様のために調理すんだぜ……?
オレ様は何もしねえからな!」

ドン、と空の杯を力強く置き、赤らんだ顔でバクラが主張する。

それを見届けた英瑠は、不敵な笑みを浮かべ、側にあった酒壺から酒を注ぐと、杯を呷って一気に飲み干した。

そして、語る。

「じゃあ私が勝ったら、バクラが食料係ね……!
美味しいお肉いっぱい用意して、料理して……
それで、私にあーんして食べさせて!
あとね、寝る時は、私が眠るまで頭撫でて欲しい……!」

「はァ!? てめ、ふざけんなよ……!
つーかどんだけ欲張りだよ、オマエ……!
盗賊王サマに何やらせようとしてんだよ!」

「、バクラの番〜!」

「チッ、わーってるよ!

…………………………ッ、ぷはっ……!
おら、これで満足かよっ、まだまだイケんぜ……?」

再び杯を置いたバクラを見て自分の酒壺を手に取った英瑠は、中身が空になっていることに気付いた。
それを見てか新しい酒壺を開封したバクラが、英瑠の杯に有無を言わさず酒を注いでいく。

「オマエの番だぜ、英瑠……!

なぁ……オマエ、化け物である自分にとって、こんな勝負余裕だと思ってやがんだろ……!
だがな、そろそろ気を付けた方がいいぜ……?」

バクラは唇を舐めると、いつもより少しだけ眠たげな眼で不穏なことを口にした。

炎の灯りを照り返し、ギラギラと輝く盗賊王の双眸。
思わず視線を合わせてしまった英瑠は、己の心臓が跳ねるのを自覚したのだった。

慌てて杯を呷る。
酔ったバクラはなんだか、直視してはいけないような魅力があった。

「ッ……、

…………………………ふう。
あ、このお酒美味しい……! 初めて飲んだ!」

「そいつはザクロの実から作った酒だぜ……
全部オマエにやるよ、ククク……」

不敵に嗤いつつも、やけに優しい口調で告げるバクラ。
盗賊とは思えない気前の良さも相まって、英瑠の胸は再び高鳴るのだった。

「へぇ〜! これがザクロかぁ……
話に聞いたことはあったけど、口にするのは初めてだったから」

バクラが葡萄酒の酒壺から酒を注いでいる。
褐色の指に嵌められた、黄金の指輪たち。
力強さと盗賊らしい器用さを併せ持つ指先は、何故だか英瑠の視線を捉えて離さなかった。

「…………、」

そろそろキツくなって来ているだろうに、構わず杯を呷るバクラ。
王墓から強奪した紅の上衣と首飾りの下から覗く胸板が、英瑠の眼にはやけに無防備に見えた。


「……おい、オマエの番だぜ」

「っ、あ、うん!」

ハッと我に返った英瑠は、反射的に酒を注ぐと、黙って飲み干した。

顔が熱い。
頭がボーッとする。

(おかしいな……まだまだ大丈夫だと思ったんだけど)

今までに飲んだ量を思い返しながら、英瑠は内心首を捻っていた。

バクラの方はと言えば――
英瑠の後に今杯を空にした彼も、だいぶ酔いが回っているらしい。

だが彼は、まだ余裕だといった感じで英瑠を挑発するように不敵に嗤い、再び唇を舐めるのだった。


「…………っ」

おかしい。
杯を呷れば呷るほど、英瑠の身体には異変が起きていく。

それはたしかに酔いではあるのだが――
どこかそれだけではないような、英瑠が今までに経験したことがないような奇妙な感覚だった。

何か、形容出来ない大きなモノが、内側から溢れ出すような――

英瑠は黙ってバクラの一挙手一投足を眺めていた。

「……英瑠」

彼の唇が英瑠の名を紡ぐ。
彼女はもはや何も考えずに、酒を酌み、杯の中身を喉へ流し込んだ。

先程とはうってかわって、何かを観察するように真剣な表情になったバクラが、黙ってじっと英瑠の顔を見つめている。

「ぜんぶ飲んだよー」

動かないバクラを見て、杯の中身は残してないよというように空の杯を彼に見せる英瑠。

「……オマエ、そろそろ限界だろ」
「ううん」

確かめるように問うバクラの一言を即座に否定し、英瑠はまた彼の全てをじっと見つめる体制に入る。

酒を杯に注ぐバクラの手。
杯を握る彼の指。
酒を呷り、飲み下す喉。
床に置かれた酒壺と肴を挟んだ距離からでも伝わって来そうな、彼の体温。

褐色の肌に銀の髪。
酒を飲んだ後の、濡れた唇。

「バクラ……」

彼が杯を空にした瞬間、英瑠は弾かれたように自分の杯に酒を注ぎ、一気に呷って飲み干した。

だん、と床に置かれた杯。

もっと、バクラの姿が見たい。
英瑠の体が、身を乗り出すように前のめりになっていく。


「クク……、オマエ気付いてたか?
オマエにやった酒壺と、オレ様が飲んでた酒壺……その違いによ――」

バクラは薄く嗤ってそんなことを口にした。

「……バクラの番だよ」

そうだ。
バクラが酒を飲んで無防備になっているところをもっと見たいのだ。

英瑠の口元が、無意識に緩む。

だが。

「まぁ聞けよ……
オマエの方には最初から強い酒壺ばかりをくれてやったんだぜ?
同じ量を飲んでも、酔いが回るのに差が出るようにな――

……だがそれでも、やっぱオマエは『そんなもん』か……
ケッ、今回はオレ様の負けにしといてやるよ……!
だからもう飲むんじゃねえ、英瑠――、」


皆まで聞きたくなかった。
バクラはとんでもないことを言った。

勝負における不正?
そんなものはどうでもいい。
相手が化け物なら、誰だって強い武器を手に取るだろう。
毒でも何でも仕込んで。化け物を確実に仕留めるために。

問題はそこではない。
バクラは自ら負けを認めた。
だいぶ酔いが回っているとはいえ、まだ飲めそうな様子なのに、だ。

それから彼は、もう飲むな、と言った。
英瑠に向かって。

自分の負けでいいからもう飲むな、と。

「なんでー? やだー!」

英瑠は己のタガが完全に外れたことを、どこかで自覚していた。

抗えぬ本能のようなものが理性を塗り潰し、そのまま英瑠をケモノへと変貌させていく。


「これ全部呑んじゃいますね〜」

彼女はザクロ酒の入った酒壺を掴むと、壺を直接呷って、一気に喉へと流し込んだ。

バクラが何事かを叫んでいる。

全部飲みきらないうちに彼の手が酒壺を奪い、英瑠の頭を軽くはたいた。

バクラは一体何をそんなに怒っているのだろう。
英瑠にはわからなかった。

しかし、これは好機である。

英瑠から酒壺を奪ったバクラは、彼女に背を向けて引き離すように酒壺を置いた。

バクラの大きな背中。
馬に揺られながら体を預けた時の事を思い出し、英瑠はにんまりと笑った。


バクラが好きだ。堪らなく好きだ。

彼がこの勝負に負けたというのなら、自分がバクラに勝利報酬としての条件をつけてもいい筈だ。

食料係やナデナデよりも良いものがあったではないか。

それは、素面の時では絶対に手に入らないモノ――

だから。
今、だけは。

「バクラ、すき……!」

英瑠はそう口にして、飛び込んだ。

振り返ったバクラの身体目掛けて、極力衝撃を与えないように、でも力強く――

バクラが驚いたように眼を見開く。

かわいいひと。

全身を駆け巡る熱情に酔いながら、英瑠は自分の中から溢れ出したものが、本能という獣であることにようやく気がついた。

しかしそれは、物理的に敵を切り裂くあの『噴き上がるケモノ』に比べたら、きっとかわいいものだ。

バクラの身体さえ傷つけなければ、それでいい。

そんなことを考えながら、英瑠はバクラの身体を押し倒していた――



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