「……い

おい……、

おい、起きろ」

「ッッ!?」


身体を揺さぶられふと目を開けてみれば、目の前には真剣な目をしたマリクの姿。

寝起き一発目に見るのがこの邪悪な存在だというあたりが、何とも複雑だ…。


「ん……っ、ふあぁ〜〜っ……なに……?」

ゆっくりと身体を起こそうとする――


「ッッさむっ!!!!
うぅ〜〜!! すごく寒いよ!!

やだ、今日休みだしまだ起きたくない〜!!!」

寝起きの身体を襲った猛烈な寒さに、私は起きかけた身体を思わず戻し、布団に包まって小さくなった。


「おい……!!!
とっと起きやがれ……!!!
起きねえとこのまま布団も服も全部剥いで丸裸にしてやるぜぇ……!!」

「やだ!!」

マリクの不吉な言葉に、嫌々身体を起こせば、また冷気が容赦なく身体に襲いかかり。


「うぅっ……寒いよぅ……!」

「……ほらよ」

「あ、ありがとう……」

よく見ればマリクは室内だというのにアウターを着込んでいて、そんなマリクから別の上着を手渡された私は、素直にそれを寝巻きの上から羽織ったのだった。


「おい……外を見ろ」

「外?」

「見りゃわかる……」

「えっ……?

……ああぁっ!! うっそ!! 雪!!!!」

ベッドから出て、カーテンを少しだけ開けて外を覗いてみれば、外は一面銀世界に変わっていて。


「ゆき……
この白いのがか??」

「うん!!
もう止んでるみたいだから、夜のうちに降って積もったんだね〜!

へ〜、こんなに積もるなんて珍しいな〜〜!
マリクはエジプトの生まれだもんね?
雪見たの初めてだよね……?」

「その雪とやらのせいでこんなに寒いのかぁ……?」

「うん、多分……。

あ、そうだ、せっかくだから外行ってみない?
雪さわってみようよ!!!」







「ほぅ……これが雪か……」

間延びした声とは裏腹に、マリクの足取りは軽く、まだほとんど足跡のついていない白い絨毯の上をあちこち歩き回って足跡をつけていく。


「あっ、マリク、あんまりそっち行っちゃ――」

「ッッ!」


ぼふっ。


間抜けな音がして、雪に足を取られたマリクが、突っ伏すように派手に倒れこむ。


「っ、だから言ったのに……!!
ッ……、はは、あははは……っ!!!!」

「……、き……しゃま……」

「っ、ごめ、っ……はははっ、あははははっ!!!
ま、マリクってば雪まみれだし……もう!!!」

のっそりと身体を起こしたマリクは、髪にも服にも雪がこびりついていて……

そのあまりにも珍しく、コミカルな光景に笑いが止まらなくなり、申し訳ないと思いつつも私はお腹を抱えて笑い転げた。


「殺す……」

「っ、ごめん、ごめんてば!!
やだ、ひどいことしないで〜!!」

雪にまみれたまま、ユラリと殺気を放ちながらこちらへにじり寄ってくるマリク――

思わず身の危険を感じた私は、踵を返してその場を退散する。


「待て瑞香……!!」

「やだ、待たない!!」

背後に迫るマリクの気配を感じながら、そこいらを慎重に走り回る。
ここで転んだらマリクの二の舞だ。


「ッ、瑞香――!!」

「やだ〜!」

「ッおい!!!!」

「!?」

建物に近付いたあたりで本気で声を荒げたマリクに、ちょっとだけ戸惑って振り返った瞬間――


どさどさどさっ!!!


「瑞香……!!!!」


重い何かに強引に押し潰され、一瞬で埋まった視界と頬をじかに撫でる冷たい感触に思考が寸断され、少しの後に何が起きたかを理解する――


(雪が落ち――!?)


しかし気付けば呼吸は奪われていて――

全身を覆うその空間で、パニックになりながら夢中で身体を動かすも、不自然な体勢ゆえか力が入らない四肢に、さらに混乱した瞬間――


ふと身体の重みが軽減され、夢中で頭を振ると、身体を何かに引っ張られて視界が開けたのだった。


「う……ん……、マリ、ク……」


ぎゅっ。


え……


雪の中からようやく這い出た私を包んだのは、力強い腕の感触と、荒い呼吸で。


「マ、リク……」

マリクに抱きすくめられたまま背中や頭を撫で回され、全身に纏わり付いた雪が払い落とされていく。

ばくばくと激しい鼓動を打ち続けている心臓は、先程まで感じていた息苦しさのせいとは別に、この状況に反応しさらに高鳴った。


「はぁっ、はぁ……、あ、りがとう……」

「…………」

「も、もう大丈夫だよ……っ!」

マリクの腕の中で深呼吸を繰り返し、呼吸を調えながら回し返した腕で彼の背中をとんとんと軽く叩く。

ゆっくりと身体を離すと、マリクの腕が名残惜しそうにこちらの腕を掴んだ。


「はぁ……、びっくりした……
上から雪が落ちてくるなんて……

ありがとうマリク、すぐ掘り起こしてくれて助かったよ……!
息出来なかったし……怖かった〜!」

ぼやきながら上を見上げれば、張り出した屋根が見え、そこから雪が滑り落ちたようだった。

自分が埋まっていた背後の雪を振り返れば、さほど雪の量は多くなかったが、咄嗟の事で自分の身体は全く反応出来なかったらしい。


「マリクが助けてくれなかったらと思うと……
こわい……!!
ああぁ、本当にありがとう!!!!」

おさまっていく鼓動と反比例して広がっていく恐怖に、自分から身体を離したにも関わらず、私は無意識にまたマリクに抱き着いていたらしかった。


「おい……、だいじょうぶかぁ…?」

雪を掘ったためか彼の呼吸もまだ少し乱れていて、ぎこちない手つきで私の頭を撫で回すその手と、いつもの人を食ったような間延びした声が耳をつく。

不覚にも目頭が熱くなった私は、我に返ってまた身体を離す。


「まっ、マリクの手、冷たい……!!
雪を掘ってくれたからだよね!! ごめんね……!!」

潤んでいく眼を見られたくなくて、俯いてマリクの手を取り、わざと明るく声を上げた。


「ククク……死ぬかと思ったかぁ……?
安心しなぁ、こんなつまらねえ死に方はさせねえよ……!」

「っ……、なにそれ」

「涙目かぁ……?
ハハッ、アンタの泣き顔は嫌いじゃないぜぇ……」

「っ……ば、か……」

マリクの言葉に、堪えた涙がどんどん溢れてきて、視界は完全に歪んで滲んだ。


「どうでもいいけどよぉ……、この雪とやらはもう十分だぜぇ……
寒ィし俺は部屋に戻る……くしゅん!!」

「……っ

ふ……、くっ……あははっ」

「おいきしゃま――っくしゅん!!!」

「ま、マリク……!」

「っクソッ!!
この雪の冷たさのせいだ……くしゅん!!
くしゅん!!!」

「あははは、うん、そうだね……!!
戻ろ、部屋戻ろう……!!」

「殺す……っくしゅん!!」


部屋に戻ってもしばらくマリクはくしゃみをしながら鼻をすすっていて――

何だか申し訳ない気持ちになって、温かい飲み物を入れてマリクに渡し、私はもう一度、
「ありがとう」と伝えたのだった――――







(助けてくれた時のマリクの顔……一生忘れない!!)

(このオレがあんなに焦るとはなぁ……怖い怖い)

(え? 何か言った?)

(何でもねえよ……、どうでもいいけどよぉ、こんなんじゃ暖まらねえんだよ……!!

その身体の熱を全部オレに寄越しなぁ……!!!)

(えっ……ちょっ!! わあぁぁっ!!!)




END


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