「…………」
やけに静かな室内。
いつもムシャムシャとお菓子を貪ったり、カードをテーブルいっぱいに広げてブツブツ言いながら弄ったり――
そんなマリクが、今日は、ソファーの上で黙ってじっとTVを観ていた。
……否、TVを観ているというよりは……
ただボーッと空中の一点を見つめていて、気のせいか顔は赤らみ、浅い呼吸を繰り返していたのだった。
「マリク……?」
いつもの邪悪なオーラが全くと言っていいほど掻き消えてしまっているマリクのすぐ隣に座ってみれば、服越しでもわかる熱気が肌を撫でる。
「ちょっとマリク……! 熱あるんじゃない……!?」
慌てて手をマリクの額に当ててみれば、案の定、それは異常なほど熱を持っていて。
はぁ、と苦しそうに息を吐いたマリクを見て、これは風邪か何かの病気に罹ったのだ、と悟った。
しかし。
「何でもねぇよ……」
ぼそりと吐き出した声はいつものマリクより大分か細くて、額に当てた手は無造作に払いのけられた。
しかもその手すら、ハッキリとわかるほど熱を持っていて――
「マリク、ベッド行こう……?
横になった方がいいよ……」
「はッ……、これは珍しい事もあるもんだ……
貴様の方から、誘ってくるなんてなぁ……
っ、はぁ……、欲求不満かァ……?」
息を切らしながら軽口を叩くマリクに、
「そういう意味じゃない!」と反射的に反論しようとして、ふと思い直してそれをぐっと飲み込む。
「うん……そうかもね……
だから、行こ……?」
誤解されたまま恥ずかしさを堪えてマリクの髪を撫でれば、不敵な笑みを浮かべたマリクを、何とか寝室に連れていく事に成功したのだった――
「はぁ……、はぁ……っ」
「イシズさんに連絡したら、お医者さんを寄越してくれるって……!
さすが政府の要人……この状態じゃ病院連れて行けないし、助かったよ……」
「……っ、そうかい……余計な事を……」
「もう……! 一人の身体じゃないんだからね……!
主人格のマリクが可哀相だってば……」
「フン……、っ……、はぁ……っ」
ベッドに寝かしつけ熱を測ってみれば案の定高熱で、強がりながらもマリクは、苦しそうに喘ぎながら大人しく横になっていた。
「じゃあお医者さんが来る前に、飲み物を買いに……」
「っ、待て……っ」
「うん……?」
くるりと踵を返したところで呼び止められ、少しだけ振り向く。
ぎし、とベッドが軋み、半身を起こしたマリクがこちらに手を伸ばした。
「マ……、」
言葉を発する前に、腰のあたりにぎゅっと抱き着かれる。
服越しでもわかるマリクの熱い体温が肌に伝わり、私の熱を一気に上昇させた。
「マリク、あの――」
「っ、行くな」
「えっ……、でも」
「……っ、く……っ、はぁっ、はぁっ……」
腰に絡みついたマリクの腕は、たちまち力を失ってずるずると下へ下りていく。
腹部に埋められた薄い金色の頭だけが、苦しさに喘ぎながらぐりぐりと押し付けられていたのだった。
「マリク……
わかったよ、どこにも行かないよ……!
だから、安心して……横になってて……!」
抱きしめ返した腕でゆっくりと頭を撫でれば、ようやく離れた身体が、素直にベッドに戻って行ったのだった――
お医者さんの往診も終わり、薬も飲み、ようやく落ち着きを取り戻したマリク――
今は、主人格になっている。
「はぁっ、すまない……、瑞香に迷惑をかけてしまって……」
「いいよいいよ! 気にしないで……?
というか私の方こそゴメンなさい……、二人の身体なのに、こんな事に……」
「瑞香が謝ることじゃないよ……!
っはぁ、それよりも……、もう少しここで寝かせてもらってても平気かい……?
あ、アイツが……、ここに居たいって……――」
「あ、」
寝ているにも関わらず、ブワリと逆立つ髪。
「……っく……
余計なこと言うんじゃねぇよ、主人格サマ……!
はぁ……っ、チ…… こんな熱程度で、このオレが……!!」
「マリク……」
お医者さんが診察している間中ずっと主人格に代わっていた闇人格のマリクが、主人格を遮って表に出る。
仏頂面で天井を睨むその顔は相変わらず赤らんでいて、薬を飲んだとはいえまだまだ熱が引いてはない様子だった。
そんな状態にも関わらず苦々しく顔を歪め軽口を叩いたり、かと思えば先程のように甘えるような行動を見せるマリクが何だか、堪らなく愛おしくなって……
横になっているマリクの髪を、そっと撫でてみる。
「っ……、どうしたぁ……??
オレに構ってもらえなくて、身体を持て余してるのか……?
残念だったなぁ……」
「そうだね。だから、早く良くなってね……?」
「っ……!」
マリクの軽口に素直に答えてみれば、僅かに見開かれた眼が黙ってこちらを凝視していた。
胸の中に生まれた熱が、無意識に自分を突き動かす。
「今はゆっくり休んだ方がいいよ……、おやすみ」
黙ったままのマリクにそっと唇を重ね、離す。
自分の行動に自分で驚くのは、もう少し後の話なのだった――
「うつっても知らないぜぇ……」
部屋を出る時に聞こえたマリクの声は、心なしか満足そうで。
まるで発熱のようにじわじわと心に広がっていく熱と火照っていく頬に、私もとうとう風邪を引いてしまったのだと、ぼんやり考えたのだった――――
「フハハハハッ……!!
瑞香……、オレは蘇ったぜ……!!!
寂しかったんだろぉ……?
オレがオネンネしてる間、貴様はずっと物欲しそうな顔でオレの寝顔を眺めていたもんなぁ……」
「えっ!? 何で知ってるの!? まさか寝たフリ――
って違う!! 別に物欲しそうじゃないから!!!
そりゃ、少しは寂しかったけど……っていいから!それは!!」
「寝顔なんざいくらでも見せてやるよ……
ずっとオレの隣に居るってんならな……ククッ」
「……っ、」
「もっとも……、アンタがオレの寝顔だけで満足出来るとは思えないがな!!
ハハハハハ!!!!」
END
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bkm