ひとりじめ



夏休み。


「ねえマリク、みんなと海に行かない……?
もし嫌じゃなければだけど」

「嫌だね……」

「…………ウン、そうだよね……ごめん」


マリクの背中には、墓守りの一族が守ってきた秘密が文字通り『刻まれている』。

それはもう、痛々しいくらい――
実際その苦痛で、もう一つの人格を生み出してしまうくらい。

そんなわけで、たとえ役目を終えてもマリクの背中はずっとそのままだし、増してやそれを人前に曝すなんて、どう考えたって首を縦に振るわけはないのだった。

なんて軽薄なんだろう自分は。
ちょっと考えればすぐわかることなのに。

ちょっと……、いやかなりヒドイ誘いをしてしまった事を今更実感し、私はもう一度マリクにゴメンなさいと呟いた。


が。


「フン……あの煩い奴らとつるむ気にはなれなくてね……
そもそも、水と戯れて何が楽しいってんだぁ……?」

私の危惧するところをわざと外すように、マリクが嘲笑を浮かべながら毒づく。

口をつぐんだままマリクをじっと見つめると、マリクはいつもの眠たげな眼をさらに細め、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見返してきて。

全く問題ないといったようなその眼差しに、私はただ安堵を覚えたのだった。


「お友達と遊びたいなら好きにしなぁ……
オレも好きにさせてもらう……」

興味を失ったように視線をそらし、ソファに身体を投げだしながら頭を掻くマリク。

ボーッとTVを眺めながら、ボリボリとスナック菓子をかじるマリクを横目に、それなら……と私は、みんなと海に行く光景に思いを馳せながら自室に向かうことにしたのだった。

マリクにはちょっと悪いけど。


「あ、水着用意しなきゃ」


カッシャーン

「っ!」

居間を出る直前、床に何かが落ち跳ねた音に思わず振り返って寄ってみれば、マリクがTVのリモコンを取り落としていた。

床にぶつかったリモコンは衝撃で裏のフタが開き、飛び出した電池がコロコロとフローリングの床を転がっている。

「あらら、」

何故か固まっているマリクを訝しく思いつつ、思わずリモコンを広い上げるとこぼれた電池を目で追って捕まえる。

電池とフタを嵌め直し、もう一度マリクにリモコンを手渡そうと差し出した――

が、マリクはジト目でこちらをじぃっと見つめながら、何か言いたそうにしているのだった。


「どうしたの?」

声をかけて無言のマリクの眼を覗いてみれば、リモコンを受け取るや否やあからさまにフイッと視線を逸らされ、さらにわけがわからなくなる。

「マリク……?」

黙ったままのマリクの様子に、胸の中ではもやもやした不安感が広がり始めていた。


「誰が来るんだ……」

「え? みんなだよ!
いつもの……杏子とかほら、遊戯君たち!
城之内君と、本田君と――」

ガシャッ。

言い終わらないうちに、またリモコンを取り落とすマリク。


「ちょ……、リモコン壊れちゃうってば」

「下らねぇ……」

「えっ?」

「……、くっ……」

苦々しい顔でぽつりと漏らしたまま、マリクはそっぽを向いて固まってしまう。

これは、もしかして――……


「ごめん……海やプールじゃ、マリクは遊べないもんね……
花火とかキャンプとか、脱がなくていいところだったら良かったんだけど……」

「チッ……」

マリクは小さな舌打ちをこぼし、床に落ちたリモコンを広い上げた。


「マリク……」

「下らねぇ……、その水着とやらに今すぐ着替えろ……」

「えっ!?
何言ってんの、嫌だよ、恥ずかしいもん!!!
こういうのはその場で着ないと!!」

「…………」

「えっ……な、なんで怒って、る……
ごめん、私が悪かったよ……軽い気持ちでマリクを誘ったこと……本当に……」

意気消沈して、自分の軽率な発言をマリクに謝罪するも――

結局マリクの機嫌は戻らないまま、私は何故か部屋の中で水着を披露する羽目になってしまったのだった……





「……うーん……恥ずかしいよコレ……
海やプールだと平気だけど…部屋の中だと何か……」

着て行く予定だった水着に着替え、おずおずとマリクの前に出て行けば、マリクの手からスナック菓子がぽとりと落ちた。


「……な、何……?」

「……ありえない……」

「え……?」

マリクが目を見開いて、唇を震わせながら小さくこぼす。


「そ、その格好で奴らの前に出て行く気かぁ……?」

「うん……他に水着持ってないし」

「…………っ!!!」

どういうわけか、また舌打ちをこぼしながらそっぽを向き、わしわしと頭を書きながら歯を噛みしめているマリク。

その顔がやたらと赤いのは、部屋のクーラーが弱いせいだろうか?


「瑞香」

「……うん?」

「淫乱女ァ……」

「なっ……!!」

何を言う、と言い返そうとしたところで、腕を捕まれ力強く引っ張られる。

縺れた足がバランスを取るより早く、私の身体はソファに腰かけるマリクの腕の中に倒れこんだ。

「ちょ、っ……!」

手足をバタつかせてみれば、首筋に鈍い痛み。

「たっ……!」

軽く噛みつきかけられて、思い直したのか、唇で吸い付かれた。

「んっ、ちょっ……!!」

身を捩っても、力強い褐色の腕はびくともしなくて。

ちゅ、ちゅ……と首筋に唇を落とされるたび、私の身体には熱が生まれ。


「や、やめてよマリク……!
跡がついたら、海に行けなくなっちゃ――」

言いかけたところで。


ふと思い当たった可能性に、心臓がズキリと音を立て胸を圧迫した。

言葉を発せないままその可能性について考えていたら、やがてマリクが唇を離し――


ゆっくりと交差した視線に、しばしの沈黙。

マリクの眼は相変わらず眠たげで、拗ねたように少しだけ唇を尖らせていた。


なんてこったい。


うまく言葉が出て来なくて、もどかしくて――

そっとマリクの髪に指を絡め、「ばか、」とだけ呟いた。


やがて、火照っていく頬を見られたくなくて私は、マリクの肩に顔を埋めたのだった――――






(ていうか……わかりづらい!!
他の人に水着を見せるのが嫌なら嫌って言ってくれないと……!)

(うるせぇな……これだから淫乱女は困るぜ……)

(な、なにをっ……!! ばかっ!! 嫉妬魔!!)

(フン……!)

(でもちょっと嬉しかったかも……へへへ!)

(ククッ……普段からその水着で過ごせばいいだろ……オレの前だけでなぁ!)

(前言撤回!!)



END


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