「暑いですね〜……水の中を泳ぎたいです……」
カラカラに晴れた、エジプトの空の下。
日差しを避けて家の中にいるとはいえ相変わらず気温は高く、ふと桃香がそんなことをこぼしたのだった。
「……あぁ? お前泳げるのかよ」
『仕事』のために、地図を広げて頭に叩きこんでいたバクラが、ふと顔をあげて言葉を返す。
「はい、まぁ一応……とは言ってもそんなに深いところでは泳いでなかったですけど……
昔まだ家族がいた頃、近くに川やオアシスがあったのでよく遊んでたんです……」
桃香はそう言って楽しそうに微笑んだあと、やがてふと寂しそうな表情を見せた。
そういえば、桃香の家族はもうこの世にはいないのだった。
「……いいぜ、連れて行ってやるよ……
ここからそう遠くない場所にオアシスがあるからな。
食料調達のついでだ、来な」
そう言いながら地図を畳み、赤い外套を翻したバクラは颯爽と外へ向かっていった。
桃香は一瞬呆気に取られてそれを眺めていたが……すぐに嬉しそうな表情を浮かべ、小走りでバクラの後を追ったのだった――
「うわぁ、綺麗な水……!!」
「好きにしな……! オレ様は食い物を取ってくるぜ」
「えっ、でも……」
「お前に小動物が捕まえられるってのか……?
木の実もここいらのは背が高いから足手まといだ。
おとなしく水に漬かって遊んでな……!」
「はい……」
豊富な水を蓄えたオアシスの中。
フン、と鼻を鳴らしながらバクラは踵を返し植物が生い茂る中へ去っていく。
桃香は少し申し訳なさそうな顔をしていたが、やがて明るい表情を取り戻すと、透き通った水面を眺めて微笑みを浮かべたのだった――
「こんなもんか……って、あ……?
ッッッ!!!???」
どさり。
獲物や木の実をいっぱいに詰めた袋が、バクラの手から擦り抜けて地面を叩く。
それほどまでに、バクラの眼には衝撃的なモノが映っていたのだった。
「あっ……、バクラ様」
優雅に水の中を泳いでいた桃香がバクラに気付き、それほど深くない水の底に足をつけバクラに近付いてくる。
問題はその格好、だが……
「おい……何で全裸なんだよ」
「えっ……!
だ、だって、服が濡れてしまうし……
服を着たままだと、うまく泳げないんです」
キョトンとした顔でそう語る桃香の身体は、水に濡れ、日差しを受けてキラキラと輝いていた。
少しの間の後、ようやく恥ずかしくなったのか胸を腕で隠し、照れたように身を捩ってはいたが――
その仕種が余計になまめかしくて、バクラは思わず目眩を覚えたのだった。
そして。
「おい……
一応聞いておくが……
昔家族と泳いだ時ってのも、そうやって裸で泳いてやがったのか……?」
「えっ、はい……そうです」
「それは本当に家族だけか……?」
「いえ、近所の幼なじみとか……いろいろいましたよ……!」
ざわり。
バクラの頭の中で、何かが音を立ててざわめいた。
「昔ってどれくらいだ……? ガキの頃か……?
いや……、幼なじみってのはまさか男じゃねえだろうな……!!」
「っ……、え、あ……バクラ様……?」
どんどん怒気が篭っていくバクラの語尾に、桃香もようやく不穏なモノを察知し、たじろいだ。
「どうなんだ……桃香よォ……!」
バクラは服を着たまま躊躇せずに水に足を踏み入れると、そのままざぶざぶと桃香ににじり寄っていった。
桃香はその迫力に押されて裸のままじりじりと後ずさったが、呆気なく腕をバクラに掴まれてしまうのであった。
「バババクラ様……?
な、何か誤解されてるみたいですが……
本当にただの幼なじみですよ……?
そ、それほど子供の時ではなかったですけど……ってそうではなくて!!
その、あの、その子たちとはもちろん、何も無かっ……きゃああ!!」
バクラは水の中でおもむろに桃香の身体を抱え上げ、そのまま水から上がるのだった。
「……帰るぞ。遊びは終わりだ」
「ええぇ……!!」
ギラギラと剣呑な光を帯びた眼差しで吐き捨てるバクラに、桃香は、どうしよう……という表情のまま固まっていた。
そして、この状況がどうにもならないことを知った桃香は、己の軽薄さをようやく思い知ったようにばつの悪そうな顔をしていたのだった――
(クソッ……気に入らねぇ……!!
なんで雑魚どもがこいつの身体を……っ!
クソ……!!!)
(バ、バクラ様……! あの、本当に何も……
その子たちだって、いつしか離れ離れになってしまって……!)
(んな事ぁどうでもいいんだよ!!
チッ……、何故こんなにイラつくんだ……!! クソッタレ……)
(ごめん、なさい……)
(謝るんじゃねえ!!!)
(ええぇ〜……)
END
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bkm