あつい日のすごしかた〜バクラ編〜



「バクラ……その髪の毛暑くない?
首のあたりとか……」

「…………」


バクラの……もとい、獏良君の家。


クーラーの効いた部屋はさほど暑いというわけではなかったが、涼しい顔でカタカタとノートPCを弄るバクラの姿を眺めていたら、ふとそんな疑問が沸いたのだった。


「獏良君、外でも髪の毛結んでないもんね……
暑くないのかな……?」

「さあな」


指を動かしたまま、こちらに視線は寄越さないものの律儀に返事をするバクラに、じんわりと胸の内が暖かくなる。

我ながら単純だと思うが、これはもう仕方ない。
病気のようなものだと自分に言い聞かせる。


そして、突発的に頭に浮かんだもの――


バクラが、その長い髪を結ったらどうなるんだろうという疑問…………


その疑問を心の中に据えた瞬間、派手に心臓が跳ねた。


「ッ……」


思わず声を上げそうになり、無意識に口を押さえる。


頭の中には――その煌めくような白銀の髪を結い上げ、白いうなじを晒しているバクラの後ろ姿がハッキリと浮かんでいた。


「っ、ふ……、」


制御できないその想像力がもたらす連鎖反応に、情けないやら恥ずかしいやら、そしてドキドキするやらで、クーラーの効いた部屋の中に居るも関わらず、私の体温は一気に急上昇したのだった。


そしてそんな私の挙動不振に、こちらを見ていないとはいえバクラが気付かないはずもなく。


「おい……
また下らねぇ事考えて、一人で発情してんじゃねえだろうな……」

「ッッ!! あっ、えっ……」


口を押さえたまま、首をぶんぶんと思い切り左右に振る。

がすでに、睨め付けるようなバクラの鋭い視線は私を捉えていたのだった。


「な、なんでも……な……」


ごまかすように浮かべた笑みは、自分でもわかるほど引き攣っていたに違いない――――







「ふ……、ふふっ……」

「チッ……、うざってえ……」


この光景は何だろう。


ひどく、現実感が薄い気がする。


自分の手の中にある感触。
さらりとしていて、それでいて確かな感触を持つ流れるような白銀。


「やっぱてめえは殺すしかねぇかもな……、救いようがねえ」

「うん…………」


ブラシで髪を寄り集め、もう片方の手に握りこんでみれば。

髪から漂ってくるほのかなシャンプーの香りが、辛うじてこれが現実だという事を知らせていた。


まさか、バクラの髪を結っても良い日が来るなんて…………


嬉しさと高揚感と多幸感に包まれながら、ぎこちない手つきでバクラの髪に触れ続ける。


バクラはといえば、多少毒づきながらもノートPCを触ったまま頭を動かさずに、背後に立つ私にその流れるような長髪を弄る権利を委ねていて。

ああ、バクラの威圧感がもう少し弱々しいものなら……、私はきっと理性を保てずに、その後頭部に顔を埋めていたことだろう……!!


そして。


「できた、よ……」


俗に言うポニーテールで結い上げられたバクラの髪。

房の先から覗く白いうなじは、想像よりもずっと綺麗で……
私はまた、理性をフル動員する羽目になったのだった。


「……満足か? この変態が……」

「うん…………ありがとう……」


不機嫌そうにチラリと背後を振り返ったバクラが、何だか、少しだけ照れているように見えて。


いよいよ私の頭もどうにかなってしまったんだと自覚し、胸の内から込み上がってぶつける先の見つからない溢れ出る激情と熱を、何とかしてバクラの目の届かないところへ持って行こうと決めた。


私は勢いよく玄関まで走り出し、慌ただしくサンダルを引っかけてドアを開けると、バクラの家を飛び出したのだった――――





灼熱の外気が全身を包み、呼吸を奪う。

バタバタと人気のない階段の方へ走り、いくつか下りたところの踊り場でうずくまった。


暴走しそうな激情は、不快なほど灼けつく夏の空気をはぁはぁと胸に取り入れることで、ようやく落ち着きを見せた。

心臓が痛いほどばくばくと高鳴り、胸が締め付けられる。

切なさを孕む思慕が頭をぐるぐると駆け巡った。


綺麗だし、似合うし、抱きしめたいし、可愛い、し……


そんな言葉、口に出せば許されないのはわかっていた。
だからこうやって、何とか、咀嚼して飲み込むしかないのだ……きっと。


タン、タンと上からもう一つの足音。


背後で止まったそれに、火照って汗まで滲んだ顔で振り返るのは勇気が要った。


はぁ、と呆れたような溜め息。


「不憫だな桃香……
てめぇは……、そういう感情を死ぬまで抱えなきゃなんねえんだからよ……」


私はゆっくりと立ち上がり、視線を下に落としたまま振り返る。

視界に映った、バクラの胸元で光る千年リング。

夏の日差しに照らされたそれは、キラリと黄金に輝いて異彩を放っていた。


ゆっくりと、視線を上へ――


「ま……、うざってえが……
それをオレ様にだけ向けるってんなら、もう少し構ってやるよ」

「っ、バクラ……」

「いつまでそうしてるつもりだ……戻るぞ」


フン、と鼻を鳴らしたバクラの眼は、相変わらずギラついていたが――


踵を返して部屋に戻る彼の背後で、日差しに照らされた白銀の房が左右に揺れたのを見てしまった時――


私の胸は、また派手に締め付けられたのだった――――








(つまらねぇ事でいちいちだらしなく発情しやがって……
宿主の身体がそんなにお好みか……? ククッ)

(………………)

(わかったわかった……!
ンなにしょぼくれた顔しなくてもわかってんだよ!
チッ、うざってえ……!!)

(ごめん……)

(……来な、桃香! 遊んでやるよ……!!)

(バクラ……!!)

(フッ、単純なヤツ……)




END


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