「ゴホッ、ゴホッ……」
「大丈夫? 獏良君……! 風邪?
何か顔色も良くないよ……」
「うん、なんかそうみたい……」
午後の休み時間。
クラスの中、獏良君は風邪をひいたらしく若干辛そうな様子だった。
「獏良〜、大丈夫か?
お前は身体弱そうだもんな〜!」
「ちょっと城之内!
獏良君はアンタと違って繊細なんだからね!!
何とかは風邪ひかないっていうし一緒にしないで!!」
「なっ、なんだとコラー!!」
「やめなよ二人とも……!
獏良君、辛いなら早退した方がいいよ……!」
「うん……でもあと少しだし、頑張るよ」
杏子が城之内に苦言を呈し、遊戯君が割って入るという騒がしくも微笑ましいいつもの光景が繰り広げられながらも、獏良君の症状は徐々に悪化していったのだった。
放課後。
「おい獏良……!
おまえ熱あるんじゃないのか? 大丈夫か?」
「うん……ちょっとフラフラするけど……
家に帰るだけだから大丈夫だよ……!」
「獏良君一人暮らしなんだし、ヤバイって……!
病院に行った方がいいよ!」
そんなわけで、獏良君は近くの病院に行ってから帰宅する事になった。
その間に私達は一旦自分の家に帰り荷物を置き、獏良君が一人暮らしという事もあったので、杏子と私でスーパーに行き獏良君の食べられそうなものを買い、お家に届ける事にしたのだった。
「ゲッ……病欠で人が足りないから今日入ってくれってバイト先からメールが来てる……!」
買い物を済ませ、獏良君の家に二人で向かおうとした時に杏子が苦々しい顔で言った。
「どうしよう……
うん……、仕方ないよね、獏良君の方が大事だし!
店長にまた何か言われるかもだけど……いいや!」
「あ、杏子……もし良ければ、私一人で買った物を届けておくよ……?」
「えっ、本当……? でも何だか悪いよ……
こんなことなら遊戯にも手伝わせるんだった!」
「ううん、私は今日予定ないし別に大丈夫だよ!
困った時はお互い様だもんね……!」
「……そう?
本当にごめんね! ありがとう!!
……じゃ、獏良君によろしくね!」
そんなやりとりを経て――かくして私は、一人で獏良君の家へ向かう事となったのだった……。
「ゴホッ……、犬成さん、本当にありがとう……!
迷惑かけちゃってごめんね……」
ベッドの上で上半身だけを起こし、熱で顔を赤らめながら辛そうにしゃべる獏良君。
私は、その様子にただ息を呑んだ。
何故なら、目の前にいる獏良君は――
「う……ううん、全然大丈夫だよ!!
あんまり、たいしたもの買ってこれなかったけど……
す、すぐ食べられるものばかりだから、ちゃんと、食べて……
その、病院でもらったお薬飲んだ方がいいかも……! うん……」
「うん、そうする……本当にありがとう……」
たどたどしい私の言葉に、力なく返事をする獏良君。
しかし、その胸には千年リングがかけられていて。
そもそも、今ベッドの上にいる獏良君は、獏良君では――……
「っ、おい……!!!
チッ……、気付いてんだったらそう言いな……!!
下らねぇ演技をいつまでさせる気だ……っ!
ゴホッ……、クソ……!
なんでお前だけはすぐに……!」
私の戸惑いを見抜いたのか、とうとう本性を現したバクラが、きつい口調で吐き捨てる。
「ごめん……なんか辛そうだったから……」
「うるせぇ!!
こんな器の不調なんざ、たいした問題じゃねぇんだよ!!
……っ! ゴホッ、ゴホッ……!」
私は、ばつが悪くなって頭を掻いた。
目の前にいるバクラは、はぁはぁと息を切らしながら、真っ赤な顔をしてこちらを睨みつけている。
さすがのバクラも、宿主が高熱にうなされている時には無関係とはいかないのかもしれない。
「と、とりあえず……早く治るといいね……!」
「フン……! っ、チッ……いつまで突っ立ってんだ……
用は済んだろうが……! 早く帰りな……!!」
「う、うん……! お邪魔しました……!」
あまりにも苦しそうなバクラに、そんな姿を人に見られるのは彼の性格からして辛いのだろうと、慌てて帰り支度をする。
だが――
「っ……待てよ……」
「……っ!?」
ぎし、とベッドから抜け出たバクラの頭が、ぐらりと揺らぐ。
「わ、わ……!! 寝てた方がいいよ……!!!
バクラ、ちょっと――」
「来いよ……桃香」
「ッ……!!」
赤い顔でぼそりとこぼしたバクラの顔があまりにも妖艶で、思わず胸の奥がカッと熱くなる。
しかし、今のバクラは病の身――慌てて、不謹慎な想像を頭から打ち消した。
「大丈夫……? 横になった方がいいよ……」
ベッドに戻り、また上半身だけ起こした状態で息を荒げるバクラの横に、そっと腰を下ろす。
「うる、せぇよ……」
さっきよりさらに近くなった、バクラの熱と息使い。
相手が病人だと頭ではわかっていながらも、私はバクラの顔を直視できなくなっていたのだった。
「馬鹿、が……」
俯く私の様子を見て、呆れたように吐き捨てるバクラ。
だが次の瞬間、ゆっくりとバクラの身体がもたれかかってきて――
「っ……!!!」
思わず身体をバクラの方に向ければ、ふわりと香るバクラの匂いと、トン、と肩に触れる感触。
やがてバクラの頭の重みが、ずしりと肩にかかったあと、ずるずると胸元までずり落ちていった。
慌てて抱き寄せたその身体は、ものすごく熱くて――
心臓をわし掴みにされたような苦しさが、切なさとなって胸の中に広がっていき……、思わずその背中を撫でさすり、白銀の頭をギュッと抱きしめた。
「バ、クラ……、大丈夫……?」
「うるせぇよ……黙ってろ……」
胸元で微かに呟いたバクラの存在が、何だか幻のように儚く思え、言葉を失う。
かわりに抱きしめた手で、その後頭部をゆっくりと、何度も撫でたのだった――
「横になった方がいいよ……?」
「フッ……いいんだよ、このままでな……」
それはきっと、刹那の安息。
そっと目を閉じ、バクラの頭に唇を寄せてみる――
腕の中で苦しそうに喘ぐ熱を感じながら。
早く良くなりますように、とただ、願ったのだった――――
次の日。
「獏良君……というかバクラ!?
風邪、もう治ったの!?」
「ハッ……!
たいしたことねえよ……あんな風邪なんざ」
「すごい……でも治って良かったね!!
身体すごく熱かったし心配だったよ……!!」
「ほざけ……!!
オレ様に当てられて身体火照らせてたのはてめえもだろ……!!」
「えっ……、」
END
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bkm