「あの〜……バクラさん……? バクラさま?」
「……あぁ?」
バクラは腕を組み不敵に踏ん反り返りながら、不機嫌そうに返事をした。
私は。
何故か現代の童実野町からここ、古代のエジプトのような場所に飛ばされてしまい――
盗賊だか何だか知らないが、バクラと名乗る派手な上着を羽織った男に攫われ、しぶしぶ行動を共にする羽目になっていたのだった。
「お願い……! お願いします!!
一生のお願い!!!!
私を解放して!! お願い〜〜!!!」
「黙ってろ」
「……はぁ〜……」
取り付く島もない。
まぁお願いしても無駄だとはわかっていたけど――
それでも、こう一言で切り捨てられるとちょっと心が折れる。
私は、ため息をついて、「一生のお願いなのになぁ……」と小さくぼやいた。
そんな私を見てか、バクラが面倒臭そうに頭を掻きながら小さく舌打ちをこぼした。
「つーか……、てめえ……
知らずにこの世界に来ちまったとかトチ狂った事言ってただろうがよ……
ここで一人、オレ様に放り出されたらどうなるかわかってんのか……?
ろくな力も持たねえ女なんざ、ならず者どもの格好の的だぜ?
初めて助けてやった時の事を忘れたんじゃねえだろうな……」
「あ……」
そうだった。
予期せずこの謎な世界に迷いこんでしまった私は、いきなり変な危ない輩に襲われていたところを、この盗賊バクラに救われたのだった。
「あの時は……ありがとう……
でもその直後にまさか、攫われて、あんな――
っ……、あ、とにかく、こんなことになるとは思ってなかったけどね……!!!」
バクラに攫われた後に何をされたかを今更思い出し、思わず頬が熱くなる。
私は慌てて怒ったように言葉を打ち切った。
「オレ様は盗賊だぜ?
意味もなく人助けなんざするわけがねえだろうよ!!
それと……、
アレはてめえも最後は悦んでたじゃねえか……!
……ククッ、心配しなくても、夜になったらまた可愛いがってやるぜ桃香さんよ……
ヒャハハハハハ!!!!!」
「んも〜〜、最低〜〜……!!!!」
バクラの無神経さに呆れ、頭を抱えて天を仰いだ。
実はバクラの下品な軽口に、心臓がちょっとだけドキリとしてしまったなんて事は絶対に秘密だ。
「バクラにはわからないのかもね……
この切実な願いは……」
「……ほざけ」
「っ……!」
ドスの効いた声で吐き捨てられ、別の意味で心臓が跳ねた。
しまった、と口をつぐむ。
怒ったのかなと、チラリとバクラを見上げてみれば、その双眸には深い闇が宿っていて。
「一生の願いなんざ……誰かに願った時点で終わりなんだよ……!
本当に叶えたい願いは――
自分で叶えてやる……自分の力で……!!
オレ様の力、で――」
吐き出された声には、あらゆる負の感情と、確かな意志の強さが篭っていた。
自らの力だけを信じ、願いを――目的を、必ず遂げるという激情を持った、貫く刃。
その瞳には、昏く底知れぬ闇と怒りが潜んでいるような気がして……私は息を呑んだ。
半ばヤケとはいえ、軽い気持ちでバクラにはわからない等と、自分の境遇だけを嘆いた言葉を吐いてしまったことを後悔する。
私には、バクラの事情などもちろんわからないが――
この人はきっと、ここに至るまでに何か壮絶な出来事や修羅場を経験してきたのだろう。
「ごめん……
バクラってすごいね、なんか……」
バクラの気に押され、素直な気持ちをこぼす。
「ハッ!!!
オレ様を誰だと思ってやがる――
オレ様は、」
「無敵の盗賊王、バクラ様でしょ!」
「っ、……てめえ」
バクラの瞳に宿った昏いものが、少しだけ和らいだような気がした。
私はホッと胸を撫で下ろし、二の句を継ぐ。
「あはは……そうだね。
私も、誰かに『お願い!』なんて縋るのはやめにするよ。
願い事は自分で叶えられるように頑張る!!
……そう、元の世界に帰るっていう願いをね!!」
(その前に、バクラから逃れるっていう願いをね)
気を取り直して。
見知らぬ土地の中、そう考えてみれば、何だか心が晴れやかな気分になり、力が沸いて来る気がした――
……だが。
「威勢がいいのは嫌いじゃないぜ。
だが、その言葉の後に心で考えた事はやめときな……
オレ様から逃げようなんて、考えない方が身の為だぜ……?」
「ちょっ……」
バクラが伸ばした手に、あっさりと捕らえられる私。
「はなして〜!」
「ククッ……」
その逞しい両腕の中に収まってしまえば到底、逃げる手段など無くなってしまうわけで。
布越しに感じるバクラの体温に、また不穏に疼いていく心を、どうにかして抑えようと身を捩ったのだった――
(激情と欲望で出来てる……この人……)
(何か言ったか?)
(なんでもない!!
……ああぁ……どうなるんだろう私……)
END
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bkm