――しん、と静まりかえった砂漠の夜。
煌々と輝く月明かりが開け放たれた窓から部屋の中に忍び入り、辺りを青白く照らし出していた。
自分たち以外には人の気配が全くしない、廃墟の中のあばら家で、桃香はふと目を覚まし寝返りをうった。
「……な……、よ……」
「っ!?」
隣で眠る男から発せられた、わずかな声。
「バ……」
バクラ様、と声をかけようとしたところで、その身体に伸ばしかけた手が止まる。
「……っ!」
桃香に背を向ける、その身体――
その肩が、小さく震えていた。
(バクラさま……)
普段のバクラはいつも、傲慢で強気で、弱みどころか優しい言葉すらほとんど発しないような人間だったはず。
それが今は――、こうして、幼子のように身体を丸め、その大きな体躯を震わせていた。
悪夢にでもうなされているのだろうか――
桃香は、胸がキリリと痛むのを感じ、伸ばしかけて躊躇した手を再び伸ばし――
そっと、バクラの肩に置いた。
「ッ!!」
瞬間、はっと目を覚ましたバクラが、勢いよく振り返り、桃香の手を払いのける。
「あっ……」
「ッッ……!」
かちあう視線。
月明かりに照らされたバクラの瞳には、僅かに怯えの色が浮かんでいた。
その紫がかった眼が桃香の姿を捉えたところで、ようやくいつもの険を取り戻す。
半身を起こしかけた状態のまま固まったバクラの額には、僅かに汗が浮かんでいた。
「なんだよ……」
「あっ、その」
「…………」
刹那の沈黙があたりを支配する中で、桃香はまた、そっとバクラに手を伸ばす――
そして、柔らかな指でバクラの頬を優しく撫でた。
「っ……、」
バクラが口を開きかけたところで今度は、両手を伸ばし、その腕の中にバクラの頭を抱き寄せる。
「っおい!」
いきなりの行為に、バクラから抗議の声が発せられたが――
かまわず桃香は、彼の頭を、自分の胸に抱きしめた。
「――っ」
胸の中で、バクラが何かを言っていたが、構わず抱きしめる腕に力を込める。
強く……
強く――――
不思議と、力による抵抗は無くて。
バクラの頭を胸に抱きしめたまま、桃香がそっと白銀の頭に唇を寄せれば、やがて褐色の腕がゆっくりと、桃香の身体を抱きしめ返すのだった。
――訊きたいことは沢山あった。
怖い夢を見たの? とか。
昔の辛い光景が夢に出てきたの? とか。
どうして――、月明かりに照らされた貴方の眼が、潤んでいるように見えたの、とか――
でも。
きっと答えるはずもないから。
桃香は、そんな気持ちを全部飲み込んでただ、抱きしめた手でバクラの頭をそっと撫でたのだった。
僅かに身じろいだバクラは、軽く毒づくのだが――
その言葉はやがて、闇に掻き消えて。
「桃香、」と微かに、自分を包む存在の名を呼んだところで、その意識を再び深淵へと沈ませたようだった――
それから朝まで、彼の身体が震えることはなかった。
(チッ………
オレ様としたことが……あんな……)
(どんなに強い人だって……、辛い時、ありますよね……
ましてや、過去にあんな……)
(黙ってな。
だが……、まあ……
悪くはねえぜ……お前の胸は……)
(ッ!!!
……思わずやってしまったけど……
よく考えたら恥ずかしいかも……あぁ〜!!)
END
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bkm