あなたが、生まれた日2



「マ……、リク……」


仰向けのままベッドのフレームに手首を括りつけられている私は、身体を起こす事も出来ず弱々しく吐き出すのが精一杯だった。


ふと、マリクによって部屋に明かりが点され、暗闇に慣れた目は光に眩む――


ベッドに近づいて来たマリクの姿を視界に捉える。
それが他でもない、確かに闇人格のマリクその人だったことに一瞬安堵するも――
すぐにかぶりを振り、安堵を掻き消すように気を取り直してマリクを見据えた。


「マリク……! ちょっとイタズラしすぎじゃない……?
これは一体……??」


下唇を噛んで、震えそうになる声を必死に押さえ、おどけて問い掛ける。


しかし、マリクはニヤリと邪悪な笑みを浮かべただけで、ベッドに横たわる私を見下ろしていて。


「ッ……」


胸の中で染みのように広がっていく嫌な予感が肺を満たし、背筋が冷たくなっていくのを感じながら息を呑んだ。


「………
瑞香サマよぉ……
今日は『オレ』の誕生日でもあるんだぜぇ……?

なのに貴様らは主人格サマしか見てやがらねェ……
オレにも『ご馳走』とやらを分けてくれたって、バチは当たらないんじゃねェか……?」

「ッあ――それは……」


間延びしたからかうような、それでいていつもより低いトーンで吐き出すその声が、私の鼓膜を震わせ全身に染み渡っていく。

そして闇人格のマリクは、こちらを覗きこむようにしてベッドに腰を下ろした。


ベッドが軋み、ばつが悪くなってまたマリクの顔を見上げて息を呑む。


「ごめんね……!!
でも、ほら……主人格のマリクもさ、誕生日くらい家族で過ごしたいかなと思って――

ケーキやご馳走は、うん……その……、マリクに代わってあげれば良かったね……
ゴメンね……」


胸の中に広がる罪悪感と気まずさから、思わず目を伏せて沈んだ声で答えてしまう。


私の言葉に、マリクは黙り込む。
が、目は相変わらずこちらを睨め付け見下ろしていて――
ただ、不穏な空気を醸し出していた。


――深呼吸をし、勇気を出して声を絞りだす。


「あ、あのさ……!!
帰らなくて平気……? イシズさんたち心配してるよきっと!!

……っていうかどうやって部屋入ってきたの?
私、鍵かけ忘れたかな――」


またわざと明るい声をあげたところで、グイ、と顎を持って行かれる感触。

「ッッ!?」


色素の薄い金髪が揺らぎ、褐色のしなやかな指に顎を掴まれていた。


「ぁ……」


言葉が出ない――

口をパクパクさせて硬直していると、口元にまた妖しい笑みを浮かべたマリクが、ゆっくりと口を開く。


「ククク……
ご馳走ならここにあるじゃねェか……
主人格サマは食えない、オレだけのご馳走がよ――」

「え、」


ゾクリ、と背筋が粟立って心臓が跳ねた。


「遠慮なく頂くぜ……瑞香!!!」

「ッッ――!!!
や、やだあああぁっっ!!!

――ん、んんんぅっ!!!」

覆い被さってくる影に、唇を塞がれる。

いつもより強引に吸われる唇と絡めとられる舌が、不安となって胸を掻きむしっていく。


「ん……、ふっ……!!
ま、マリク……ん!!!
ちょ、や……っ!!」


息継ぎも出来ないほどに重ねられる唇に、堪らず苦しくなってもがいてみるものの、手の自由を奪われた状態で私に出来ることなど皆無に近かった。


「ん……っ!! ま……、
ふぅ、落ち着い……」

――乱暴に口内を荒らしていく邪悪な猛獣が、ついに牙を剥いて唇に歯を立てる。


「ッッ!!! たっ……!!!
や、マリクぅ……っ!!!!」

ズキリ、と唇に痛みが走り、解けない手首をもぞもぞさせて首を振ると、ようやくマリクの唇から解放された。


「っはぁ、はぁ、はぁ……!!
ひ、どいよ……!! マリク……!!
痛いよぉ……」

そっと舌で確かめた唇からは、僅かな血の味がした。


不覚にも、鼻がツンとして目尻に涙が滲んでしまう。

瞬きをして涙を追い払おうとしたところで、ぺろりと血の滲む唇を舐められた。


「マリク……、ゴメンね……」


あの時、皆の前で闇人格に代わってもらえば良かったのだろう。

そうすれば、マリクはここまで不機嫌にならなかったはず。


でも――――


胸の中に渦巻く気持ちを、まさか目の前にいるマリクに吐露することもできず……

私はただマリクに謝るだけなのだった――



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bkm


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