みちしるべ2



「マリク……! ちょっ、やめ……」


ピアスの穴、という発言。

刃先が顕わになったロッド。

掴まれて、逃げ場を失った私の身体。

考えただけで恐ろしい想像が頭を支配していく。

その刃で一体何をしようというのか。

考えたくない。


「まっ……、やだやだやだ
無理だよ無理無理ピアス開けるならちゃんと専用の器具を使わないと――」

「おいおい、暴れると違う場所に穴を開けちまうぜ……?
耳と首は近いからな……もし首をやっちまったらどうなるのかねぇ……
まぁ……、それはそれで楽しそうだがなぁ……!」

「やだぁぁぁ!!!」

私は半泣きで抗議しながらも、マリクの恐ろしい発言に心臓が凍りついてしまい、抵抗しようともがく身体から力が抜けてしまう。

それを同意と見なしたのか、いやそもそも同意などなくともやる気なのであろうマリクは、ロッドの刃先をゆっくりとこちらに近付けてくるのだった。


「や……」

震え始めた唇を噛み締め、冗談であって欲しいとマリクの紫がかった双眼をそっと覗き込んでみれば、面白そうに吊り上がったままの唇とは裏腹にその瞳は怪しげな光を湛えたままで、マリクの狂った発言が冗談では済まないことを物語っていた。

同時に、至近距離でマリクと視線ががっちりと交差している事実に気付くと、当然それはマリクにこちらの顔を凝視されているという事実に繋がるわけで……

闇を秘めたマリクの妖しげな眼差しにも、マリクに自分の顔を見られているという事実にも、迫る恐怖にも何にも耐えられなくなった私はとうとう、ぎゅっと固く目を瞑って身体を強張らせた。


そして……、

一瞬だけ触れた冷たい感触が瞬時にぢり、と焼けるような熱に変わり。

追って痛みが耳たぶを貫いたところで私は、「あっっ!!」と無様な声を上げる羽目になったのだった。


「っった〜〜ッ!!!!!
ったい、痛いよ〜っ……!! ああぁぁっ」

「ハハッ……!
やはりロッドの刃じゃ耳たぶに穴を開けるのには大きすぎたようだ……!

ククッ、心配するな……
ほんの少し切り付けただけだ、何も切り落としちゃいないよ……
ハハハハハッ!!」

「う、うわぁぁああん!!!」

面白かった、という感想に満ちたマリクの声色と非情な発言に、痛む耳たぶの状態を触って確かめる気にもならず、私はただその場に固まったまま悲痛な声をあげるしかないのだった。


「わかってたよね……?
わかってたよ、ね……? それ……!
ロッドの刃なんかじゃピアスの穴開けられないってこと、わかっててやったよねぇ……っ!? うぅ……」

痛みと困惑で頭が混乱し、思わずマリクに突っ込みを入れるものの、すぐに唇はわななき視界は滲み始めて声が震え出した。

自分が本格的に泣いてしまいそうな予兆を感じ、堪えようとそれきり口を閉じて唇を噛み締めてみるも、目的を果たしたはずのマリクはまだ私の腕を解放してはくれないのだった。

「マリク……」

本来ならばここは、怒りや拒絶の念が湧いて来るところなのだろう。

だが反射的に私がしたことと言えば、耳たぶを切られた痛みを少しでも和らげる可能性のある温もりに、意識を集中させることなのだった。

それはすなわち。
私の片手首を拘束する、マリクの手――

そこから伝わるマリクの体温がどういうわけか、自分の中で存在感を増していく。

今すぐ腕を離して自由にして欲しいのに、その温もり――
手だけじゃない、至近距離でこちらを観察するマリクの存在そのものが、自分の中で価値のあるものとして大きくなっていく感覚……


よくよく考えれば、滑稽としか言いようがない。

マリクに与えられた痛みとショックで泣きそうになっているのに、たった今自分を傷つけたその張本人の温もりを意識しているのだから――


「瑞香」


追い撃ちをかけるように紡がれた名前。


「マリク、」


名前を呼び返したところで、液体が伝う感覚が耳の傷から顔の輪郭をなぞり落ちた。

血だ、と気付いて青ざめた時には、マリクの手にあったはずのロッドはどういうわけか床に転がり、彼の空いた手が掴んだのはまたもや私の手首だった――もう片方の。

「ッ、」

両手首を取られた私が完全に身動きを失ったところで、ソファーを軋ませてさらに近付いた、マリクの体温。

「ッ、ま」

そのままこちらの耳元に顔を寄せたマリクは、血が伝った軌跡をぬるりと舐め上げた。


「ッッ」


ゾクリと粟立つ背中。

それが嫌悪感や拒否感でないことは、自分が一番わかっている。


「や……」

流れ出した僅かな血液を舌で掬ったマリクは、そのままこちらに体重をかけてきて、再び耳元に唇を寄せてくるのだった――


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bkm


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