耳たぶがじくじく痛んで熱を持つ。
不穏に高鳴る鼓動が胸を打つたび、切られた痛みが呼応して脈打つような感覚が生まれていく。
耳元に唇を寄せながら覆い被さろうとしてくるマリクに抵抗の意志を見せるも、怯むことを知らない彼は力づくで私の両手首を抑えこみ、ソファーにじりじりと沈めてくるのだった。
「や、だ……っ」
至近距離で増幅される熱とマリクに届きそうな自分の息づかいが気まずくて、唇を噛んで息を殺す。
マリクはもはや何も語らない。
いつものような口の減らない人を食ったような軽口も、先程までの愉悦に満ちた笑みも、いつのまにか鳴りを潜めてしまっていた。
何かの気に当てられたような熱を放つマリクだが、しかしそれはいつぞやの明確な殺意や凶暴性とは異なるように感じられ、この不自然な体制と状況を考察するに、導き出せる答えは一つしかないような気がした。
決闘艇でのいつかの光景が頭をよぎり、心臓が切なげに収縮する。
「マリク……っ」
背中が完全にソファーに沈んだあとには、また耳たぶを撫でるぬるりとした感触。
「んっ、……っ!」
ばくばくと激しくなっていく鼓動が、顔に血を巡らせ頬を火照らせる。
瞬きを何度か繰り返せば、未だぼんやりと滲んだままだった視界が晴れ、耳元を差し出したままそっと横目で覗いてみれば、色素の薄い金色の髪がゆらりと揺れたのだった。
初めてマリクと身体を重ねた時は、それこそ本気で殺されそうだったし、何とかマリクの殺意を逸らそうと無我夢中だった。
でも、今は――
あの夢かとも思える狂ったような時間も終わり、生まれて初めて身体の奥に感じた熱をたまに思い返しそうになることもあるけれど、私にとって「あれ」は、刺激が強すぎて、普段の生活でも必死に思い出さないようにしてきたことだった。
もっと言えば、私からの一方的な自己満足的表現で言うところのマリクとの心の交流とか、微笑ましい(?)会話とか、マリクの今までとこれからとか、他愛なく時に真面目な日常だけを普段思い出し、何度も心でなぞり返し、マリクへの想いを募らせていたようなものだった。
つまり、あの決闘艇で行う羽目になったような恥ずかしい行為などは、なるべくなるべく思い出さないようにしていたというのが本音なのだ。
だから……、だからこそ……
こうして、再び、生身のマリクの生身の部分に触れ、その熱に当てられる日が来てしまったところで、私にはまともな反応など出来るわけもなく――
そのなまめかしい舌に耳たぶを舐めあげられ、ゾクゾクとした感触に身震いして固まれば、その舌はやがて唇に変わり、耳たぶごと包んで血を求めるように吸い上げた。
「っは、……っ」
びりびりとした電流が背筋を渡って全身に流れこみ、さらに身体を硬直させる。
あの時――
決闘艇でマリクの殺意に当てられた時に、必死で言葉を操って活路を開こうとしたエネルギーは、今は全く湧いて来ない。
あの時と今で何が違うのか――
ハッキリと自覚しているのは、マリクへの確かな好意と、そして……恐怖の質の差だろう。
あの時は、殺されるんじゃないかとただ怖かった。
マリクを知りたいという想いや、結果として自覚していない好意はあれど、恐怖の質も量も圧倒的だった。
だが今は――
恐怖はたしかにある。
だがそれは、以前のようなマリクの存在そのものに対するものではなく、マリクにこのまま押し切られて良からぬコトになだれ込んでしまうことに対する、未知なる恐怖だ。
そして、そこに潜むのは、期待半分と言っても――
否、違う……!!
そんな、期待なんて、そんな……!!
「ククッ……随分と大人しいじゃねェか……
あの時の威勢はどうしたんだ……?」
「っ……!!」
耳元で秘やかに囁く声が、鼓膜を震わせて全身に染み渡る。
頭の中がぐるぐるして、呼吸が苦しくてまともに思考出来ない。
切られた耳たぶは勿論痛みを発してはいるけれど、それを上回る熱が自分の身体を巡って蓄積していく。
「ま……、りく……」
耳たぶから離れた唇は、間を置かずに首筋へと落とされていく。
切りつけられでもたらたちまち命が危うくなってしまう無防備な部分。
それをマリクに委ねてしまったことに一瞬身震いしたが、刃先を剥き出しにして床に転がったままのロッドを拾う気配のないマリクに、少しだけホッとする自分がいたのだった。
「マリク……、あの」
「……」
「前みたいに、あの……
途中でロッド刺しちゃ、やだよ……」
「フ…… どうだかね……」
「あのっ……!
どうしてもヒドイことしたくなったら、ちゃんと言ってからにし……
ッッッ
ぅああぁっっ!!」
ずきりという激しい痛みが頭を貫く。
切られた耳たぶを唐突に噛まれ、おずおずと伝えようとした言葉がたちまち霧散して悲痛な叫び声に変わるのだった。
「や……っ!!!!
いた……、やだ……ッッッ!!!」
掴まれたままの腕に力を込め、耳たぶを噛むマリクを押しのけようともがくも、マリクにのしかかられたこの体制と力の差はいかんともしがたいものがある。
また涙が溢れだしたところでゆっくりと離されたマリクの歯は、舌に変わって自らが広げた傷口を再び舐め上げたのだった――
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bkm