BCの大会。
あの大会は、私の運命をある意味決定付ける転機となった出来事だったのかもしれない。
いや、転機と言うならば厳密にはそれは、遊戯君の持つ千年アイテムの事を知った時がそうだったのかもしれないけど……
とにかくあの大会で私は、いろいろあって決闘艇の中で闇人格のマリクと出会い、そして彼に肌を切り裂かれた――
彼が手にしていたロッドの刃先によって。
そして、どういうわけか闇人格のマリクと良からぬ繋がりを持ってしまい、大会が終わってもその繋がりは途切れることもなく、微妙な距離感を持って未だ存在していた。
これは、妙な縁と言うべきか何と言うべきか……
ともかく、私自身は闇人格のマリクに、好意と僅かばかりの気まずさを抱いていたのだが……
どういうわけかマリクも私と居るのは不快ではないようで、自然と二人で顔を合わせる時間も増えていたのだった。
「日本の町並みはどう……?
なんか面白いものとかあった?」
「さぁな……」
二人で街に出て、カードショップに寄ってそのまま辺りをぶらぶらする。
マリクはいつも言葉少なで、私の提案に黙ってついて来ては、フラリとどこかへ行ってしまうような自由さを持っていた。
居なくなったかと思えば、私が変な人に声をかけられた時に絶妙のタイミングで現れて殺気を放って助けてくれたりと、頼りになる部分もあったっけ。
そんなことを思い返しながら歩いていると、ふとあるものが目に止まった。
行き交う人々の雑踏の中、立ち並ぶお店の前で思わず足を止め、吸い寄せられたようにショーウインドウに近付く。
「ピアスかぁ……」
陳列窓に飾られた、きらきら輝くピアス。
それを眺めながら、自らの耳たぶに軽く触れてみた。
まだ何もないそこは、さらりと滑らかに指先が滑り、そういえばと背後のマリクを振り返った。
「あのさ」
「……」
「ピアスってやっぱり開けるとき痛い?」
辺りを見回していたマリクが、金色のピアスを小さく揺らして興味なさそうにこちらに顔を向ける。
「……そんなもの、背中を切り刻まれるのに比べれば痛みのうちにも入らないね……」
「あ〜……
そう、だよね……ごめん」
マリクのこぼした一言に、心底申し訳ない気持ちになって謝罪する。
マリクにとっては、背中の痛みに比べれば、どんな痛みも痛みのうちに入らないのだろうと思った。
「ククッ……
身体を切りつけてやっても平気だった貴様なら、穴の一つや二つくらい問題ねェかもなぁ……」
「なっ!」
テンションの低い憮然とした表情を一転させ、唐突に口の端を吊り上げながら吐いたマリクの言葉に、一瞬硬直してしまう。
固まる私をよそに何が楽しいのか薄笑いを浮かべたままのマリクに、慌てて我に返って抗議する。
「……っ、ぜんっぜん平気じゃない!!
ていうか切られた背中とかお腹とか身体中めちゃくちゃ痛かったんだからね!!
泣き叫ばなかったのは、何とかしないと殺されると思ったからで……
もう、ヒドイよ……!!」
決闘艇での出来事が脳裏にチラつき、慌てて頭を振った。
切り裂かれただけじゃない、あの時は――
駄目駄目!!
余計な事を思い出しそうになり、私は思わず「もう帰ろう!」と叫んでいたのだった。
「……って、なんか妙なことになっちゃった……」
自分の家に帰宅した私。
……と、マリク。
二人で並んで座ったソファー。
横目で見遣ったマリクは、主人格に戻ることもなく、先程購入したカードのパックを開封し黙々とテーブルに広げ何やら考えこんでいる。
うちに来る?と何の気なしに誘った結果がこれなのだが、マリクが黙って付いて来るものだからこんなことになってしまったのだ。
しかし、口を開けば邪悪で悪辣なことしか言わない彼は、口を閉じているときは案外素直にこちらの言うことを聞いているようなフシがあって――
もしかしたら、それが彼にとっては緩やかな同意の意志表示なのかもしれないなどと考えてみると……、何だかマリクのことを勝手に知ったような気になって、自然と笑みがこぼれてしまうのだった。
「ふふっ」
「何がおかしい……」
「えっ!? べつにっ……」
たった今までこちらに目もくれなかったマリクのまさかの反応に、ビックリして不自然に否定の声をあげる。
「もっと切り刻んでやってもそうやって笑ってられるのかねぇ……」
「えっ」
不穏な言葉とともにチラリと寄越された視線は心なしかギラついていて、本能的に身体がビクついてしまった私は座ったままマリクから距離を取った。
そうだ、すぐ忘れそうにはなるが、このマリクはあの闇人格なのだ。
多少凶暴性は鳴りを潜め、今のところは主人格に存在を許されたとはいえども、元々は危険な闇のゲームを何度も行ない何人もの人を傷つけて、それを嗤っていた邪悪な人格――
「フ……、何を今更怯えている……
それとも怯えたフリか……? 下らねぇ……」
「いや、本気で怖いって……
ていうか、これ以上切り刻まれたら死んじゃうよ……!」
「ほぅ……」
なにがほぅ、なのか分からないが、マリクはカードに向き合っていた身体をゆっくりとこちらへ向けると、腰からするりと千年ロッドを抜いた。
まずい、と反射的にソファーから立ち上がろうとするが、素早く伸びたマリクの手が私の腕を掴む。
「あ、ちょ」
「貴様はピアスの穴を開けたがっていたな……
痛いか痛くないかはその身をもって確かめてみればいいよ……」
「えっ、なっ」
私の腕を掴んだままそう告げるとマリクは、ロッドの先端を噛んでからゆっくりと引き抜き、ギラつく刃を晒していくのだった――
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bkm