古代への陶酔2



「あ……迷惑だった……? ごめんね……」

黙り込む私を見て、慌てて言葉を付け足す青年。

「あ、いえ……ちょっと戸惑っちゃって……」

「そうだよね……こんな急に言われても……
もう行った方がいいかな、ボク……」

「えっ、あ……!! 待っ……今のお礼を……」

「礼はいらないよ!
……でも、せっかくだから……ちょっと話し相手になってくれるかな?」

照れたように微笑む青年の眼は、何故だか有無を言わせない力があり、私は思わずコクリと頷いてしまう。

「ありがとう……!
あ、喉渇いたし何か飲み物買って来るよ……!
そこの路地に日陰があるから、階段に座って待っててくれない?」

「はい……」

青年のペースに巻かれ、また思わず返事をしてしまった私は、言われた通りに日陰になっている路地の石造りの階段にそっと腰掛けた。

ナンパに心が動いているわけでは全くなかったが、ただ単に、お店の前でのあの窮地を助けられたことと、ポーズだとしても優しく声をかけてくれた事が何だか嬉しく思えたのだった。


思えばこの世界に来てから、いきなり襲われたり何だり、ろくな事が無かった。

今だって、盗賊を名乗るバクラにこうやって買い物に行かされて……

バクラ……こんなところで油を売っていたら、また怒るだろうか――



「お待たせ!
喉渇いたでしょ? おごりだから遠慮せずに飲んでね〜」

「あっ……ありがとうございます……」

紙コップや缶ジュースなどないこの世界、奇妙なコップに入った飲み物を青年からそっと受け取った。


並んで階段に腰掛けると、日陰はやっぱり涼しいね〜などと言いながら青年は飲み物に口をつけていた。

それを見て、自分も飲み物を口へ――
……口元を隠した布が邪魔なことに気付き、手でずらす。

ついでに、ここなら通りからは陰になって見えないだろうと、邪魔だったフードも取った。

――青年が薄く笑ったことに、私はその時気付かなかったのだった。


「大丈夫……? 何か、うかない顔をしてるけど…
家族と喧嘩でもした?」

「家族……」

今は離ればなれになってしまった家族を思い出すと、じんわりと涙が滲んだ。

「家族なんかいません……
今は、ひとり…………」

バクラの顔が脳裏にちらついたが、バクラの事を喋るのはさすがにマズイと本能が告げていた。

彼は、人目を忍ぶ盗賊――

それに、自分がバクラに何をされたかを考えると、奴隷にさせられている事も含め、何だか恥ずかしくて人には一言も喋る気にはなれなかったのだった。

気恥ずかしい思いを隠すように、私は飲み物に口をつける。

それは甘くて……果実のジュースのようではあったが、何だか不思議な味だった。


「そうか……ひとりなのか……
家はどのへんなの……?」

「わからない…… 多分、かなり遠く……
気付いたらこの国にいたんです……。
このままだと、帰れないかもしれません……」

「そうか……。
大変だったんだね……」

「…………」

潤み始めた目元が視界を歪ませ、慌てて飲み物を仰って飲み込んだ。

青年から発せられる優しげな口調が、さらに涙腺を刺激したのだった。


「ねぇ、もし良ければだけど……
もし良かったら、ボクと来ない……?
あ、変な意味じゃなくて……
ボクはいろんな土地を旅しているから、君が元の国に帰れるように、何か手掛かりでも見つけられればって……」

「え……」

突然の誘いに、滲んでいた涙がピタリと止まる。


「悪いようにはしないよ……?
こんな国で、ひとりだなんて危ないし……
どうかな……?」

「えーと……」

バクバクと高鳴り始める心臓。

今ここで、この人について行ったら私はどうなるのだろうか。

少なくともバクラのように、奴隷扱いされたり、襲われたりすることは無さそうには思える……が。

飲み干してしまったコップの底を見つめながら、黙って頭を巡らせる。


……そうこうしているうちに、気のせいか、だんだん頭が痛くなってきた。

「大丈夫……?気分悪い……?」

「いえ……何だかちょっと……、頭が……」


頭が痛い…………否、痛いというよりは、何だか、ボーッとする……

涙はすっかり渇いていたが、かわりに頬がどんどん熱くなっていき、身体がだるく……

いや、熱いのは頬だけではない。
何だか、身体全体が――


「大丈夫……?
ボクと行こうよ……、ね……?」

「え……、あの……」

青年の手がどさくさに紛れて肩に置かれ、私は思わずバクラから頼まれた買い物の袋をギュッと握りしめた。

脳裏にまたあの邪悪なバクラの顔がちらつき、なんだか無性にバクラのところへ帰らなければいけない気になってきた。

さすがにこれ以上遅くなると、怒られるかもしれない。


「苦しい……? 身体、熱い……?」

俯く自分の耳に届く青年の声が心なしか、ゆっくりと低い声色に変わったような気がした。

掴まれた肩には力がこもり、何だか怖くなってその手を払う……
――が、払おうとした手はびくともしないのだった。

いつぞやの冷たいものがまた、背筋を伝う。


「ははっ…… 熱いでしょ? 身体……
ねぇ、ボクと行こうよ……ていうか、連れて行くからね……?

ほら、仲間も来てるしさ……!!」


ざっ、……

前方と背後に人の気配を感じ、慌てて辺りを見渡せば、そこには見た事もない男達が数人。

階段の上下を完全に塞がれ、間抜けな私は、ここに至ってやっと事態を把握したのだった。


「あなたは……なんで……」

警鐘を鳴らし続ける頭が、意味のない言葉を紡がせる。

「ひ、ひとりじゃないんです……!
帰らなきゃ、私……! 待ってる人が……!!」

「はは。今更遅いよ!
……大丈夫、その薬が効いてれば何されてもわけわかんなくなっちゃうよ!」

勇気を出して声を振り絞ったが、半笑いを浮かべた青年はただこちらを見下すだけだった。

その眼はバクラよりももっと粗野で野卑で……下品な光に満ちていた。

胸に溢れ返る恐怖と、激しい後悔――

ざり、と男達が近付く気配を感じながら、私は震える唇で呟いたのだった。

小さな声で、たった一言、バクラ、と――――


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