古代への陶酔3



「遅ェと思って見に来てやりゃあ、ろくでもねぇモンに引っ掛かりやがって……
買い物ひとつ満足に出来ねぇのかよ、てめえは!」

「ッ!!??」


暗雲を晴らすような、一条の矢。

貫く閃光のようなその声は、顔を見ずとも、瞬時に誰のものだか悟る事が出来た。

何者にも怯まない、バクラの声――


「なんだてめぇは! ……ぐわっ!!」

階段の上に陣取っていた男が、弾かれたように階段を転げ落ちる。

ゆっくり階段を下りてきた見覚えのある人陰が、後ろから襲いかかったもう一人の男を視線も寄越さないまま蹴り飛ばし、そのまま何事もないというふうにゆらりとこちらに近付いてくる。


「そいつはオレ様の奴隷だ……
連れて行くってんなら、それ相応のモンを置いてってもらわねーとなァ……」

「バ……っ」

赤い外套を羽織り、不敵に嗤うバクラの名前を思わず呼ぼうとして、慌てて口をつぐむ。

ここは街中で、バクラはあくまでも人から追われる盗賊なのだ。

あっという間に二人を瞬殺したバクラの強さと威圧感に、残りの男たちが息を呑んだのがわかった。

「てめえ……」

野卑な男たちがいきり立ち、それぞれ腰から得物を抜く。

日陰の中でもそれらは鈍い光を放ち、一見丸腰であるバクラでは、さすがに不利ではないのかと思う。

そんな事を考えた瞬間、どんという衝撃に身体が揺らぎ、肩を掴んでいた青年に突き飛ばされた私は、重い身体を壁に寄り添わせて小さくなった。

その青年もすでに懐からナイフを取り出し、バクラに向かって構えている。

「ヒヒ……、丸腰で何しようってんだアンタ……!
見たところアンタも俺達の同業者だろ……?
そんなにいきり立つんじゃねぇよ……!」

さっきまで優しげな口調で話しかけてくれていた青年が、聞くに堪えない粗暴な声で吐き捨てる。

「ケッ……、ザコが……!
女一人かどわかすのに、セコい手使ってる連中と一緒にされたくねぇんだよ……!!」

だがバクラは怯むことなく、その軽口を受け流した。

男たちの顔が歪む。

「なんだと……? てめぇ!!!!」

「やっちまえ!!!」


悪人お約束の言葉が発せられたと思ったら、次の瞬間には全てが終わっていた。

「…………っ」

ボーッとした頭を抱えて怖ず怖ずと成り行きを見守っていた私には、何が起きたのかはよくわからなかった。

ただ、バクラの姿が揺らいで……
纏う赤がゆらりと靡いて、襲い来る刃が届く前に、男達が全て倒れこんだのだった。

石造りの階段に広がる、バクラの服とは違う、赤――


「っ……!!」

すぐ側に倒れこんだ男から流れ出て広がる血に、背筋が凍った私は反射的に立ち上がってバクラの方へ走り出した――

が、足が段差に引っかかって転びそうになり、咄嗟に目を瞑る。

「おい!」

ガッ、と肩を掴まれ、倒れずにすんだ私が、ゆっくり顔を上げると……

そこには、いつものギラついた双眸でこちらを捕らえる、バクラがいたのだった――






「何やってやがる……!!!
使えねぇにもほどがあるぜ!!
チッ、こんな事ならとっとと売っぱらっちまうんだったぜ……!!!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

未だフラつく身体で、路地の先を行くバクラの背中に謝り続ける。

「まぁいい……
オレ様の事を喋らなかった事と、最後にオレ様を取った事だけは褒めてやるよ」

「え……」

いつからバクラはあそこに居たんだろう……

そんな疑問が頭に浮かぶが、身体に湧き上がる熱が思考をどんどん押し流していくのだった。

歩くたびに息が上がり、なんだかとても――


「バクラ……なんかこの辺……」

バクラについて歩けば、いつしかうらぶれた路地に入り、市場の明るい雰囲気とは違う薄暗くて荒んだ陰鬱な雰囲気に、本能がまた警告音を鳴らした。

「つべこべ言わずに着いてきな……!
もうあんな目には遭いたくねぇだろうが」

「…………」

やがて、バクラは怪しげな建物の前で足を止め、来い、とだけ告げると中に入っていく。

辺りをキョロキョロ見回しながらも、はぁはぁと切れる呼吸とフラつく身体が、深く物事を考える余裕を私から奪っていた。


「この宿なら警備の連中は来ない……夜までなら問題ねぇだろう……

おらよ、とっとと脱ぎな!!」

「え…………?」

バクラに着いて部屋に入ると背中を押され、足を縺れさせながらも部屋を見渡せば――


そこには、簡素な寝台が一つだけ。


「え……??」

ただでさえ回らない思考が、ここに来て完全に停止する。

「なに呆けた顔してやがる……!
下らねぇ罠に引っ掛かかって疼く貴様の身体を、このオレ様が鎮めてやろうってんじゃねぇか……!!
わかったらとっとと脱ぎな!!」

「え…………」


頭が痛む。

さっきからの不可解な症状のせいではないその痛みは、バクラの発言の意味を推し図ることを拒否していた事によるものらしかった。

しかし、痺れを切らしたらしいバクラが舌打ちをしながら私の服を掴み、有無を言わさない力で脱がそうとする。

「や……!! バクラ!!! やめて! やめて……!!
なにす、……!!」

「貴様……まだわかってねぇのか」

「え……?」

「どうしようもねえな……」

すい、と伸びたバクラの手が、無造作にこちらの胸を掴む。

「っ!?」

その指が、僅かに動いて膨らみの中心にある突起を引っ掻く。

瞬間、背筋を貫く電流。

「っあぁ……ん!!!

…………っ、え……っ??」

思わず漏れた自分のあられもない声に、自分でもわけがわからずに、戸惑うばかりなのだった。

足はガクガクと震え、ろくに力が入らない。

自らの身体の変化にありありと浮上した可能性を頭で反芻し、言葉を失う。

「これでわかったろ……?
何を飲まされたか知らねえが、その身体の疼きはそういう事だ……
そんなだらしねぇ身体のまま外を歩きたいってんなら話は別だがな……!

ククッ、安心しな……! オレ様が相手してやるよ……
ぶっ壊れるまでな……!!」

「あ……」

バクラから下された非情な宣告が、脳を揺さぶった。

意思とは関係なく切なく収縮した脚の間が、どうしようもなくこれから起こる事を求めているようだった。

絶望に打ちのめされた私は、その場に膝から崩れ落ちたのだった――――


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bkm


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