「お願いがあるんですけど……」
「あぁ? 何だよ」
「私を解放してくれませんか……?
多分私、全然高く売れないですよ!
それ以前に、どうしてあそこにいたのかも全くわからなくて……
なんかいろいろと……わからないことだらけです」
「……予定より遅くなっちまったな……
まあいい。明日になったら街に行きゃあいいだろ……
今夜はここで夜を明かすぜ」
「聞いてないし……」
はぁ、とため息をついて肩を落とす。
――あれから。
馬を走らせ、辿りついたのは廃墟のような街。
否――、ような、ではなく、廃墟そのものだった。
沈みきった太陽のかわりに丸い月が煌々と辺りを照らし出してはいるが、人気ない瓦礫だらけの廃墟は不気味で、こちらの言葉を無視するバクラの態度もあいまって、思わず足がすくむ。
「来な」
「……」
馬から下りて先を歩くバクラは、廃墟の中をずんずんと進んでいってしまう。
私といえば――
バクラが背を向けている今の状況なら、こっそり逃げられるのではないかという可能性に頭を巡らせていた。
――が、それも無残に打ち砕かれることとなる。
「教えてやる……
ここは死霊どもが蠢くクル・エルナだ……!
一人になったところで、てめえはどこにも逃げられはしねぇよ……!
それどころか……しっかりとついて来ねえと、どうなっても知らねぇぜ?」
ぞくり。
こちらを少しだけ振り返って静かに吐き出されたバクラの声に、背筋が寒くなる。
しりょうとやらが何かはわからなかったが――
ここで逃げたところで、どうにもならないことだけは嫌でも理解することになった。
それに、あまりの急展開に頭がついていってないが――
先程の、『あの』力。
野卑な男たちを、一瞬で切り刻んだあの力――
もちろんあれが何なのか私には見当もつかなかったが、自分の前を歩くバクラの背中に纏わり付くような嫌な気配を、私はどうしても気のせいだとは思えなかったのだ。
それに私は、何故だかこの人の名前を知っていて。
考えれば考えるほどわからなくなる現状に、私はもう一度ため息をこぼし、言われた通りにバクラの後に続いた。
なんでこんなことになったんだろ……
見知った童実野町や学校の光景を思い出して、私はまた大きなため息をこぼした。
涙はもう出なかった。
「その奇妙な服……
オマエの話はサッパリ理解できねぇな……
狂ってるとしか思えねえ」
「…………」
バクラの寝床という簡素なあばら屋に案内された私は、今までのいきさつをバクラに話していた。
そして同時に、本当にここは私の知らない世界で……、恐らく日本ではないのだという事を実感する。
明かりも、電気などはなく、蝋燭のみで。
水道も何もかも、現代文明の片鱗らしきものがない事に軽く目眩を覚えたが、それでもせめて自分の置かれている状況を把握する手掛かりになればと、藁にも縋る気持ちでバクラに身の上話を続ける私なのだが……
しかし、男たちから奪った戦利品をかじりながらそれを聞いていたバクラは、興味がないというふうに取り付く島もなく……
「で……? 元の世界に戻りたいってわけか? オマエは」
「はい……」
「その話が本当なら、この世界に来たばかりだってのに、どうしてオレ様の名前を知っていたんだ……?」
「……わかりません……
何故だか、心の中に言葉が浮かんできて……
盗賊王、バクラ、って……」
「そうかいそうかい……! ヒャハハハ……!
盗賊王、か……、そりゃいいや!!」
蝋燭の灯りに照らし出された高笑いをするバクラの顔には、同情など微塵も感じていないような邪悪さが宿っているように感じられて――
私はそれきり、話すのをやめたのだった。
「仕方ねえな……!
水くらいならくれてやる……、来な」
部屋の隅で小さくなって黙りこくっていた私に、手を伸ばして手招きをするバクラ。
こんな状況ゆえお腹は空いていなかったが、たしかに喉は渇いていた。
意外と優しいところもあるんだな、などと考えながらバクラに近づく。
「ほらよ」
手渡された袋のような水筒にそっと口をつける。
温い水が喉を通っていき、爽快な気分とは言い難かったが、それでも渇いた喉は水分を欲して水を飲み下すたびにコクリと鳴った。
「あ、ありがとう……ございます」
水筒を返し、バクラから離れようとしたところで――――
私は、一瞬でも、彼の事を優しいなどと思ってしまった自分をひどく呪ったのだった――
「やっ……! 離して……!!!!!」
「そう暴れんなって……! 別に殺しゃしねえよ……!!
ハッ……、売られる前にこのオレ様がちょいとイイ思いさせてやろうってんだ……!
それとも……、さっきの小汚ねえ男どもに回される方がお望みだったか……?」
「ッッッ……!!! ひどい……」
「ケッ! てめえも自分で言っただろうが!!
オレ様は盗賊――、盗賊王バクラ様だ!!!
欲しいものは力づくで奪うんだよ……!!
暴いて、奪いとって……邪魔なヤツはブッ殺して――
そして、必ずファラオを――――」
「ふぁらお……?」
「ッッうるせえ!!!
いいから大人しくしてな!
その身体、切り刻まれたくなけりゃあな……!!」
「あ――」
切り刻むという単語に、思わずさっきの男達の光景が脳裏に蘇る。
ざわり、と不穏な冷気が心に吹き渡り、思わず目を閉じた。
が、ブチブチと嫌な音が耳をつき、すぐに目を開く。
そこには、信じたくない光景がまた、広がっていて。
つまり――、腕を引かれて寝台に引きずりこまれ、強引に押し倒され両手首を片手で押さえ付けられた私は。
乱暴に引きちぎられた上着のボタンを見つめながら、込み上がってくる涙をただ、堪えるしかないのだった――
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bkm